第十七話 現場 三

 現場に到着してから約一時間、ドミナード班長の怒号が響いてからは約二十分が経過していた。

 とうとう結界の方では攻撃が始まったらしく、辺りに大きな音が響く。ネスは驚いて肩をすくめたが、ニア達は慣れているのか平然としていた。

「は、始まりましたね」

「そのようね」

 攻撃の余波か、村の方から強い風が吹いてきてニアの長い髪を巻き上げる。それを抑える手伝いをしながら、キーリアは不吉な言葉をぽつりと漏らした。

「うまくいけばいいんだけど」

 彼女の表情は浮かない。その理由はわからないが、キーリアは今回の攻撃がうまくいかないと思っているのが伝わってきた。

 ――何でだろう?

 三人がいるのは後方で、ここからだと村の際で攻撃をしているジュンゲル班長と三馬鹿の姿すらよく見えない。

 何度か連続して攻撃の音が響いたと思ったら、急にやんだ。何かあったのだろうか。

 ネスは無意識にキーリアを見た。視線を感じたのか、彼女が「何?」と問うてくる。

「あの……さっき、うまくいけばいいんだけどって言ってましたよね?」

「ああ」

 ネスの言葉に、キーリアはあれか、と言わんばかりの様子だ。

「どうして、あんな事を?」

 続いたネスの疑問に、キーリアはネスから視線を外して何かを考え込んでいる。ほんの数瞬だったが、答えを待っているネスには数分にも感じられた。

 キーリアはちらりとニアを見てから、ネスの耳元に囁いた。

「うちに持ち込まれる仕事って、一筋縄じゃいかないものばかりだからよ」

「え?」

 それは一体どういう事だろう。ぽかんとしているネスに、キーリアは軽い溜息を吐いてから話してくれた。

「うちの班は実行部の中でも特殊対策課でしょ? この課って文字通り、特殊な対策が必要な案件ばかり扱うのよ」

「えーと、ジュンゲル班は?」

 あちらも特殊対策課なのか、と声にならなかったネスの疑問に対し、キーリアは首を横に振って答える。

「あちらは実行部実行課。通常は普通の案件を扱う課よ」

「だから、今回の合同での出動はおかしいなとは思っていたんだけど……」

 ニアとキーリアの視線が村の方へ向いた。先程から何の音も聞こえてこないが、村の結界がまだある事から、攻撃が終わった訳ではないのはわかる。

 では何故、攻撃を止めているのか。三人で顔を見合わせていると、聞き慣れた声が聞こえてきた。

「ネスはいるか?」

「はい!」

 村と後方の中間に控えていたドミナード班長の声に、ネスが反射で答える。結構離れているというのに班長の声はやけに鮮明に聞こえたが、すぐにそれが術式を使ったものだとわかった。

 ――ちゃんと制御出来ると、本当便利なんだよね、魔導って。

 ネスは場違いな感想を持ちながらも班長の言葉を待ったが、続いたのは意外な一言である。

「すぐにこっちに来てくれ」

 何故この場面で自分が呼ばれるのか。ネスは思わずニアとキーリアの顔を見てしまった。二人とも訳がわからないようで、驚いている。

 驚いているのは彼女達だけではない。先程こちらに暴言を吐いてきたジュンゲル班の女性班員達もだ。彼女達の方が驚き方が激しいのは、ネスを見下しきっていたからか。

「と、とにかく行ってきなよ」

「は、はい」

 呼ばれた事に驚きすぎて、動き出すのが遅れてしまった。ネスはその場を駆け出して、ドミナード班長の元へ向かう。

 後方と中間は体感で百メートル離れているかいないか程度だ。

「お待たせしました!」

 まだ少し息が上がっているネスがそう言うと、ドミナード班長は普段通りに、だが意外な事を口にする。

「結晶化した魔力は持っているか?」

「あります。ここに」

 レガに言われて集めておいたものが袋一杯にたまっていたし、今も制服に付けたままの装置には結晶化された魔力がはまったままだ。

「どのくらいあるんだ?」

「この袋と……後は今制服に付いてる分です」

 ネスはそう言いながら、手に持っていた袋をドミナード班長に差し出した。

個数はわからないが、ネスの両手のひらにやっと乗るくらいの大きさまでふくらんだ袋一杯に詰まっている。

 班長は渡した袋を開けて中を確認すると、リーディにそのまま渡して指示を出した。

「これをあの四人に渡してきてくれ。投げ入れれば状況が変わるかもしれない」

「わかりました」

 リーディは短く答えると、ネスの魔力結晶が入った袋を持ってあっという間に走り去る。

 一体、どういう事なのだろうか。

「あのー……」

「何だ?」

 おそるおそる声をかけたネスに、班長はいつもと変わらない様子で答えた。怒らせない限り、ドミナード班長を恐れる必要はない。ネスは意を決して疑問を口にした。

「私の魔力結晶を、何に使うんですか?」

 結晶化された魔力は、魔導化製品の動力源として使われる。ただそうした使い方をする結晶は、きちんと製品として均一化がなされたものだとレガに聞いた事があるのだ。

 もちろん、ネスの魔力結晶は均一化などされていない。本人から抽出した魔力を単純に結晶化させているだけである。

 その結晶を、何に使うというのか。

 問われたドミナード班長は、一度村の方に視線をやった後、そちらを指さして答えた。

「もう始まったな。あれをやる為だ」

「あれ?」

 ネスは班長が指さす方角、結界に覆われた村を見る。ここからだと少し距離があるが、先程の後方よりはよく見えた。

 村を覆う結界に、時折赤いシミのようなものが出ている。あれは何だろう、と首を傾げていると、答えを隣にいる班長がくれた。

「あの村を覆っている結界には魔力を吸い取る術式が含まれていてな。全ての攻撃を吸収していたんだ」

 それではいくら攻撃しても意味がない。ああ、だから攻撃を止めたのか、とネスも納得した。

「あれ? でも私の結晶……」

「結界に赤い色が入る時があるだろう?」

「はい」

 先程から見えるシミだろう。結界自体は乳白色だから、余計に赤が目立っている。

「あれは魔力結晶を結界に投げ入れている結果だ」

「は?」

 今、班長は何と言ったのだろう。ネスは言葉もなくゆっくりと首を傾げた。

「言葉の意味通りだ。ネスの魔力結晶を結界に投げている。あの赤い色は結界が結晶の魔力を吸い取っている色だ。結晶は赤かっただろう?」

 確かにネスの魔力結晶は血のように赤かった。最初は大分気味が悪かったが、最近では慣れたものだ。

 ドミナード班長は続けた。

「いくら魔力吸収の術式を施したところで、吸収出来る魔力には限界がある。吸い取った魔力を人が取り入れているのか機械に吸わせているのかはわからないがな。このまま濃厚な魔力を吸収し続ければ、そう遠くないうちに破綻する」

 それを待てばいい。そう締めくくったドミナード班長の顔を、ネスは凝視していた。

 自分の力が役に立つのだと受け取ればいいのだろうが、何だかとても腑に落ちない。これも立派に仕事と言われてしまえばそれまでだが。

 程なく、村の方から歓声が上がった。視線をやれば、結界が上から徐々に消えていくところだ。

 どうやら本当に犯人側が魔力吸収の限界に至ったらしい。魔力を吸収しすぎて結界維持が出来なくなったのだろう。

「終わったようだ。存外早かったな」

 ネスは何ともいえない思いで、消えていく結界を見つめた。そんな彼女を余所に、周囲は仕事終わりの明るい雰囲気に包まれている。まだ結界を張った犯人を捕縛する仕事が残っているというのに、後は大した事はないと言わんばかりの様子だ。

 ――どちらの班員にも、大した損害はなくすんだ事はいい事なんだろうけど……何だか複雑……

 ネスが一人で黄昏れていると、村の方からリーディが駆け寄ってくるのが見えた。

「班長! 結界破壊、終了しました。これより内部に突入するそうです」

「わかった。そちらはジュンゲル班に一任する。我々は引き上げの準備だ。ネス、ニア達に伝えてきてくれ」

「はい? あ、わ、わかりました」

 ネスはそう言って慌てて駆け出す。これでいいのだろうかという疑問は残るが、今は伝令役を務めるまでだ。

 後方にはニアとキーリアの二人の姿しかない。ジュンゲル班の班員は全て村に向かっているらしい。

「班長から、引き上げの準備をするように言われました」

「無事に結界破壊、出来たんだ」

「う……」

 キーリアの問いに、ネスは咄嗟に返答する事が出来なかった。視線を反らしたネスの顔をのぞき込むようにして、キーリアは続けて聞いてくる。

「どうかした?」

「いえ……何でもないです。結界は無事破壊出来たそうです」

 対するネスは、曖昧に答えるしかなかった。

 ――結界壊すのに、私の魔力結晶が使われましたーとか言いたくないし……

 ただでさえ人ない外れた魔力量の話をしたばかりなのだ、これ以上普通じゃないと思われたくはない。

 そんなネスの内心を知らないニアとキーリアは、早速引き上げ準備に入っている。といっても、ドミナード班に割り当てられた天幕の片付け程度だ。

 その最中に、結界の際に行っていた三馬鹿も戻ってきた。

「いやー、面白かったなー」

「本当、面白いくらい反応するんだな」

「おい奴隷、お前の魔力、すげー結果を出したぞー」

 荷物を車に運び込んでいたネスは、三馬鹿の言葉にぴたりと動きを止める。

「どういう事?」

「いやそれがさあ」

 珍しくキーリアが三馬鹿を罵らなかったのが嬉しいのか、彼等は嬉々として説明を始めてしまった。

 結界に魔力吸収の術式が施されているのを見抜いたのは、ジュンゲル班長だそうだ。結界に使われている術式を看破したというから驚きだ。

 ジュンゲル班長によると、結界の中に魔力吸収の術式が織り込まれているので、外部からの分離は不可能なのだという。

 このタイプの結界を破壊するには、結界を維持している人なり物なりを直接叩かなくてはならないのだそうだ。だが結界を維持している何かはその結界の中にある為、今のままでは手も足も出ない。

 そこまで三馬鹿に説明して、ジュンゲル班長は中盤で控えているドミナード班長に相談したらしい。

「したら班長がさ、すぐにこいつの魔力結晶を持ってこさせたんだよ」

 そう言ったヒロムが指さしたのは、当然ネスである。ドミナード班で現在魔力結晶を持っているのは彼女だけだ。

「んで、攻撃の代わりに結晶を結界にぶつけたらさ、すぐに吸収していきやんの」

「結界が揺らぎ始めたのは、それからすぐだったね」

「ああ、なるほどね」

 三馬鹿の言葉に、キーリアは納得がいったのか大きく頷いている。

 結界を維持しているのが人であれ魔導製品であれ、許容量以上の魔力を吸収してしまっては結界の維持どころではない。

 普通なら許容量以上の魔力などそう用意出来るものでもないが、今回はネスがいた訳だ。ドミナード班全員の視線がネスに向く。

「お手柄だったじゃない、ネス」

「はは……ははは」

 明るく言い放つキーリアに、ネスは苦い笑いしか浮かべられない。

 きちんと術式を展開して役に立ったというのなら嬉しいが、今回は自分の異常な魔力が役に立っただけなのだから、正直喜べるはずがない。

 それでも、班のみんなは笑顔だ。それを見て、ネスは考えを改めた。

 ――そうだよ、いつまでもこんなんじゃいかん!

 魔力だけだって、役に立ったのならいいじゃないか。レガの研究が無事に進めば、自分も魔力制御が出来るようになって術式を展開させられるのだ。希望を持って進んで行かなくては。

 ――でもとりあえず……

 ネスは興奮していつもより声が大きくなっている三馬鹿をじろりと睨んだ。自分が隠しておきたかった事を大声でバラされた恨みは、しばらく忘れないだろう。

 もちろん、いつまでも隠しておける事ではないという事も、これが八つ当たりだという事もネスは承知した上での事だった。

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