第二十三話 閑話 班長達の事情

 仕事が終わって宿舎に戻ったレージョ・ドミナードの目に、厄介な人物が映った。

「やあ、久しぶりだね」

「……何の用だ、テロス」

 レージョの部屋の前にいるのは、術式研究所テロス班班長アルヒー・テロスだ。

 レガやヤアル・ジュンゲル同様、テロスもレージョの学院時代の同期に当たる。そしてつい先日、レージョの班のネスに妙な絡み方をした人物でもあった。

 テロスはいつも通り、読めない笑顔を浮かべたままレージョに近づいてくる。目の前まできて止まった彼の身長は、レージョの顎の辺りまでしかない。

 そこから上目遣いに見上げてくるのが、彼のいつもの癖だった。

「君のところの新人、最近うちに来ないんだけど」

「当然だろう」

「何でさ。あの子が来なかったら、僕がつまらない」

 テロスの言いぐさに、レージョはこれ見よがしに溜息を吐く。やはりテロスはネスに目を付けたらしい。厄介な人物の気を引いたものだ。

 ――本人は何もしていないんだろうがな……

 テロスはそういう人間だ。他の誰も、彼の人を気に入るルールを知る者はいない。

 レージョは努めて感情を声に乗せないようにしながら説明した。

「ネスは局の手が足りなかったから、使いで研究所に行っただけだ。手が足りれば行く必要はない」

「ちぇっ。皆して僕から面白い素材を取り上げる」

「人を素材扱いするからだ」

「何言ってるのさ。人間なんて自分も含めて全部素材だよ。もちろん、君もね」

 これで自身だけは違うといえば、まだ可愛げがあるのだが。テロスにとっては自分自身さえ素材でしかないらしい。

 しかし、そうなると彼がネスに目を付けた理由は、彼女の莫大な魔力かもしれない。だとすると、テロスから身を守る方法が思いつかなかった。

 ここで自分が何を言っても、テロスはネスへの興味をなくさないだろう。物理的な距離が彼の興味を薄れさせる事に期待したい。

「話がそれだけなら、もう帰れ」

 それだけ言うと、レージョはテロスをその場に置いて部屋の扉へ足を向けた。

 テロスの宿舎はここから二つ程離れたブロックにあり、男の足でも三十分はかかるはずだ。これで相手が女性なら送っていかなくてはならない時間帯だが、テロスならその必要はない。

 脇を通ろうとしたレージョの制服に違和感があった。テロスが掴んでいるのだ。何を子供じみた事をと思いつつ、もう一度帰宅を促そうとしたレージョの耳に、テロスの声が響く。

「最高評議会の連中が、あの子を危険視してるって、知ってる?」

 レージョの動きが止まった。よく見れば、テロスの顔から薄い笑みが消えている。

 最高評議会とは、魔導機構の最高意志決定機関である。選挙によって選ばれた十六人の議員によって運営されており、必要に応じて査問委員会にもなる。

「それを、どこで知った?」

 レージョの低い声に、テロスは口の端を大きくつり上げた。

「それを教えると思う? いいんじゃない? 君の班であの連中に危険視されていない人間なんていないんだから。つい最近査問を受けたのは、あのさん――」

「テロス」

 レージョはテロスの言葉を途中で遮り、彼を睨み付ける。

「何を怒ってるのさ。もう慣れっこだろう? あの連中とやり合うのも」

 レージョの怒りなどどこ吹く風とばかりに、テロスは笑い続けた。勘に障るが、ここで騒ぎを起こせば相手の思うつぼだ。レージョは身の内に渦巻く怒りを理性で押さえつける。

「我々がそうだとしても、ネスは慣れていない。余計な事を言うな」

「ふーん」

 レージョの言葉が興を削いだのか、テロスは彼から離れてそっぽを向いた。レージョはそんなテロスから視線を外さない。こちらが油断した時を狙うのが彼のやり口だと知っているからだ。

「でもさあ」

 テロスは再びレージョに視線を合わせる。

「それって、過保護って言うんじゃないの?」

「過保護で結構。本来ならまだ学生の身だ」

 卒業までは、あと三年もあったというのに。レガが急かしたのもあるが、一番は学院側がネスの扱いに困ったからだ。

 保護されるべき年齢の子供を放り出す学院の在り方には腹が立つが、確かに彼女の保有魔力量では学院の教師達が恐れおののくのもわかる気がする。

 通常の魔導士の平均を上回るどころか、文字通り桁が違う魔力量を持つ生徒など、どこの学院を探しても見つかるものではない。だからこそレガやテロスに目を付けられてしまった訳だが。

 そう考えると、あの魔力量と濃度、そしてそれらの特殊な型は彼女に不幸しかもたらさないのかもしれない。

 レージョの正論に、テロスはつまらなそうに顔をしかめた。何がしたいのか知らないが、相手が興ざめするのならそれはレージョにとって好都合だ。

 まだ何か言葉の攻撃をしかけて来るかと思ったが、テロスはそのまま踵を返した。

「まあいいや。今日はここまで。またね」

 もう来るな、とのど元まで出掛かったが、レージョは何とか抑え込む。下手に反応すれば、せっかく引き下がる気になったのがまた復活してしまいかねない。

 テロスの事を天災だと言ったのは、ヤアルだったか。何をしたところで無駄、通り過ぎるのを待つしかないという意味らしい。

 レージョは軽い溜息を一つ吐き、自分の部屋と入っていった。

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