第二十四話 魔の森 一
あれこれとあった年を越し、新年も過ぎ去った春先、ドミナード班に新しい仕事が入った。
「魔の森の調査?」
三馬鹿の声が綺麗に重なった。魔の森とは、機構本部があるパトリオート帝国と隣国デズーリィ王国との国境にある、グレナート火山の裾野に広がる森の事だ。
火山の影響か、森を含む一帯の湧出魔力量が豊富で、人も動物も近づけずにいる。中には濃い魔力の影響で、変異した動植物もあるという噂だ。
説明の為に前に立っているドミナード班長は、三馬鹿の言葉に軽く頷いた。
「局が開発した新型魔導器具のおかげで、森の中に入る事が出来るらしい」
これの事か、とネスは自分の腕にはまっている装置を軽くなでる。普通に考えたら魔導士を殺すような代物だが、魔力の濃い地域に行く場合にはおあつらえ向きの品だろう。
魔力の濃い土地は、自然が豊かで鉱物資源にも恵まれているが、その反面人体に悪影響を及ぼす事が多い。
人の魔力は、消費した分を自動回復、または湧出魔力を吸収する事で回復する。この湧出魔力が濃いと吸収する量が増えてしまい、結果として魔力酔いや魔力中毒を引き起こすのだ。最も重い魔力中毒では死ぬこともあるという。
実際、魔の森は機構でも最上位に位置づけられる危険地帯だ。
「班長、あそこは長く立ち入り禁止区域だったはずですが、どうして今頃になって調査を? いえ、対抗措置が出来たからというのは聞きましたが、あの森の何を調べるんですか?」
リーディからの質問に、ドミナード班長は一つ頷いてから答える。
「これは長年研究者の間で噂されていた事だそうだが、森の最奥部には自然結晶した魔力があるらしい。今回はその有無と、魔の森の実態を調べる事が主だ」
班長の言葉に、部屋にはどよめきが走った。
自然結晶した魔力、という言葉に、ネスは自分の胸元を見る。そこには相変わらず結晶化した自分の魔力があった。
これは装置を使って人工的に結晶化させているが、自然に湧き出た湧出魔力が結晶化するなど、どれだけの魔力の濃さなのか。それがわかっているからこそ、班員の口からはどよめきが出たのだ。
「班長、それ本当に大丈夫なのか?」
「今更局を信じない訳じゃねえけどよ……」
「入ってすぐ中毒になってあの世行き、とかやだぜ?」
そりゃそうだろうな、とネスが暢気に構えていると、ドミナード班長からいきなり指名された。
「それに関してはネス、君から装置の説明をしてくれ」
「え!? わ、私ですか?」
「そうだ。レガの話では、この装置に関してうちの班で知っているのは君だけだからな」
それもそうだ。魔力回復を阻害する装置を必要とする魔導士など、そうそういるものではない。
改めて自分の特異性を目の前に突きつけられた気がしたネスは、俯きながら席を立った。
「えと……これは外からの魔力吸収を遮断し、体内で魔力が自動生成されるのを防ぎます。これをつけている間は、消費した魔力は回復しません」
必要な部分だけを伝えたネスの説明に、室内はしんと静まりかえる。それを破ったのはまたしても三馬鹿だった。
「え? そんなのつけて、魔の森に入れってか?」
「使って減った魔力はどうするんだよ」
「お前は使えねえからいいけどさ」
最後のディスパスィの言葉が終わるかどうかのタイミングで、三人に班長からの雷撃が下る。今回は大分出力を絞っているのか、轟音が響き渡る事はなかった。
「いってー!!」
喚く三馬鹿に、班長の冷たい声が響く。
「何回教えれば覚えるんだ? 同じ班員に対して口にするべきでない発言はやめろと言ったよな?」
どうも、今回は最後の「使えない」という言葉が引っかかったらしい。確かに心に棘が刺さった気がしたが、この班に入った頃に比べれば大分ましだ。
――というか、さっきの言葉よりあちこちで囁かれる噂話の方が嫌だわ……
だからといって、三馬鹿を許す気もないが。ネスは再び床に座らされて班長に説教されている三人を眺めながら、軽い溜息を吐いた。
「あははは、そっちではそんな事があったんだ」
「笑い事じゃありませんよ、レガさん」
午前中にあった出来事をレガに話すと、彼は面白そうに笑った。アイドーニは彼の後ろでしょうがないな、と言わんばかりの表情でいる。
そろそろ局に通い始めて九ヶ月が経過していた。最初の緊張も今では笑い話になりそうな程、ネスはここに馴染んでいる。
「まあ、彼等に支給するのはネス用のより大分弱い代物だから大丈夫だよ」
「弱いんですか?」
「うん。具体的には、魔力の体内生成は阻害しないんだ」
レガの説明に、ネスはああ、と納得した。魔力回復で多くの割合を占めているのは体内生成分だ。ネスは魔力濃度の調整実験中なのでこの生成を阻害する装置をつけているが、魔の森に入るのなら吸収阻害だけでいいらしい。
「とはいえ、弱いって事はそれだけ効き目も弱いって事だからね。彼等の方が魔力中毒になる可能性は高くなるなあ」
ネスの装置は完全遮断で、外部の魔力を一切吸収しないようになっている。これは元々持っている魔力量が多いからこそ出来る事なのだ。
他の班員にこれを付けさせると、魔力中毒の対極にある魔力枯渇になる危険性があり、これも死亡原因になり得るものだった。
「強制抽出の機材も、持って行くしかないですね」
「そうだなあ……あれは大がかりだから運搬が大変なんだけど」
アイドーニとレガの言葉に、ネスは奥の小部屋に置いてある大型機械をちらりと見た。
局に通い始めて間もない頃からお世話になっている機械だ。あれで魔力を抽出して量と濃度の数値が上がるのを何度も防いでいる。おかげで今の魔力数値はいつぞやニア達に話したものから殆ど変わっていない。
それに加えて制御実験も行っているので、実は緩やかにだが保有魔力量が減っているのだ。濃度の方は変化がない。
――もしかして、このままなら二度と魔力が増えないとかかな? もういっそ、その方がいい気がしてきた……
魔力が増えることで、いい事は一つもなかったネスだからこその考えだった。
魔の森調査の準備には、結構な時間がかけられた。その間ドミナード班は外に出る仕事はなく、これまでの仕事関連の書類整理に追われていた。
それらも終わり、やっと現地へ向かうと決まったのは、最初に話を聞いた時から二週間後だ。
「結構かかりましたね」
ネスは詰め所の入っている建物の玄関で、隣に立つリーディにぽつりと漏らした。
「そうだね。でも、今回は万一に備える必要があったから」
これから彼等が向かうのは、通常では側に近寄る事さえ危険と言われている地帯なのだ。入念な準備は当然だった。
魔の森への全行程は、魔導車での移動となる。途中の地方都市までは列車も通っているが、今回は持ち込む機材の数が多いので使用出来ないのだそうだ。
待ち合わせ場所である玄関前には、既に複数の魔導車が並んでいる。乗用だけではなく、荷物運搬用の大型のものも多くあった。局から運び出した機材を乗せた魔導車も、一旦ここで集合してから現地へ向かう。
魔導車同様、人も多く集まっていた。常に早めに来るネスはもちろん、ドミナード班長、リーディ、レガ、アイドーニなどの姿が見える。
「ああ、もうみんな集まってるね」
「少し遅れたかしら」
キーリアとニアも到着したようだ。女性の割に皆荷物が少ないのは、実質着替えが必要ないからである。
今回の調査に際し、技術開発局から魔導洗浄機が貸し出される事になっていた。これは魔力で衣服などについた汚れを分解洗浄する機械で、宿舎でも使われている。
「正直、洗浄機を出してもらえなかったら、ちょっと負担があったよね」
「そうね。毎日の汚れを落とす術式はそう難しいものでもないけど、行く場所が場所だから、自分の魔力は出来るだけ温存しておきたいわ」
「そもそも、私の場合はまだ洗浄の術式を使えませんからね」
ドミナード班の女性陣は、それぞれの思いで頷いた。
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