第十五話 現場 一

 到着した現場であるペンデュミーロ村は、酷く寂れた村だ。荒涼とした景色が続く中にぽつんと集落がある感じで、辺境という言葉がこれ程相応しい場所もないのではないかと思わせる。

 最寄り駅から車で一時間以上かかったが、これではさもありなんと納得出来る。

 ――今まで地元を田舎だと思ってたけど、十分街だったんだなあ……

 ネスの故国はパトリオートの南にあり、今いる国境を越えた国のさらに向こうにあるアドミットミルエという国だ。そこの地方都市出身なので、決して都会育ちとは言えないが、目前の村程寂れてもいなかった。

 遠目に見る村には、高い建物は一つも存在しないらしく見通しがいい。その村を覆い尽くすように、ドーム型の何かがあった。

「魔導結界か。いらん事をする」

 ネスの隣でそう言ったのは、ジュンゲル班長である。結局彼はここまでの道程もドミナード班と一緒だったのだ。

 それが気にくわないジュンゲル班員は、相変わらずドミナード班を睨み付けてきた。彼等をにらみ返しているのは三馬鹿のみで、残りは全員気にした風もない。

「慣れてるのかな」

「何がだ?」

「うわあ!!」

 思わず漏れた独り言に突っ込んでくる声があるとは思わなかったネスは、驚きのあまりその場を飛びすさった。声の主は先程から側を離れないジュンゲル班長だ。

「ジュ、ジュンゲル班長はあちらに行かなくていいんですか?」

 ネスの言う「あちら」とは、人手の多いジュンゲル班が手分けして行っている天幕の設営だ。眼前の村の攻略にどれだけの時間がかかるか読めない現状、長期戦を想定してのものである。

 それに対する返答は、とても簡潔だった。

「うちの班は私がいなくとも十分機能するようにしてある」

 体よく追い払いたかったネスの思惑は、簡単に崩れてしまう。どうも班員の思いは班長自体に届いていないらしい。

 ネスは、ジュンゲル班長の目を盗んでこっそり教えてくれたリーディの言葉を思い出していた。

『ジュンゲル班の班員はね、もれなく班長の事が大好きなんだ。確かに少々暑苦しくはあるが面倒見はいいし、処理能力も高いから憧れる気持ちはわからなくもないんだけどね……』

 どうやら、ジュンゲル班は実行部の中でも特殊な存在として見られているそうだ。その班員達の班長に向ける思いは、一種の宗教的崇拝にまで至っているという噂らしい。

 目の前で見るあちらの班員の様子を見るに、その噂もあながち間違ってはいないようだ。

 ――ジュンゲル班、恐るべし……

 この場合、恐れる対象は班員なのか班長なのか。


 ペンデュミーロ村を望む小高い丘の上に、天幕は設営されている。ここから様子を見つつ、村に立てこもっている犯人を攻略するらしい。

「そもそも、犯人の攻略ってどうやるんですか?」

 ドミナード班に割り当てられた天幕の中、大きめのテーブルを囲んで班長以外の全員が座っている。今回の仕事はジュンゲル班主導で行われるので、班長は向こうの天幕で行われている作戦会議に出席中だ。

「まずはあの結界を破壊、もしくは無力化する事からかなあ」

 そうのんびり答えたのはリーディだ。班長不在の今、彼が班員のまとめ役でもある。

 村に魔力結界が敷かれているという事は、村に立てこもっている過激派には魔導士崩れがいる事が推測される。

 魔導士崩れというのは、何らかの理由で魔導学院を卒業出来ず、従って機構に入ることが出来なかった結果、犯罪に手を染めた者達の事を指していた。

 魔導士崩れの犯罪は通常の犯罪より重いとされ、その裁判権は全て機構が持っている。

「まあ、魔導士崩れがいるからこそ、僕達に仕事が回ってきたんだけどね」

 それはどういう事なのだろう。首を傾げるネスに、意外な人物が答えをくれた。

「実行部っていうのは、実質この魔導士崩れを取り締まるのが一番の仕事なんだよ」

 そう言ったのは三馬鹿の一人、ヒロムだ。珍しくまともな事を言うと思ってしげしげと見ていたら、自分でも柄ではないと思ったのか赤い顔をして「何見てんだよ!」と怒り出した。照れ隠しなのは見え見えである。

「ヒロムの言う通り、特殊対策課とはいえ僕達も実行部に所属しているからね。ネスも今回のような魔導士崩れに当たる事はこれから増えると思うから、今のうちに慣れておいた方がいいよ」

 そうリーディに言われ、ネスは無言で頷いた。とはいえ、慣れるとは具体的にどうやればいいのか。

 ネスが悩んでいる最中に、ドミナード班長が戻ってきた。

「お帰りなさい、班長」

「配分決まったのかー?」

 リーディとヒロムの言葉は対照的だ。それにしても、配分とはまた何の事やら。ここに来て、ネスは首を傾げる事だらけだ。

 ドミナード班長は軽く手を上げてから席に座り、班員を見回した。

「攻撃は明日、朝七時からとする。こちらからはヒロム、ロギーロ、ディスパスィの三人で結界に対する攻撃を行う。俺とリーディが中盤で控えだ。ニアとキーリアは後方で支援を」

「了解」

 全員の声が揃った。だが、名前を呼ばれなかったネスは無言のままだ。

「班長、こいつは?」

「もしかして留守番か?」

「だったらこんな所まで連れてこないよなあ?」

 三馬鹿の言葉に、班長は「当たり前だ」と小さく返してネスに向き合う。

「ネスは後方にて待機。その際に出来る限り多くの魔力結晶を作っておいてくれ」

「はい、わかりました」

 何故魔力結晶が必要なのかはわからないが、レガから装置を渡されてから制服を着用している間はずっと作り続けているので問題はない。何せ勝手に作られるので、それを手袋をつけて取り外せばいいのだ。楽な事この上ない。

 ただこの結晶、何に使えるのか今一つわからないのが難点だ。


 天幕を出ると、ジュンゲル班の班員は既に準備が整っているようだ。

「ドミナード班の準備は整いましたか?」

 そう冷徹に聞いてきたのは、ジュンゲル班副班長のスピラだった。相変わらずこちらの班に対して思う所があるらしく、棘のある態度を改める気はないらしい。

 スピラの問いに、ドミナード班長は軽く手を上げた事で準備完了の合図を返す。

 そのまま彼女の先導で、村の近くに移動した。近寄って見ると、張られた結界がどれだけ大きいのかがわかる。これだけのものを作ったとなると、今回の魔導士崩れはかなりの実力を持っているのではないだろうか。

「……これだけの実力があるのに、どうして堕ちたんだろう」

 堕ちるとは、魔導士崩れになる事を指す言葉だ。多くの魔導士崩れは、高等術式を扱えずに進級試験に落ちて退学になった者達だ。だが目の前に展開されている結界は十分高等術式の範疇にある。

 これだけの力があるのなら、堕ちる事なく機構で仕事が出来ただろうに。

 思わず漏れたネスの疑問に、ニアがそっと答えてくれた。

「実力があっても堕ちる人は堕ちるものよ。犯罪に手を染めているのがいい証拠。決して同情などしないようにね」

 堕ちた魔導士崩れに同情をしてはいけないという事とその理由も、学院では繰り返し教えられる。

 同情をすると、そこにつけ込まれて自分も堕ちる事が多いのだそうだ。彼等は言葉巧みに魔導士達を誘惑する。

「げー!! おっさんと一緒かよ!」

「聞いてねえぞ、班長!」

「どうりで珍しく俺たちを目立つ場所に置いた訳だよ……」

 三馬鹿の悲鳴が遠くから聞こえてくる。目をこらして見ると、結界の際の辺りでジュンゲル班長と向かい合っていた。

 今回の結界への攻撃は、あの四人を中心に行うらしい。他にもジュンゲル班員の数人が結界の際にいる。ただ、大多数はニア達同様後方で待機のようだ。

「ジュンゲル班では、攻撃参加の人はあれだけなんですか?」

 何となく小声でニアに聞いてみると、苦笑が帰ってきた。どういう事なんだろうと思っていると、キーリアがこそっと教えてくれる。

「向こうの班であのクラスの結界に有効な攻撃が出来る人間って少ないのよ。大体保有魔力量もそんなに多くないしね」

「そうなんですか?」

「向こうの平均量は班長が一人で上げちゃってるけど、班員だけなら二千がやっとってところじゃないかな。副班長は確か三千手前くらいよ」

「え!?」

「ちょ! 大きな声出さないの! 向こうの連中に勘付かれるでしょ!」

 キーリアがネスの口を押さえて小声で叱った。

 魔力保有量は数値で表す事が出来る。魔導学院に入学が許される最低量が一千二百なので、平均二千は普通と言っていい。

 だが、実行部などという部署にいるのだから、他の班の人達も保有量は普通より多いのだろうとネスは思っていたのだ。

「ちなみに、キーリアさんていくつなんですか?」

「保有量? 私は一万いかないくらいかな?」

「ニ、ニアさんは?」

「私は最後に計測した時は一万二千少し」

 ネスは言葉を失った。もしかしなくても、ドミナード班というのは余所より保有量の多い人間ばかりいるのだろうか。だとしたら、自分が配属されたのはまさにその点があるからではないのか。

 ぐるぐると思い悩むネスに、キーリアからの質問が飛んだ。

「ところで、ネスも局でちゃんと計測したのよね? いくつだった?」

 はっとしてキーリアを見ると、ニアと一緒にとてもいい笑顔でいる。ここで答えないで逃げるという道はないようだ。

「じゅ……」

「じゅ?」

「十六万飛んで九百八十二です……」

 俯いて答えたネスの目に、二人の表情は映らない。だが息を呑んだ様子は伝わってきた。

 それもそうだろう、二千もあれば普通の魔導士になれるというのに、その八十倍もの魔力量があるのだ。しかもネスの魔力は成長型である。これからもその量は増えていく事はあっても減る事はなかった。

 実際、今答えた数値は先週測ったものだ。成長率までは教えてもらえなかったが、今計測したら確実に先程の数値を上回っているだろう。

 どうしてこうなったんだろう、とネスは途方に暮れていた。

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