第二十五話 魔の森 二
機構本部から魔導車に揺られること半日、朝早くに出発したドミナード班含む調査隊が現地に到着したのは、既に昼を回って夕方近くだった。
長時間の移動は、さすがに隊全員の体力気力を奪ったらしく、到着後しばらくは休憩時間に充てられている。各々体を伸ばしたり雑談をしたりと好きに過ごしていた。
ネスも体を伸ばしながら、遠くに見える森を見つめる。鬱蒼と茂る森の遙か奥に、山が見えた。あれがグレナート火山なのだろう。火山のせいか、それとも季節のせいなのか、時刻の割に気温は高い。
「そろそろ休憩終了だ」
ドミナード班長の号令に、ネスは視線を森から班員に向けた。見渡す限り何もないこの場所が、今回の調査の基地となる。数日滞在する為、これから全員で天幕の設営が待っているのだ。
自分達が過ごす分はもちろん、局が持ち込んだ機材を置いたり共同で使用する天幕も設営しなくてはならない。
とはいえ、天幕設営自体は至って簡単なのだが。
「おお、これ面白いな」
そんな事を言いながら、天幕に魔力を流しているのは三馬鹿の一人であるヒロムだった。彼が言うとおり、天幕は局ご自慢の代物で、魔力を流せば簡単に設営出来る。
あちらこちらで天幕が出来上がっていくのを眺めながら、ネスは各天幕に配る毛布や枕などの運搬に精を出した。ちなみに、ネスが使う天幕は同じ班の女性陣二人と同じなので、キーリアが設営を請け負ってくれている。
ニアは基地内に設営される医療所に詰める事が決まっている為、そちらの準備に回っているらしい。
「ニアさんが治癒系が得意って事、知りませんでした」
「まあ、自分の得意分野を口にする機会もそうそうないしね」
そう言いつつ、キーリアは自分は水系統、特に氷に特化していると教えてくれた。
「だからこの場所とは相性悪いんだよね。その代わり、ここの魔力の影響を受けた相手と戦う場合は有利なんだけど」
この場所の魔力は、珍しい事に属性を帯びている。それもグレナート火山があるせいなのだとか。特殊環境で湧出する魔力には、その環境によって属性を帯びる事があるというのは、学院の授業でも習う内容だった。
――つまり、ここも特殊環境下って訳なんだね。
確かに、この時期にしても気温が高い。本部の辺りなら、まだ半袖には早いと思うが、ここは長袖では暑いくらいだ。
基地内の天幕は、中央に局が主に使用する巨大天幕を張り、その周囲を四つに区切って用途毎に天幕を張っている。
魔の森から一番遠い場所に医療関係、その両脇に調査隊が生活する区域を、魔の森に一番近い場所には計測系を集めた区域を作っている。
中央にある巨大天幕は、大型の機材と集めたデータを集積する区域となっていた。その為中央天幕だけは、局の人員で設営を行い、関係者以外立ち入り禁止となっている。
そんな巨大天幕を横目に、ネスは自分達の班に割り当てられた共同天幕へ向かった。これから調査の為の会議が行われるらしい。
共同天幕の前に来た時、背後で何やら騒いでいるのが聞こえた。反射的に振り返った先に見えたものに、一瞬ネスの頭は理解を拒絶する。
結果、彼女は何も見なかった事にして共同天幕の中へ入った。
「あれ? 班長はまだですか?」
中にいたのは、リーディとキーリアの二人だけだ。ニアは医療関係で遅れると聞いているし、三馬鹿が時間に遅れるのはいつもの事だった。
だが、ドミナード班長が時間に遅れるなど、今まで一度もなかった事だ。首を傾げるネスに、リーディが苦笑しながら教えてくれた。
「何かね、上の方から面倒なお知らせが来たらしいよ」
上とは、実行部長の事を指す。あのナージ部長から、無理難題をふっかけられたらしい。
ご苦労な事だと思いつつ、ネスはキーリアの隣に腰を下ろした。班で集まる際には、ニアやキーリアの側がネスの定位置になっている。
そのまま待つ事しばし、青い顔をした三馬鹿が揃って天幕に飛び込んできた。
「で、出たー!!」
「何が?」
声を揃えて叫んだ三馬鹿に対して、冷静につっこんだネス達の声も揃っている。
「ヤツに決まってんだろ!」
「何でこんなとこまで出てくるんだよ!」
「悪夢再び……」
三馬鹿の言葉から推測した結果、彼等の態度の原因は容易に知れた。
「ジュンゲル班長がここに?」
「どうして? 今回は合同ではないはずよ?」
「もしかして、三馬鹿会いたさに来たとかですか?」
リーディとキーリア、ネスはそれぞれ好き勝手に言っている。その言葉が耳に入らない程パニック状態なのか、三馬鹿は天幕の端に固まっていた。
さて、この状況をどうしたものか、とお互いに目線で探り合っていた時、ようやく待ち人が天幕に入ってきた。
「遅かったですね、班長。何かありましたか?」
「班長、三馬鹿がジュンゲル班長が来ているって言ってましたけど、本当ですか?」
リーディとキーリアからの質問に、ドミナード班長は軽く手を上げるだけで応える。それらも含めて、これから説明があるのだろうか。
「まずは端でうずくまってる三人、ちゃんと席につくように。説明はそれからだ」
班長の言葉により、リーディとキーリアが共同で三馬鹿を立たせて椅子に座らせた。あの三人が素直にリーディ達の指示に従うなど、明日は槍が降るのではないだろうか。
――……というか、それだけジュンゲル班長が来たって事がショックだったんだろうね。
ジュンゲル班長との仕事ばかりを入れられていたのは、去年の事とは言えわずか数ヶ月前だ。苦手な相手とやっと離れたと思ったら、またここで顔を合わせたのだからショックも受けるだろう。
三人がおとなしく座ったのを見てから、ドミナード班長は説明を始めた。
「もう知っている通り、ジュンゲル班から班長と副班長が応援という形で来ている。実際に彼等が森に入るかどうかはこれからの調整次第だが、おそらくは基地の運営に関わる事が殆どだろう」
どうやらジュンゲル班との合同の仕事ではなく、あくまであちらは応援という事らしい。何の応援なのやら。
ドミナード班長は一度言葉を切ると、ネスに視線を向けてきた。それに気付いたネスは、首を傾げる。班長に見られるような事はしていないつもりだ。
――あれか? 実はこっそり局の運搬車の方に私物を紛れ込ませた事かな? でもレガさんに一応の許可は取ってあるし。それとも、アイドーニさんとこそり持ち込んだおやつの件かな……。あれを取り上げられると、夕飯までお腹がもたないんだけど。
機構に入ってもうじき一年が経つネスだが、本来学生でいる年齢の彼女はまだ育ち盛りだ。
特に遠出の仕事がない時は、午後から行く局で毎日のようにおやつを出してもらっていたので、それが半ば習慣と化している。それがいきなりなくなると、非常に困るのだ。
ネスの頭の中では、既にどうやってドミナード班長を説得しようかというものに変わっていたが、当の班長の口から出てきた言葉は、彼女の予想とは大分かけ離れていた。
「今回の調査は、うちの班と技術開発局が中心で行う事に変わりはないが、これに術式研究所も加わる事になった。こちらに来ているのはテロス班から班長のテロスと班員のクルーノだ」
一瞬、聞いた事があるような名前だと思ったが、すぐにそれが研究所で対応してくれたナイリの名だと思い当たる。
それと同時に、研究所で怖い思いをした相手も思い出した。あの時、彼は背後から来た人物に「テロス班長」と呼ばれていなかったか。
どんよりしている三馬鹿を笑っていられない状況に、ネスは頭の中が真っ白になっていくのを感じた。
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