第十八話 後の話

 ペンデュミーロ村から戻って十日後、朝いつも通りにネスが詰め所に向かうと先客がいた。

「遅いではないか。待ちかねたぞ」

 ジュンゲル班長である。彼の足下にはぐったりとうなだれている三馬鹿もいた。この時間に彼等がいるとは、珍しい事もあるものだ。

「……おはようございます。あの、どうしてここに?」

「何、先日の村での事を話しておこうと思ってな。なのにドアが開けられずに困っておったのだ」

「はあ」

 期待したのとは違う答えが返ってきてしまったが、それに突っ込む事はネスの立場では出来なかった。

 ジュンゲル班長が詰め所のドアの前で待っていたのは、鍵がなくて中に入れなかったかららしい。詰め所の鍵はネスが持っている。他に持っているのはドミナード班長とリーディの二人だけだ。

 ――うちの班長に鍵をもらわなかったのかな?

 ネスはそんな事を思ったが、さすがに他班の班長をいつまでもドアの前で立たせる訳にもいかず、鍵を開けてドアを開ける。

「どうぞ」

「うむ。ほら、お前達も入るぞ」

 ジュンゲル班長はそう言うと、なんと片手で三馬鹿の襟首を掴んでずるずると引っ張っていった。首が絞まったようで三馬鹿は苦しがるが、何故か誰も立ち上がろうとしない。

 立ち上がって自分の足で歩けば、首が絞まる事もなくて楽だろうに、と思うが、これもネスが突っ込むべき内容ではないので黙っておいた。

 ネスは詰め所の明かりを付けて、掃除用具を取りに動く。

「朝の掃除か? 感心感心」

 ジュンゲル班長は腕を組んで大きく頷いている。それには失敗した愛想笑いで誤魔化し、ネスはバケツと雑巾を持って水場に逃げた。

 やや時間をかけて水を汲んだ後に詰め所に戻ると、どうやらドミナード班長とリーディが来る時間になっていたらしく、二人の姿がある。内心で助かったと思ったのは内緒だ。

 ジュンゲル班長の登場により、いつもより遅れた掃除になってしまったが、全てをやり終える頃にはニアとキーリアも到着していた。

「信じらんない。三馬鹿が私より先に来てるなんて……」

 呆然として言ったキーリアに、恨みがましい目をした三馬鹿が答える。

「俺等だってまだ寝ていたかったっつーの」

「それをこのおっさんがさあ……」

「もう、マジ迷惑」

 この三人が望むままに寝ていたら、詰め所に来るのは昼近くになるのではないかと思うネスだった。


 ドミナード班が全員揃ったという事で、ジュンゲル班長からの説明が始まった。

 ペンデュミーロ村では、結界破壊までがドミナード班の仕事という事で、破壊後の全てはジュンゲル班が請け負っている。犯人の捕縛はもちろん、その後の報告書に至るまで向こうの班に丸投げ状態になっていたらしい。

 そのせいもあって、ドミナード班にはペンデュミーロ村の事件に関する情報は一切入ってこなかった。だから一段落ついた今日、ジュンゲル班長がこちらに説明に赴いた、という事なのだそうだ。

「まずは今回の事件の犯人の事からいこうか。犯人は全部で四人、全員魔導士崩れだった」

 魔導術式を使った結界を張っている以上、犯人の中に魔導士崩れがいるのは確定だったが、まさか犯人全員が魔導士崩れだったとは。そんなに堕ちる魔導士の数は多いのか、と思いつつ、ネスはジュンゲル班長の言葉に耳を傾けた。

「奴らは表向き新興宗教を興した事にして、あの村には布教という名目で入ったそうだ」

 布教といいつつ、やっている事は村の端の方で何やらやっているだけだったというのが、村人の証言だという。

 犯人はそこに普通に入手出来る魔力結晶を埋めて、それを使って村全体を覆う魔導結界を張ったのだそうだ。

「既にその魔力結晶も回収済みだ。もっとも、結界を破壊する際に結晶は大分目減りしたようだがな」

 ネスは自分の制服の胸元を見た。そこにはいつも通り、彼女の魔力結晶がついている。後で取り外しておかなくては。

 犯人の目的は、あの場で要求していたものではなく、ずばり金だったそうだ。村人を人質に機構を脅せば金が取れると思ったのだろう。それだけあの結界に絶対の自信があったらしい。

「馬鹿な連中だ」

 吐き捨てるように言ったのはドミナード班長だ。

「機構がそんなものに金を出すはずがない事くらい、わかっているだろうに」

「そこは彼等の浅はかさとでも思うしかあるまいよ。とはいえ、あの結界が厄介だったのは確かな話ではある。お前もそう思うだろう?」

 ジュンゲル班長に水を向けられ、ドミナード班長は苦い顔をした。それだけで、ジュンゲル班長の言葉を肯定した事になる。

 ――そうか、あの結界ってそんなに厄介な代物だったんだ……

 考えてみれば、どんな攻撃を加えてもびくともしない結界など、厄介なのは当然だった。物理攻撃は弾き、術式攻撃は吸収するとあっては手の打ちようがない。

 そこまで考えて、結界破壊の決め手になった自分の魔力を思い出した。

 ――厄介な結界を壊す魔力って一体……

 暗い考えに陥りそうになるのを救ったのは、リーディの提案である。

「あの場にいた全員で総攻撃をかければ、何とかなったのでは?」

 その言葉に、ネスはその手があったかと手のひらをぽんと叩いた。つい先程まで彼女を取り巻いていた黒い空気は一瞬で消えている。

 自分の魔力を投げ入れるだけで吸収力が飽和状態になったのだから、全員分の魔力を合わせて注ぎ込めば、飽和状態に持って行けたのではないだろうか。

 だが、そんな期待はジュンゲル班長の言葉によって粉砕された。

「いや、無理だろう。全員の魔力を合わせても、あの時の魔力結晶の濃さには到底及ばない。犯人達は魔力酔いを通り越して全員魔力中毒を起こしていた程なのだぞ」

 ネスは言葉もなかった。ちなみに、魔力酔いとは魔力の濃い場所に行った際に起こす症状で、自分の限界以上の魔力を吸収してしまう事で起こるものだ。中毒はその上の状態で、酷い場合は死ぬこともあるので注意が必要だった。

 ネスの魔力は保有量も濃度も成長型だ。つまり、今こうしてこの場にいる間にも、彼女の魔力の濃度は高まりつつある。十日前の時点で既に魔力中毒患者を出した濃度は、今どれだけの濃度になっているのだろう。

「ペンデュミーロ村の周辺は緑も水も少なく、湧出魔力が非常に薄い場所だった。だからこそ連中は魔力吸収の術式を結界に組み込んだのだろうが、今回はそれが裏目に出た形だな。あれ程濃い魔力は私も見た事がない。一体どこから調達したのだ?」

 ジュンゲル班長の言葉に、皆の視線がネスに集中した。何とか逃れたかったが、何の手立ても思い浮かばないネスは縮こまって視線に耐えるしかない。

「そうか! 噂の新人だったか!」

 ジュンゲル班長は何が面白いのか大きな口を開けて笑い、ネスの肩をばしばしと叩いてくる。大柄な男性の力だ、地味に痛いがそう訴える事も出来ない。

「最近レガが妙に楽しそうなのは、この子が原因か」

「え? レガさんを知ってるんですか?」

 ジュンゲル班長の口から出た名前につい反応して言ってしまったが、言った後でネスはしまったと後悔した。

 レガは技術開発局の主任であり、あの年齢で主任になるのは有能な証拠だ。そんな人物なら、局とは密接な関わりを持つ実行部のジュンゲル班長が知っていても不思議はない。

 だが、彼の口から出てきた理由は違うものだった。

「ああ、レガとは同期になる。このレージョもな」

 そういえば、ドミナード班長とレガが同期という話はどこかで聞いた気がする。そしてペンデュミーロの時に、ドミナード班長とジュンゲル班長が同期というのも聞いた。

 ――それでどうしてこの三人に繋がりに気付かないのよ自分……

 己の回転の悪さに、ネスは頭を抱えたくなる。そんな彼女にはお構いなく、ジュンゲル班長は今日一番重要な事を告げた。

「犯人達は全員病院で治療中だが、本人達不在のまま刑は確定した。治療が終わり次第、彼等は施設に収監される」

 この一言に、詰め所の中は水を打ったように静かになる。施設というのは、機構が持っている刑務所のようなもので、機構の裁判で有罪が確定した者達が収監される場所だった。

 基本的に決まった刑期などはなく、一度入ったら二度と出られないとまで言われている。

 その人権無視の在り方に異議を唱える者達もいるが、魔導士の危険性から一般的には受け入れられているのが現状だった。

「一歩間違えば、ペンデュミーロ村の村民全員が命を落としていたのだ。情けはかけてはならんぞ」

 ジュンゲル班長の言葉は、ネスに向けたものだ。この場で一番経験が浅く、動揺しているのは彼女だけだった。

「さて、話は終わったので私は帰るとしよう」

「ああ、助かった。ありがとう」

「わざわざの説明、感謝します」

 ドミナード班長とリーディが全員を代表する形でジュンゲル班長に感謝を述べ、ジュンゲル班長は頷いて返す。その視線は部屋の奥にいた三馬鹿へ向かった。

「そこの三人、次に合同で事に当たる時までに遅刻癖を治しておくのだぞ」

「やかましい!!」

 三馬鹿の声はしっかりと合っていて、それがまたジュンゲル班長の笑いを誘ったらしい。彼は大声で笑いながら詰め所を去っていった。

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