第十一話 制服事件 五

 局から宿舎に戻ったネスは、まだ腑に落ちない様子でいた。

「一体どうなってるんだろう……」

 何か手違いでもあったんだろうか。とはいえ、今の段階ではどうする事も出来ない。ネスは諦めて寝る事にした。

 翌朝はいつもより早めに起きて仕度した。何となくだが、新しい制服をもらえる日は特別な気分になるものだ。

 普段より少しだけ早く詰め所に入り、日課の掃除をこなしていると班長がやってきた。

「おはようございます、班長」

「おはよう。相変わらず早いな」

 初日と翌日を除いて、ネスは始業の三十分前には来て詰め所の掃除をしている。誰に言われた事でもないが、自分に出来る事を探した結果だった。

 ――仕事じゃ殆ど役に立たないんだから、これくらいはしないとね……

 毎日やる事といえば、書類整理とお使い、それに午後からの局での手伝いだけなのだ。せめてこのくらいしていなければ、居づらいことこの上ない。

 それに、今日は待ちに待った制服の出来上がる日だ。昨日のレガの言葉が気になるが、早く総務に取りに行きたくて仕方がない。

 その内心が態度に表れたのか、班長にわらわれた。くすりと小さな笑い声が聞こえたのだ。

 振り返ると、珍しくしまったという顔をした班長がいた。

「いや、すまん。随分と浮かれているように見えたもので……」

 一瞬、それはフォローになっていないと言いたかったが、それすら受け流せる程今のネスは浮かれている。

「今日、制服が出来上がってくるんです」

「ああ、今日だったか。しかし、制服一つでそこまで……悪い」

 再びの失言だったが、それもネスは笑顔で流した。それどころか、珍しい班長の様子に今度はネスが笑いたくなったくらいだ。

「おはようございます」

「おがようございまーす。お、ネスは今日も早いわねー」

 リーディとキーリアだ。彼等がこのタイミングで入ってこなければ、きっと自分は吹き出していただろう。そんな失礼な事にならずに済んで、こっそりと二人に感謝したネスだった。


 今日の分の総務行きの書類をまとめると、普段よりも軽い足取りでネスは詰め所を後にした。

 総務へ向かう路面車に乗った所で、昨日のレガの言葉が脳裏に蘇る。彼は「思い切ったデザイン」と言っていたのだが、やはりどう考えてもブレザーが思い切ったデザインとは思えない。

「誰かの制服と間違えたんだね」

 言っては何だが、普段のレガを見ているとそうしたミスをしても不思議はない。実験中はそんな事はないのだが、それ以外の時にはよくアイドーニに怒られているのだ。

 昨日から感じていた引っかかりが消えて、ネスは足取りも軽く総務へと向かった。

 相変わらず総務には人の姿が見えない。こんなに人がいなくて仕事が回るのかと不思議だが、ここが機能しなくなると大変な事になるとニア達に聞いたので、多分姿見えないだけで誰もが忙しく仕事をしているのだろう。

「こんにちはー」

 声をかけると、奥の方で扉が開く音がして程なくセリが顔を見せた。

「ああ、ネス。待ってたわ。制服、届いているわよ」

「本当ですか!? あ、これ、今日の分の書類です」

 手に持っていた書類をセリに渡すと、彼女は一旦奥に引っ込み、大きな箱を持って戻ってくる。

「一応中身を確認しておいてね」

「はーい」

 総務のカウンターの上に置かれた箱を開けて、ネスは中身を確認し始めた。黒い上着を出して持ち上げると、違和感がある。

「……あれ?」

「どうかした?」

「いえ、この上着、こんなに短かったかなーと思って」

 セリにそう言うと、他も確かめようと箱の中に目をやった。そこでふとおかしな事に気付く。注文したはずのブラウスがない。色は白で指定したので、一目でわかるはずだった。

「ん?」

 上着の下にあった服を持ち上げると、何やら丈の短い代物だ。よく形を確認したネスの口からは、絶叫が響いた。

「何じゃこりゃー!!」

「ど、どうしたの!?」

 ネスの声に驚いたセリが慌てて聞いてきたが、対応する事も出来ずに手に持った物体を凝視した。

 ネスの手にあるのは、ミニ丈のワンピースだ。これでは少し屈んだだけで下着が見えてしまう。

「ど、どどどどどどうなってるんですか!?」

「どうって……私にもわからないわ」

 手に持ったミニ丈ワンピースを突きつけて問いただすネスに、セリも訳がわからないといった様子だ。

 その時に、ネスの脳裏に昨日のレガの言葉が蘇る。彼が言っていたのはこれの事だ。

 がっくりとカウンターに突っ伏したネスは、訳がわからない。

「何で……どうしてこんな……」

 自分が注文した制服は普通のブレザーだ。こんな下着が見えそうなミニ丈ワンピースではない。どこですり替わったというのか。

 ネスのうわごとのような呟きに、頭の上からセリの頼もしい声が聞こえた。

「ちょっと待ってて」

 顔を上げたネスの目に入ったのは、総務の奥へかけていくセリの背中だけだ。しばらく脱力した状態で待っていたネスの元へ戻ってきたセリの手には、一枚の紙が握られている。

「どういう事かわかったわよ。ネス、その箱ごと制服持ってついていらっしゃい」

 そういう事かわからないネスは、とりあえず制服を箱に戻して抱きかかえた。


 セリが向かったのは、班の詰め所だった。

「失礼します」

 いきなり総務の人間が来た事で、班員は驚いているようだ。

「どうしたんですか? セリさん」

「リーディさん、班長います? ああ、班長。ちょっとお話があります」

 奥のガラスで囲まれたブースから班長が姿を見せると、セリはずかずかと部屋に入っていってブースの中へ入っていってしまった。

「……どうしたの?」

「えっと……」

 呆然としたリーディにそう聞かれたが、ネスもどう答えればいいのかわからない。

 程なく、班長とセリがブースから出てきた。気のせいでなければ、班長の周囲には雷属性の魔力が溢れている。

「班長、怒ってるね」

「そうですね」

 初日に三人に対して雷を落とした時を思い出して、ネスは背筋が寒くなった。

「ヒロム、ロギーロ、ディスパスィ」

 班長は例の三人の名前を呼んだ。よく見れば、三人は部屋の奥の方で固まっている。

「今セリから聞いたのだが、お前達は総務にとある書類を提出したらしいな」

「えー、覚えがないなー」

「俺等だっていう証拠はあるんですかー」

「俺等知らないしー」

 三人とも、棒読みの大根役者より酷い演技だ。これでは自分達が何かやりましたと言っているようなものである。

 というか、事ここに至ってネスにもようやくわかった。今彼女の手にある箱の中身は、彼等がしでかした結果なのだ。

 しらを切る三人に、セリが手にしていた書類を突きつけた。

「証拠ならここにあるわよ。あんた達、自分の字にひどい癖があるって事くらい自覚しておきなさいよね」

 突きつけられた書類をヒロムがひったくり、三人でセリに抗議し始める。 

「ひでー! 大体、それを書いたのはロギーロだぞ」

「ばか! お前だって面白がってカタログひっくり返していたじゃねーか!」

「あれは傑作だったよなー」

 げらげらと笑う彼等を見て、やはり三人が元凶だったのだ知れる。いたずらにしても酷い。ネスはふつふつと湧いてくる怒りを感じていた。

 同様に怒りを露わにしていたのは班長だ。ただし、こちらの怒りの原因は別の所にある。

「お前達、自分達が何をしでかしたかわかっているのか?」

「えー、だってさー、こいつってばつまんねー制服選んでるだぜ?」

「そうだよ。ちったー面白味のあるヤツ選べばいいのによー」

「だから俺たちで選んでやったんだ」

 完全に開き直った三人に、班長は無言で雷を落とした。とはいえ、部屋の中には轟音が響き渡ったが。

 直撃を受けた三人は、制服の術式付与のせいか即死は免れているが、相当な痛みはあったようで床に転がったまま呻いている。

「お前達がやった事は立派に文書偽造という犯罪で査問対象だ。査問委員会にかけられたいか」

 班長の冷たい言葉に、三人は呻きながらも「そんな」だの「大げさな」と反論した。その態度が、班長の怒りを更に煽ったらしい。

「ほう? まだそんな口をきくのか。仕置きが足らなかったか?」

 さすがにこれ以上痛い思いをしたくないのか、三人の口からは謝罪の言葉がようやく出てきた。

 それを確認した班長は、ネスを振り返る。

「どうする? 迷惑を被ったのだから、お前が決めろ」

 ここでネスが断罪を望めば、彼等は本当に査問委員会とやらにかけられるのかもしれない。

 だが、ネスの頭には既に別の報復方法があった。

「班長、この三人は丈の短い服が好きなようですから、彼等の服の丈も詰めてあげたいと思います」

 そう言った時のネスは、暗い笑みを浮かべていたのだろう。側にいたリーディや、こちらを見ていたニアやキーリアも顔が引きつっているのが見える。

 ネスの提案を受けた三人は、痛みも忘れて抗議をした。

「ふざけんな!」

「この年でショーパンでもはけってか!」

「冗談じゃねーぞ!」

 三人の抗議を聞くだけ聞いてから、ネスはとても良い笑顔を浮かべる。

「じゃあ査問委員会とやらに行きますか?」

 その一言に、三人は言葉を詰まらせた。しばらく待ったが、誰からも「行く」の一言は出ないので、ネスは班長に向き直る。

「という訳ですので、彼等の制服の下を短くしたいと思います」

「わかった。セリ、頼めるか?」

「ぶふっ。も、もちろんです。彼等のは切って詰めるだけですからすぐに出来ますよ」

 彼等がショートパンツをはいた所を想像したのか、セリは吹き出しながらも答えた。だがすぐに顔を曇らせる。

「ただ……」

「ただ?」

 班長に先を促されたセリは、気の毒そうな表情でネスを見た。どうしたのだろうか。

 その理由は、すぐにわかった。

「ネスの制服は、しばらく作り直しがききません」

「え……ええ!?」

 ネスは再び絶叫した。


 機構の制服は、一年に一度作り替えが許されている。不測の事態で修復不可能な汚損があった場合に限り、一年に二度までの作り替えが許可されていた。

「ネスの制服はデザインが不当に変更されていたという事になりますが、着用出来ない程の状態ではない為、作り替えが認められないんです」

 自分のせいではないのにすまなそうに説明したセリは、ちらりとネスを見た。気付いてはいたが、ネスは頭の中が真っ白になってしまっていて反応出来ないでいる。

 作り替えが出来ないという事は、この超ミニ丈の制服を着るという事だろうか。

「それにしても、これじゃあかえって動きづらいよね」

「まったく、三馬鹿は何考えてるのよ」

「何も考えていないのよ」

 リーディとキーリアはまだしも、ニアまで冷たい声で吐き捨てる。その声の響きで、ネスは我に返った。

「あの……どうしてもこれを着なきゃいけないんですか?」

 ネスの言葉に、リーディ達は哀れな子を見るような表情でいる。

「何とか抜け道はないか?」

「そうですね……」

 班長の問いに、セリは何やら考え込んだ。何でもいい、この制服を着ないで済む方法があるのならぜひ教えてほしい。

「追加、という形で、この服に付け足すのならなんとかなるかもしれません」

 セリが提案したのは、今の制服は何をどうしても変える事は出来ないので、付け足す何かを注文してはどうか、というものだった。作り替えは出来なくても、足りないと感じたものを付け足す事は出来るらしい。

「じゃ、じゃあ丈の長いスカートかパンツを!」

 下着が見えないようにというのも大事だが、足をさらけ出すのも御免被りたい。

「でもこれ、ワンピースでしょ? バランスが悪くなるわ」

 ネスの必死の訴えは、だがニアによって却下されてしまった。

「とりあえず、総務でカタログ見ながら考えよっか」

 セリの提案に、ネスは力なく頷くしかない。気の毒に思ったのか、ニアとキーリアが同行を申し出てくれた。


 総務は相変わらず薄暗く、そして物が乱雑に置かれている。整理整頓はしないのだろうかという、どうでもいい疑問がネスの脳裏をよぎったが、今はそれよりも優先すべき事があった。

「やっぱり、ロングパンツだとバランスが悪いわね」

 画面を見ながらそう評したのはニアだ。彼女は詰め所でも同様の事を言っていた。

 ネス達四人が見ているのは、セリがどこかから持ってきたディスプレイである。そこにネスの制服画像を取り込み、今から追加発注が出来る制服のコーディネイトを擬似的に表示させているのだ。

 その画像を見るに、残念ながらネスもニアの意見に賛成せざるを得ない。

「返す返すもあの三馬鹿が余計な事をしなければ……」

 とうとうネスまで例の三人を三馬鹿呼ばわりし始めたが、その場にいる誰からも窘めの言葉はない。彼女達もネスの思いをよくわかっているのだろう。

「上着がボレロタイプなのも痛いよね」

「普通のジャケットタイプなら、上着の裾を伸ばしてなんとか誤魔化せたんだろうけど……」

 キーリアとセリの言葉に、ネスは再び落ち込みたくなった。当初の予定通りなら、今セリが言った案が使えたというのに。あれこれと入り混ざった感情は、全て元凶の三人への恨みへと変換されていきそうだ。

「膝丈のスカートならどう?」

「……どれもぱっとしないね」

 正直言えば、制服なのだからデザイン性は二の次三の次でいいのではないだろうか。だが、先程からどうやれば見た目良く、かつネスの希望通りになるかを考えてくれているニア達には言えない。


 その後、散々ああでもないこうでもないと話し合った結果、決まったのはネスの望みからは程遠い結果となった。

「何で……どうして……」

「ま、まあまあ。ネスはまだ若いから足を少しくらい出しても誰も何も言わないわよ」

「来年までの辛抱よ」

「そうね、来年になれば作り替えが認められるから、その時は一番に注文しにくればいいわ」

 キーリア、ニア、セリの慰めの言葉も耳を素通りしていく。

 今ネスの前にあるのは、ミニ丈のワンピースにボレロタイプの上着、太股まである長い靴下とそれを止めるガーターベルト、そしてスカートの下に履く一分丈のパンツだ。

 確かに、これで下着が見えなくはなったが、足を剥き出しにする事は変わらない。

「靴下が長いから大丈夫よ。防御力はばっちり。その靴下にも、ちゃんと術式付与がなされているんだから」

 セリの言葉に、違う、そうじゃないと言いたかったがが、何も言えないネスだった。

 唯一の心の慰めは、三馬鹿連中のパンツの丈が、想定していたよりも短かった事だろうか。これで彼等が少しでも恥をかけばいいと、ネスは黒い笑みを浮かべていた。

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