第十二話 魔力結晶

 ネスが機構に入って早三ヶ月、暑い季節を通り越してそろそろ秋の気配が漂い始めていた。

「これ、何ですか?」

 ネスはレガに手渡された物を見て首を傾げている。金色の物体はボタンの枠だけのような代物だ。

「これは魔力を結晶化する装置だよ」

「結晶化? こんな小さなものでですか?」

 魔力結晶とは、純粋な魔力の塊で様々な魔導化製品の動力源として使われている。機構の中で作られている事はネスも学院で教わって知っていたが、あれは工場で大量生産しているものだったはずだ。

「これは最新の結晶化装置だよ。しかも魔力吸引の値はネスに合わせてあるから、絶対に他の人に触らせちゃだめだよ?」

 工場の結晶化装置は、大気中に含まれる魔力を集めて作るはずだ。人の魔力を吸引するなど聞いた事がない。

 何だか恐ろしいもののような気がして、ネスは装置を遠ざけてしまう。

「大丈夫だよ、危なくないから。これはね、制服のどこでも簡単にくっつくから。ちょっと貸して」

 そう言うと、レガはネスの手から装置を取って彼女の制服の肩の辺りにつけた。装置は磁石が鉄に吸い付くように制服に張り付いていて、落ちる様子を見せない。

「すぐに結晶化が始まると思うよ。あ、ほら」

 レガが言う通り、枠だけだった装置の真ん中辺りに赤い血のようなシミが浮かんだかと思うと、見る見るうちに結晶になっていった。所要時間はほんの数秒である。

「これが、魔力結晶……」

 血を固めたような光沢のある石にしか見えない。そうっと触れてみると、あっという間に指が結晶の中に入ってしまった。

「ええ!?」

「自分の魔力を結晶化させたものに触れると、すぐに吸収しちゃうから気を付けてね。装置についたままでもこの通りだから」

 そういう事は早く言って欲しい。そっと指を抜くと、再び結晶は元の姿に戻った。先程触れた事で吸収した魔力を、再び装置が吸引して結晶化したのだ。

「何か……変……」

 思わず漏れたネスの本音に、レガの後ろでアイドーニが声を殺して笑っている。

「変かなあ? まあいいや。とにかく、しばらくは君の魔力結晶を作る実験をするからね。この装置は制服から外さないように。あ、出来た結晶はこっちの袋に入れておいてね」

 レガにそう言われて袋を渡されたが、出来た結晶はどうやって外せばいいのだろう。触れてしまったらすぐに吸収してしまうのだが。

 途方に暮れたネスの様子に気付いたのか最初から用意していたのか、アイドーニが薄手の手袋を渡してくれた。

「枠から外す時はこの手袋をしてね。そうすれば吸収しないから。外し方は制服から枠を外して、こう上の方から軽く押せば外れるから」

 試しに手袋をはめてから肩に付けられた装置を取り外してみる。ぴったり吸い付いていた装置は力を加えなくとも簡単に制服から外れた。そのまま枠の表から裏にかけて軽く力を加えると、ころんと結晶がはずれる。作業自体は簡単だ。

「この手袋って……」

「それはね、局特性の魔力遮断布で作った手袋なんだよ」

 ネスの疑問にレガが自慢げに答えたが、魔力遮断布自体どういったものなのかわからないネスは首を傾げる。

 そんな彼女を救ってくれたのは、補足説明をしてくれたアイドーニだった。

「魔力遮断布っていうのはね、魔力が伝わるのを阻害する布の事なの。魔力結晶の工場で多く使われているのよ」

 なるほど、だから結晶に触れても先程のように魔力を吸収する事なく、外す事が出来た訳だ。

 それにしても、アイドーニの存在にはいつも助けられている。レガは生粋の研究者というタイプで、説明が足りない事がしばしば発生するのだが、彼女が補足してくれるおかげで何とか理解出来る事が多い。

 ――アイドーニさんには、感謝感謝。

 口に出して言うと、「それが仕事だから」という一言で躱されてしまうので、心の中だけで唱えるネスだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る