第十三話 新しい仕事 一
レガからもらった結晶化装置は、全部で二十数個あった。それを全て制服につけると、装置の色が金色のせいで随分と派手に見える。
おかげで陰口のレパートリーが増えてしまったのだが、最近のネスは気にせず聞き流すという技を覚えていた。
そんなある日の朝、ネスにとっては初めての仕事が舞い込む。
「現場派遣……ですか?」
「そうだ。今回の現場はペンデュミーロ村だ」
聞き覚えのない地名だ。と言っても、ネスがパトリオートに来たのはほんの数年前の事だし、学院から外へは滅多に出ないので知らない地名の方が多かった。
とはいえ、この村は他の班員にとっても聞き覚えのない地名らしい。三馬鹿は置いておいても、リーディやキーリア、ニアまで首を傾げている。
「班長、聞いた事のない名前なんですが、どこにある村なんですか?」
「今から説明する」
リーディからの質問に答えた班長は、地図を空間投影させた。これは複数人で一つのものを見るのによく使われる術式だ。
地図上にはいくつもの街や村の名前が入っていて、パトリオートの南、隣国メシュフェト王国との国境付近に赤い点で印が付けてある。ここがペンデュミーロ村らしい。
「うっわ、すげー田舎」
「もうちょっとで隣の国じゃん」
「こんな辺鄙な場所に、何があるっていうんだよ?」
三馬鹿の言葉に、班長は手元の資料に目を落としながら答えた。ちなみに、三馬鹿の制服は本当に短くなっている。しかも嫌みのように胸当てのあるサスペンダー付きの為、子供感が半端ない。
「このペンデュミーロ村に、過激思想の狂信者が立てこもっているそうだ。村人を人質に、パトリオート政府に要求を突きつけている。要求の内容には、機構の解体も含まれているそうだ」
班長はさらりと言ったが、最後の言葉は機構にいる者にとって聞き捨てならないものではないのか。
「班長、我々の仕事はその狂信者を捕縛する事ですか? それとも村民を救出する事ですか?」
リーディの言葉に、ネスは首を傾げた。今言った内容は、どちらも同じ事ではないのだろうか。
それに対する班長の答えはいたって簡潔なものだった。
「両方だ」
「うちの班だけで、ですか?」
確かにリーディの懸念はわかる。ドミナード班は九人だが、実質八人のようなものなのだ。無論、ネスが頭数に入っていないという意味である。
リーディの言葉に反発したのは三馬鹿だ。
「俺等だけでも十分だろうが」
「そうだそうだー」
「何ならリーディはそいつと一緒に留守番してるかー?」
「そいつ」という部分でネスを見たディスパスィの揶揄するような言い方にネスはむっとしたが、リーディには彼等の言葉が届いていないかのような態度だった。彼の視線は班長にのみ向けられている。
その態度に気付いた三馬鹿がぶーぶー文句を言っているが、班長の一言に彼等の時間が止まった。
「うちだけではない。もう一つの班と合同で行う。ジュンゲル班だ」
詰め所の中は、一瞬静寂に支配される。そのすぐ後に、三馬鹿の絶叫が響いた。
「ジュンゲルー!?」
「あのおっさんとかよー!?」
「勘弁してくれよ班長ー!」
三馬鹿は必死の様子で班長に取りすがっている。あまりの事にぽかんとしてしまったネスの耳に、リーディが理由を囁いた。
「あの三人はどういう訳か、ジュンゲル班の班長に気に入られていてね。悪い人じゃないんだけど、何というか、少々独特な人なんだ」
どうやら、三馬鹿の天敵のような人らしい。制服の恨みがあるネスにとっては、あの三馬鹿が困るのなら今回の仕事は願ってもいない事だ。
惜しむらくは、ジュンゲル班長とやらを前にする三馬鹿が見られない事か。
――私は詰め所でお留守番だろうしなー。現場行ってもやる事ないし。
寂しいが、これが現実だ。局での研究は進んでいるのかいないのか、今一つわからないし、自分がやらされている事に意味があるのかもわからない。
それでも、魔力制御出来るようになるというレガの言葉を信じるしか、ネスに道はないのだ。
「ネス、聞いているのか?」
「は、はい! あの、聞いてませんでした……」
ついうっかり自分の考えに没頭しすぎて、班長の言った事を聞いていなかった。
ドミナード班長には軽い溜息の後、ちゃんと聞いているようにと小言をもらってしまう。ちなみにネスが聞き逃した内容は、特に彼女に必要のないものだったようだ。
「今回は二つの班合同で事に当たるが、出発はそれぞれの班単位でという事になっている。うちの班は明日の朝八時に玄関に集合だ。遅れた者は置いていくのでそのつもりで。特にそこの三人、気を付けろよ」
班長は遅刻常習犯の三馬鹿に向けてそう言って、話を終えた。
「あ、あの、班長」
ネスは学院での癖で、つい手を上げてしまった。しまった、と思った時にはもう遅いが、班長は特に気にした様子もない。
「何だ?」
「みんなが現場に行ってる間、私はどうすればいいんですか?」
先程の説明では、集合場所と時間、それに数日かかるかも知れないからそれを想定した荷造りをするようにという事だけだ。残されるネスについては何の注意もなかった。
ネスの言葉を聞いて、班長は眉間に皺を寄せる。
「どうすればとは? 指示は現場で行うと言ったはずだぞ」
「いえ、あの……私は留守番……ですよね?」
そういえば、そんな事も言われてはいない。ネスは段々、もしかして自分は思い違いをしていたのかと思い始めた。
果たして、班長の返答はその疑念を肯定するものとなる。
「誰がそんな事を言った? お前も行くに決まっているだろう」
班長の言葉を理解するのに数秒の時間を要したネスは、理解した途端大声で叫んでいた。
「えええーーーー!?」
三馬鹿当たりがうるさいと言っていたような気がしたが、それどころではないネスには聞こえていない。
かくして、未だ魔力の制御の兆しさえ見えていないネス・レギールの初現場仕事が決定したのだ。
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