第二十二話 研究の進み具合
ナイリの助力により、レガの研究が進んだのはいい事だ。結果はネスの目にもわかりやすい形となって現れている。
「こんなに小さくなるんですねえ」
「あの大きさは、結局術式の大きさみたいなものだったからねえ」
しみじみとネスが言えば、レガも頷きながら同意してくれた。背中に背負う形の魔力制御装置は、現在ネスの首に掛けられたネックレスタイプまで小型化が進んでいる。
あの後も、レガから出される注文をナイリは全てこなしてきた。その仕事の早さと正確さに、レガも舌を巻く程だ。
また、出来上がった術式の受け取りは、ネスに変わってアイドーニが行っている。どうもネスをお使いに使った事がドミナード班長にバレて、レガが説教を食らったらしい。
「レージョも了見が狭いよね。お使いも研究の手伝いの一環じゃないか」
「主任、そうは言ってもやっぱりあちらの班長の言うとおりですよ。線引きは必要です」
ぶつぶつと文句を言うレガに、アイドーニ本人が正論で諭した。さすがにこれには反論出来ないようで、レガもおとなしく引き下がっている。
「まあ、アイドーニ君がそう言うならいいけど。それに、ネスは研究所でアルヒーに会ったらしいし」
アルヒーというのは、あの時テロス班長と呼ばれていた人物らしい。
ネスはあの翌日、詰め所でドミナード班長に研究所であった事を全て話しておいた。その中で出てきたテロスの名に、ネスが驚く程ドミナード班長が反応したのだ。
アルヒー・テロスはやはりドミナード班長やレガなどと同期で、学生時代から術式理論にかけては右に出る者がいないと言われていた程優秀な人物だったそうだ。
ただ優秀な反面、性格に難有りな人間だというのも学生時代から有名で、特に男女問わず気に入った人間がいると際限なく構い倒すらしい。
あの日、研究所で見せたアルヒー・テロスの行動はまさしく気に入った相手に見せる態度だったようで、出来る限り研究所には近寄らないようにと班長命令が下った程だった。
――多分、それも含めてレガさんに研究所に行かせないように言ってくれたんだろうなー。班長、ありがとうございます。
相変わらず頼りになる班長に、ネスは内心感謝の言葉を捧げておいた。
平穏ながらも慌ただしい日はあっという間に過ぎていく。小型化されたとはいえ、相変わらず低級術式しか扱えない制御装置の実験は、そろそろやる方も観察するほうもダレが見えてきた。
「ネスー、そろそろ休憩しようかー」
「はーい」
実験室の端に立って、対角線の端にあるロウソクに火を付ける実験を繰り返していたネスは、レガの言葉に嬉しそうな声を返す。
実際嬉しい。最初は自分もやっと術式を制御出来るようになったのだと浮かれていたが、やはり低級の術式のみだとやれる事が限定されるので飽きがくるのだ。
――これまでを考えると、贅沢だよね。
レガ達も研究を次の段階に進めるべく頑張っているのだ、ここで手伝いのネスが実験に疲れたとは言えない。とはいえ、やはり飽きるものは飽きる。
「レガさん、研究の方って、今どうなってるんですか?」
休憩用にとアイドーニが用意してくれたお茶と茶菓子をいただきながら、ネスは質問してみた。
とりあえず、現段階では研究に一応の目処はついたが、レガが目指すのはさらに先だ。無論、ネスが望むものもそうである。
二人が望むもの、それは――
「うーん、ここまではある意味順調だったんだけどねー。ちょっと行き詰まっているのは確かなんだ」
レガの口からは、あまりはかばかしくない言葉が出てきた。
「主任のせいじゃありませんよ。今ね、別の班との合同研究が進んでいて、詰まってるのってそっちの班の研究なのよ」
アイドーニの説明によれば、行き詰まっているのは魔力濃度に関する研究で、それは別の班が元々研究していた課題なのだそうだ。
ネスの魔力を抽出する際、濃度を一定に保って抽出するのを目標にしているそうだが、これがなかなか難しいらしい。
「……何だかすみません」
「やだ、それこそネスが謝る事じゃないわよ」
「そうだよ。かえって君という存在がいるからこそ、向こうの班の研究も進んでいるんだし」
ネスを慰める為の言葉かと思いきや、これは本当の事らしい。何せ今まで成長型の魔力を持つ人間など、本の中の存在でしかなかったのが、今は生きてそこにいるのだ。いくらでも観察出来るとあって研究も大分進んでいるらしい。「実際、あともう少しってとこらしいよ」
「向こうの班には頑張って欲しいですね」
アイドーニの言葉に、レガもネスも深く頷いた。
それから数日後、局に行くと満面の笑みのレガが玄関先で待っていた。
「やあ、ネス。よく来たね……って、どうして回れ右して帰ろうとするのかな?」
レガの様子に不穏なものを感じたネスは、思わず来た道を戻りたくなったのだが、まさかそれを正直に言う訳にもいかない。
「いえ、何となく……こんにちは、レガさん。珍しく玄関先にいるなんて、どうしたんですか?」
何となく聞いたら終わりな気がしないでもないが、何も言わずにいつもの実験室に行くのも気が引けたので聞いたのだが。
結果、レガのさらなる笑顔に本気で逃げ出したくなったネスだった。
「よく聞いてくれたね! あ、詳しい事は実験室に行ってからにしようか!」
そう言うが早いか、レガはネスの手を取って廊下を走り出したのだ。あまりの力強さに、反抗する気さえ起きない。
引っ張られるままに廊下を走り、実験室に到着する頃には二人とも肩で息をしていた。
「……どうしたんですか? 二人とも。特に主任、今までどこに行っていたんですか」
「いや……玄関……まで、ネスを……迎えに、ね」
切れ切れにレガが説明すると、アイドーニは盛大に顔をしかめる。どうやら,レガはアイドーニに何も言わずに玄関先にいたらしい。
「まあ、いいか。それで? ネスには教えたんですか?」
アイドーニの質問に、レガは首を横に振る。
「いや、まだ……やっぱり実験室でないと、周囲に誰がいるかわからないから」
「だったら玄関まで行く必要なかったと思いますけどねえ」
アイドーニの呆れた声にも構わず、レガはポケットから箱を一つ取り出した。
「ネス! これを付けてみて」
レガの持つ箱は木製で蓋が付いている。見つめるネスの目の前で、レガは蓋を開けた。中には銀色の地に透かし彫りが入った腕輪がある。
「……何ですか? これ」
「腕輪型の魔導製品だよ。結晶化装置と同様に金属に直接術式を施してあるんだ。その方法は――」
「主任、技術的な事よりも、腕輪をはめる事で得られる効果を説明してください」
勢い込んで説明し始めたレガに、アイドーニがストップをかけた。彼女がいてくれなければ、理解出来ない専門的な説明を延々聞かされた事だろう。
「ああ、そうか。えっとね、簡単に言うと、これは君の魔力回復を阻害する装置なんだよ」
「まりょくかいふくをそがい?」
一瞬、何の事かわからなかったが、何度か頭の中で繰り返して、それが使った魔力を回復させるのを妨げる腕輪だと理解した。
理解したはいいが、逆に目の前の腕輪は恐ろしい道具に見えてくる。
魔導士が魔力を回復させられないというのは、致命的な状況だ。通常使用した魔力は時間経過と共に回復する。それは周囲の魔力を吸収したり、体内で減った分の魔力を作り出したりする事で行っているのだ。
それを阻害するという事は、すなわち魔力枯渇に繋がるのではないか。そんな事になったら、生命の危機だ。魔力が完全になくなると人は死ぬと言われている。それは魔導士になれない程度の魔力でも同様だった。
ネスの様子から何を考えたのか、アイドーニはすぐにわかったらしい。細く説明をしてくれた。
「ああ、大丈夫。魔力が枯渇する事はないから。ちゃんと安全装置の術式も入れてあるから。これはね、あなたの魔力濃度がこれ以上上がらないようにする為のものなの」
「え? ……あ!」
アイドーニの言葉に、ネスは自分の魔力の説明を受けた時の事を思いだした。濃度が上がるのは、魔力の容器が大きくなる前に魔力が増えるからで、そのわずかな時間のずれの為に魔力が圧縮されるからだ。
思い出したネスに、アイドーニは軽く頷く。
「そう、濃度を上げない為には、まず魔力量が増える事を抑える事が大事。だからこの装置を作ったの。あ、これは一時しのぎのものだから。研究が完成すれば、もっとちゃんとしたのを渡せるわよ」
そう言ったアイドーニは、箱から腕輪を取り出してネスの右腕に取り付けた。付けたら何かが起こった、という事もなく、体調にも変化はないらしい。その事を確認したアイドーニから、しばらくこの腕輪を付けたままにしておくように告げられた。
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