第二十話 研究継続

 今年ももう終わろうかという頃、ようやく三馬鹿を率いての仕事に一段落ついたらしい。

「もうやだ……」

「二度とあの野郎とは仕事しねえぞ……」

「死ぬ……」

 三馬鹿は詰め所に来てからずっとこの調子だ。現場で何があったかは知らないが、相当な目にあったのだろう。

 内心ざまあみろと思いつつ、ネスは通常通り各人の仕事の手伝いをしていた。

「そういえば、レガさんの研究が進んだんだってね」

 そう聞いてきたのはキーリアだ。どこから聞いたのかと思ったら、情報元は総務のセリらしい。

「セリさんはどこから知ったんでしょうか?」

 一応技術開発局の最新研究なのだから、外部に漏れては困るのではないか。そう思って聞いたネスに、キーリアは意外な事を口にした。

「ああ、アイドーニからだよ。あの子も私達と同期だから」

「え!?」

 世の中は狭い、というより機構の中が狭いというべきか。各国各都市に魔導学院はあるが、ニア、キーリア、セリ、アイドーニの四人はセントーオ魔導学院の卒業生なのだそうだ。ネスの先輩に当たる。

 アイドーニから流れたのなら、今やっている実験までは話しても問題なさそうだ。そう判断したネスは現在やっている実験の内容をキーリアに教えた。

「一月くらい前に、一応の目処がついたそうです。まだ低級術式だけですけど、外部装置を使って制御出来るようになりました」

「本当に? おめでとう」

「あ、ありがとうございます」

 この場合お祝いの言葉を言うべき相手は研究者のレガだと思うのだが、どのような形であれ制御出来るようになった事がめでたいという事だと解釈し、素直に礼の言葉を口にする。

「じゃあ、今はその装置を使った制御の実験が中心?」

「だけじゃないんですけど……私がやるのは制御の実験ですね」

 実は今も実験中です、とは言わないでおいた。


 レガの研究は次の段階に進んでいて、今はそちらが中心になっている。

「じゃあネス、いつものように測定するよ」

「はい」

 毎日局に行くと、まずやるのがこの魔力測定だ。いつものように実験室の中央に置かれたベッドに横になって、静かにしている。

「はい、終わったよ。……うん、やっぱり増えてるね」

「えー……」

「大丈夫、阻害装置を付ける前より、増え方が緩やかだから」

 そう言うと、レガは測定したばかりの数値を表に書き込んだ。確かにグラフで見るネスの魔力増加は、大分緩やかな曲線になっている。

 今やっている実験は、ネスの魔力増加と濃度上昇に関するものだ。

 魔力を回復させる方法は二つあり、一つは魔導士の体内で魔力を作り出す事で、もう一つは自然界にある魔力を吸収する事である。それらは自分の保有量の上限に達した時点で無意識に止めるものだ。

 一般的には作り出す量より吸収する量が多いのだが、ネスの場合は圧倒的に作り出す量の方が多いという。

「これも体質のようなもので、個人差があるからね。ほら、魔力回復の遅い早いって、学院の頃にもあったでしょ?」

「そういえば……」

 直接聞いた訳ではないが、確かに同じクラスの生徒がそんな話をしているのを小耳に挟んだ覚えがある。とはいえ、レガに言わせればそれらは誤差の範囲内なのだそうだが。

「これまで成長型の研究なんてされてこなかったから、どうして魔力の保有量や濃度が高くなるのか、よくわかっていなかったんだよね」

 そう言って、レガはこれまでまとめた内容を説明してくれた。

 魔導士は皆体内に魔力を溜め込み、それを使って術式を展開させる。外部の魔力を使う場合もあるが、それらは使いやすいように人の手で加工されたものが殆どだ。

「ネスが作ってるその魔力結晶もその一つだよ。もっともそこまで濃度の高い結晶はそうないけどね」

 レガの言葉に、ペンデュミーロ村の犯人達の末路を思い出した。彼等は実に一月以上魔力中毒に悩まされたという。三馬鹿などは、そんなちんけな魔力しか持っていないくせに、よく吸収型なんて結界張ったなと悪態を吐いていたが。

 ネスは脱線した思考を元に戻し、レガの話に耳を傾けた。

「今回ネスの魔力をあらゆる角度から検査した結果、魔力濃度の変化の理由が解明出来たんだ」

 魔力濃度に関しては、今までも研究がされていたのだが、如何せん濃度が成長型の人間そのものがいなかった為に仮説の裏付けが出来なかったのだそうだ。

 その研究自体はレガとは別の班が行っているらしく、レガのデータと引き替えにそらちの班にもレガの研究の手助けをしてもらっているらしい。

「で、だね。濃さが変わる一番の理由は、体内魔力の圧縮にあるんだ」

「圧縮?」

 聞き返したネスに、レガは頷いて説明を続けた。

「魔導士は体内に自分の魔力を保有量上限まで溜め込めるでしょ? これを俗称でタンクとも呼ぶよね? ネスの場合、このタンクが日々大きくなっていってるんだよ。だから保有魔力量がどんどん増えている」

 理屈としてはわかる。ただ、タンクが大きくなると聞くと、そのうち体を突き破ってしまうのではないかと想像してしまうのだ。

 もちろん、ここで言うタンクは物理的な代物ではないので、想像のような事にはならない。

「では濃度が濃くなるというのはどういう現象かというと、先程の圧縮が出てくるんだよ」

「よくわかりません」

「うん、これからそれを説明するから」

 レガによれば、ネスは失った魔力を補填するだけでなく、常に魔力を作り出しかつ周囲にある自然界の魔力を吸収し続けているのだそうだ。吸収する量は一般的な魔導士と同等程度なので、これまで問題は起きなかったのだろうというのがレガの考えだ。

「普通の人だと、自分のタンクが一杯になったら魔力を作り出す事も吸収する事も止めるんだけど、ネスの場合はタンクが大きくなるもんだから、際限なく作り出すし吸収する。まあ殆ど作り出してるんだけど。で、このタンクが大きくなるのと魔力を作り出すのとに誤差が生じるんだ」

「誤差……ですか?」

「タンクが百になる前に、入れる魔力が百を超えてしまうんだ。ほんのわずかな時間だけどね。タンクが一杯なのにさらに魔力をそこに注ぎ込もうとしたら、どうなると思う」

 レガの問いに、ネスは少し考えて答えた。

「溢れると思います」

 だが実際には溢れるなんて現象は起こらない。ではどうなるのか。答えはレガからもたらされた。

「その溢れる分を、無理矢理タンクに押し込んでるんだ。それが圧縮」

 ネスはレガに言われた事を頭の中で反芻して、ようやく理解する。

「魔力って、濃度が濃くなると量が減るんですか?」

「そこら辺も、今回の実験でわかった事なんだよ。でも、言われてみると納得出来ない?」

「出来る……と思います」

 よく比較で使われるのはロウソクに灯す炎の大きさだ。同じ術式で魔力量一で魔力濃度が十の場合と、魔力量十で魔力濃度一の場合は同じ結果が出る。

 同じ魔力保有量の魔導士なら、濃度が濃い魔力を持っている方が有利と言われるのはその為だ。

「じゃあ、圧縮しなくなれば、魔力が濃くなる事は防げるんですか?」

 圧縮が濃度が上がる原因なら、その原因を取り除けばいいのではないか。ネスはそう考えたのだが、事はそこまで単純ではないようだ。

「うーん。そうとも言えないんだよね。これは体内で作り出す魔力に限ってなんだけど、消費した魔力と同等のものを補充しようとするらしいんだ」

「……という事は」

「現在タンクの中に高濃度の魔力がある以上、ネスが体内で作り出す魔力も高濃度って訳」

 へらっと笑うレガを、今日程憎いと思う日が来るとは思わなかったネスだった。


 レガの次の研究は、この濃度に関わるものだという。

「つまりね、今作ってる魔力結晶の質を均一に保ちたいんだ」

「均一じゃないんですか?」

「君、今までの説明、ちゃんと聞いてた?」

 レガの責めるような言葉に、ネスは黙ってしまった。聞いてはいるし、理解も出来たと思っていたが、まだまだだったらしい。

「刻一刻と君の魔力は圧縮されて濃度が濃くなっているんだよ? 結晶化した時刻が違えば、それだけで濃度の違う結晶が出来上がってしまうんだ」

 同じ結晶内でも、濃度の違いで色にグラデーションが出ているそうだ。気付かなかったネスは、思わず今制服に付いている結晶を見下ろす。

「肉眼で見てもわからない程度のものだけどね。この結晶を均一に出来ないと、次の段階に進めないからさ。その為には濃度が変化する原因を知る必要があったんだ」

 それで今まで長々と濃度変化の説明をしてくれていたのか。珍しくすぐに実験に入らなかったレガの態度に、ネスはようやく合点がいった。

「濃くなった魔力を薄める、って事でいいんですか?」

「うーん、ちょっと違うかな。結晶化する時点で自動的に濃度を均す事が出来れば、と思っているんだよ」

「このサイズで?」

 思わずネスは胸元に付けている装置を指さす。親指の頭程度の大きさの装置に、どれだけの機能を盛り込むつもりなのだろう。

 ネスの指摘に、レガは苦笑で返した。

「まあ、最終的には制御専用の装置を作って、結晶化装置を連動させる方向でいこうと思ってるんだけどね」

 その為の術式が思うようにいかないらしい。術式といえば術式研究所が専門だが、技術開発局では道具に特化した術式を多く持っているのだそうだ。

「とはいえ、そろそろ限界を感じてるんだよね……」

 レガは溜息を吐きながら弱音を吐いた。珍しいその様子に、本当に悩んでいるのが窺える。

 どうしたものかとネスが困っていると、実験室のドアが開いた。

「遅くなりました……って、何ですか、主任。どんより暗くなってますけど」

 レガの助手であるアイドーニだ。今日は用事で遅れてきたらしい。

「アイドーニ君、何かいいアイデアはないかい?」

「例の件ですか? だから研究所に頼みましょうよって何度も言ったじゃないですか」

「でもさ、うちと向こうって仲が悪いんだよ? 引き受けてくれると思う?」

「いつまでも子供みたいな事言うの、やめてくださいって言いましたよね? いい大人なんだから。ちゃんと正規の手続き踏んで依頼すれば、研究所だって嫌とは言えませんよ。仕事なんだから」

 レガとアイドーニの言い合いを聞きながら、ネスは頭の中で機構の組織図を思い出していた。

 彼等が言っている研究所というのが術式研究所の事で、技術開発局同様独立した部署である。そして両者はお互いに嫌い合っているらしい、というのが今の言い合いで入れた。

「とにかく! 術式に関しては向こうが専門なんですよ。ちゃんと依頼書ももらってきましたから、とっとと記入してください」

「でもお……」

「研究、完成させたいんでしょ?」

 今回の言い合いも、アイドーニの勝利で終わったようだ。ネスは居心地の悪い思いをしながら、今日の実験は結局どうなるのかを心配した。

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