第十四話 新しい仕事 二
いつもの癖で、集合時間の三十分前には詰め所の玄関に到着していたネスだった。
明るい街並みを荷物を抱えて眺めていると、一台の車が玄関前に止まる。
「相変わらず早いな」
ドミナード班長だ。ネスは挨拶をしてから改めて車を見る。以前本部から乗ったのとは違う型の車だ。
「前のとは違う車なんですね」
「こちらの方が乗れる人数が多い」
ネスの素朴な疑問に、班長は律儀に答えてくれる。最初は怖い人だと思っていたが、接しているうちに班長の厳しさがそう見せていたのだと気付いた。
ドミナード班長は、他人に厳しい以上に自分自身に厳しい人だ。
――だからこそ、規則破りや遅刻ばかりしている三馬鹿を怒る回数が多いんだよねー。
彼等が班長に怒られるのは自業自得というものだ。
集合時間十分前には、リーディ、キーリア、ニアの三人も集まった。当然ながら、最後まで姿を見せないのは例の三馬鹿共だ。
「やっぱり彼等が最後か」
リーディが笑いながら言った言葉に、班長が荷物の点検を終えてから答えた。
「時間には間に合うだろう」
「何か仕掛けたんですか?」
「ヤアルに三人を起こしに行くよう頼んである」
班長がそう言った途端、リーディ達三人が一瞬静まり、ついで笑い声を上げる。わかっていないのはネスだけらしい。
ヤアルとは一体誰ぞや? と首を傾げるネスに、ニアがそっと教えてくれた。
「ジュンゲル班長の事よ。ドミナード班長とジュンゲル班長は同期だから、名前で呼び合っているわ」
なるほど、それはわかったが、どうしてジュンゲル班長が三人を起こしに行くと、遅刻せずに来る事になるのだろう。その二つがどうしても結びつかず、ネスの疑問は深まるばかりだった。
それを見て取ったのか、リーディが補足してくれる。
「三人はジュンゲル班長が苦手なんだけど、相手の方はあの三人が大好きなんだよね。あの班長が三人を起こしに行ったという事は、確実に時間に間に合うように三人を追い立ててくれてるよ」
それは誰が行っても同じなのではないかと思うが、とにかくジュンゲル班長という人が行けば、三馬鹿が遅刻しないのだという事で納得しておいた。
待ち合わせの八時三分前、慌ただしい様子で通りの向こうからやってくる集団がある。
「間に合ったぞコンチクショー」
「本当、勘弁してくれよな……」
「班長!! あいつを俺達の所に寄越したの、班長だろ!」
三馬鹿は到着するなり、口々に毒づいた。その彼等の後ろに、見た事のない人物が満面の笑顔で立っている。
「はっはっは。お前達、そんなに私が好きか」
「嫌いに決まってんだろおー!!」
三馬鹿の息はぴったり合っていた。もしかしなくても、この人物が件のジュンゲル班長なのだろうか。
そう思ったネスに、ドミナード班長がその人物を紹介してくれた。
「お互い初めてだったな。ヤアル、こちらがうちの新人のネス・レギール、ネス、こちらがジュンゲル班班長のヤアル・ジュンゲルだ」
紹介された人物は、随分と大柄だ。身長もさる事ながら肩幅も広く、それでいてしっかりと鍛えているのが制服の上からもわかる体形である。
「は、はじめまして……」
「おお! 君が噂の新人君か!!」
大柄なジュンゲル班長は、声も大きいらしい。ネスは傍目からもわかる程にびくっとしていた。
――お、大きい人が大きい声を出すと、怒られてる訳でもないのに怖いんだよね……
ジュンゲル班長は両手でネスの肩をがしっと掴み、ぐいっとその顔を近づけてくる。ジュンゲル班長の顔立ちは、いやに整っていた。
「ふむ、確かに溢れる程の魔力か……レガが喜びそうな逸材だな」
にやりと笑うジュンゲル班長は、どう猛な肉食獣を彷彿とさせる。小柄な草食獣タイプのネスは、まさに獣に捕らえられた獲物だった。
「ヤアル、そのくらにしておけ。ネスが固まってる」
「うん? 大丈夫だ、何も取って食おうという訳じゃないんだからな!」
ドミナード班長に窘められたジュンゲル班長は、力強くネスの肩をばんばんと叩く。思わずよろけたネスを助けたのは、側にいたリーディだ。
「大丈夫?」
「は……はい……」
本当は叩かれた肩が痛かったが、ここで大丈夫じゃないですとも言えない。ネスの言葉に、リーディも苦笑を隠さなかった。
「悪い人じゃないんだけどねえ……色々と加減を知らない人だから」
リーディの囁きに、ネスはそれこそ色々と納得させられる。おそらくは、あの加減のなさを三馬鹿も苦手としているのだろう。ジュンゲル班長に比べると、ドミナード班長は緩急の付け方を知っている人だとわかる。
「ジュンゲル班長って、いつでも全開って感じなんでしょうか?」
「うん、そうだね。というか、あの短い間でよくわかったね」
「いえ、何となくそう感じたんで……」
うまくは言えないが、勘のようなものだろうか。それはともかく、あの班長の側にはなるべく近寄らないようと心に決めるネスだった。
だが、そんな決心は早くも崩れ去る。
「さて、車はこれでいいのだな?」
「本当にこっちと一緒に行くのか?」
「当然だ! その約束で三人を起こしに行ったんじゃないか」
どうやらあの全開班長は、こちらの班と一緒の車で現場まで行くらしい。ネスの後方で三馬鹿のか細い悲鳴が上がった。
窓の外の景色は、飛ぶように過ぎていく。それを見るとはなしに見ていたネスは、視線を車内に移した。
てっきりあのまま車で現場のペンデュミーロ村まで行くのかと思っていたら、大部分は列車での移動になるらしい。貨物車に車を積み込み、ネス達は客車に移動済みだ。
この列車自体、機構の専用車で特別仕立てなのに加え、何と時刻表まで変えさせて国境付近の駅までの線路を独占しての移動らしい。
――列車がこんな速度で走るとはねー……
国家間をまたがって走る大陸移動列車でも、ここまでの速度は出せないだろう。特別仕立てという意味がじわじわと実感出来る。
客車には、座り心地のいい椅子が備えられていて、班員はそれぞれ好きな場所に座っている。
「っていうか、何でこいつがこっちの車両にいるんだよ……」
「自分達の班の車両に行けよな……」
「もーやだー」
早くも三馬鹿が弱音を吐いていた。正直こんな彼等を見るのは初めてなので、ネスは小さな笑いを漏らす。
三人の目の前には、件のジュンゲル班長がふんぞり返っているのだが、不思議とそれが嫌みにならない。彼は腕を組んでにかりと笑った。
「何を言う。わざわざこちらの車両に来てやったというのに。それはそうとお前達、その制服は随分と斬新だなあ」
「うるせー!!」
三馬鹿のパンツが極端に短くなった当日から、彼等は周囲の笑いを誘う存在となっていたらしい。おかげで外での悪戯被害の苦情が減ったとドミナード班長とリーディが言っていたのを、ネスは小耳に挟んでいた。
――外でも悪さばっかりしてたんだねー。あの制服で、少しはおとなしくなればいいけど。
決してそれを狙った訳ではないのだが、いい効果があるに越した事はない。ネスとしては彼等の制服の裾を短くさせただけで十分意趣返しは済んでいる。
列車で移動する事三時間、丁度昼の時間に問題の村の最寄り駅に到着した。ここからは再び車での移動らしい。
駅のホームには、型こそばらばらだが一目で機構の制服とわかる服を着た集団であふれかえっていた。見知った顔以外全てジュンゲル班の班員だというのなら、あちらの班は一体どれだけの大所帯だというのか。
ぼーっと集団を見ていたネスは、彼等のこちらを見る目が酷く冷たいものだという事に気付く。「制御不能」の噂は、彼等にも伝わっているのだろう。何となく、彼等との距離を開けるように移動してしまうネスだった。
そんな彼女の背後から、例の大声が響く。
「こんな所でどうした?」
「は、はいっ」
振り返ると、丁度車両から降りてきたジュンゲル班長がいる。彼の背後からは、ぐったりした三馬鹿も下りてくるところだった。
「お、うちの連中も下りてきているな」
ジュンゲル班長がそう言い終わるか否かというタイミングで、集団の中から一人の女性が進み出てくる。
「班長!!」
顎の辺りで切りそろえた亜麻色の髪が風で揺れる、美人な部類の女性だ。
「スピラか。全員無事に到着しているな?」
「はい。班長の乗る車の用意も――」
「おれはドミナード班と行動すると言ったな?」
スピラと呼ばれた女性の言葉を食う形で、ジュンゲル班長が冷たく言い放った。これまで見てきた彼とは違う様子に、側で巻き込まれた形のネスは驚きで固まってしまう。
対するスピラは、一瞬悔しそうな表情を見せたが、すぐにジュンゲル班長に一礼すると集団の方へ戻っていった。去り際、班長に見えないようにネスを睨んでいったのは何故なのか。
ジュンゲル班長はスピラの背を見送りながら溜息を吐くと、ドミナード班長に向かって大股に去って行った。
訳がわからず首を傾げるネスに、三馬鹿達が珍しくも小声で囁いてくる。
「あいつらには近づくなよ」
「面倒くせーことこの上ないからな。ったく、あんなおっさんいらねーから、とっとと持って行けっての」
「お門違いな理由で俺等が恨まれちゃかなわねーよな」
三馬鹿が「おっさん」と表現する相手は、おそらくジュンゲル班長の事だろう。という事は、あの班員達がこちらを冷たい目で見ていたのは、彼等の班長がこちらの班と行動を共にしているせいなのだろうか。
「ジュンゲル班って……」
わかんない、と続いたネスの呟きに答える存在は誰もいなかった。
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