第九話 制服事件 三

 局へ行くと、話は通っているのかすぐにレガの元へと通された。前回来た時とは違い、何やら機械類が所狭しと置かれている狭い部屋だ。

「やあ、よく来たねネス」

 レガは相変わらず愛想のいい笑顔でいる。その彼の背後には、見た事のない女性が立っていた。

「さて、じゃあまずは魔力測定から――」

「の前に、私に彼女を紹介してもらえませんか? 主任」

 レガの背後の女性は、にっこりと笑って彼にそう言った。

「ああ、そうか。ネス、彼女は僕の助手のアイドーニ君」

 レガに紹介された彼女、アイドーニは一歩前に出て、先程とは違う種類の笑顔を向ける。

「初めまして、アイドーニ・クゥコスです。よろしくね」

「ネス・レギールです。こちらこそ、よろしくお願いします」

 差し出された手をおっかなびっくり握り返したネスに、アイドーニはくすりと笑った。だがそれは、不快なものではない。

「さて、では始めましょうか、主任」

「君が遮ったんじゃないか……」

「主任がちゃんと順番を守って下されば、私が口を差し挟む事はなかったんですよ。ネス、今日はあなたの魔力測定その他、検査から入るからね」

 そう言ったアイドーニの向こうで、レガが何やらぶつくさと呟いている。どうやら、自分が言うはずだった言葉を彼女に取られたのが悔しいらしい。

 まずは検査着に着替える事になり、すぐ側にある更衣室に連れて行かれた。渡されたのは薄手のガウンのようなものだ。

「この下には何も着けないでね」

「え……」

 アイドーニの言葉に、ネスが固まった。手渡された検査着は大分薄いので心許ない。

「検査だから、余計なものは身に着けちゃだめなのよ」

 そう言われて更衣室に放り込まれたネスは、途方に暮れながらも学院の制服を脱いで検査着を纏った。季節柄寒いという事もないし、何より建物の中は温度管理が行き届いている。

 服はそのまま更衣室のロッカーに置き、ネスは手ぶらで廊下で待つアイドーニの元へ戻った。廊下には彼女の他に誰もいないが、やはり落ち着かない。

「着替え、終わりました」

「じゃあ、行きましょうか」

 そう言ってアイドーニが案内したのは、先程の小部屋とは違うがらんとした広い部屋だ。広さだけでなく、天井も高い。

 部屋の中央には簡素なベッドが一台置いてあるだけで、他には何もなかった。

「じゃあそのベッドに横になってね」

「はい」

 ネスが横になったのを見届けると、アイドーニは部屋の奥にあるドアの向こうへ消えていった。ドアの脇には大きなガラス張りの窓があり、その向こうは先程までいた機械だらけの小部屋らしく、レガの姿も見える。

『ネス、聞こえる?』

「聞こえます」

 部屋のどこかにスピーカーがあるようだ。そこから聞こえてくるアイドーニの声に、思わず普通に答えてしまったが、これで向こうに聞こえているのだろうか。

「こちらで測定その他を済ませるので、いいと言うまでそのまま寝ていてね」

「わかりました」

 測定すると言っても、機械のようなものは何も見当たらないのだが、いいのだろうか。疑問に思うも、ネスにはどうしようもないのでそのままおとなしく寝ておく事にした。

 静かな空間で天井を見上げていると、あれこれと心の内をよぎるものがある。学院長室で最後に見せた学院長のほっとした表情、初めて来た機構の大きさ、紹介された班員の人達、あちこちで囁かれる陰口。

 学院から卒業すれば、ああいった陰口はなくなると思っていたのに。

 ――甘かったなあ……

 卒業までの辛抱と思えばこそ、耐えていられた部分もあったのだ。だが結果はこれだ。

 考えてみれば、卒業したところで魔導に関わる仕事である以上、魔力制御は基本中の基本だった。その基本が出来ない自分は、どこへ行ってもあの陰口が付きまとうのだろう。

 学院を卒業した人間は、例外なく機構に就職する。それ以外は認められていないのだ。

 魔力を持ち、それを扱う技術と知識を持った人間を機構の外に置いておく事は、機構にとっても諸国にとっても危険だからだというのが理由らしい。下手をすれば昔の魔導士狩りの復活だ。

 誰よりも多くの魔力を持っているネスは、だからこそ機構以外に行き場所はない。たとえ魔力制御が出来なくても。

 ――いやいや、ここので研究が進めば制御出来るようになるって、レガさんが言っていたし!

 正直、今縋れるのはレガの言葉だけだ。その為にもしっかり局の、レガの研究の役に立たなくてはならないのだが。

「転がされてるだけなんですけど……」

 思わず心の声が言葉に出ていた。もしかして、今の声もレガ達がいる小部屋に聞こえていたりするんだろうか。

 しばらく待っても向こうからの反応がないので、きっと聞こえていないか、聞こえていても無視されているかだ。

 無視という自分の考えに、ネスは自ら落ち込む。どうにもネガティブになっているようだ。それではいけない、と思うものの、どうにも明るい未来というものが見えてこない。

 ――本当に、大丈夫なのかな……

 何が大丈夫なのか自分でもよくわからなかったが、ネスは不安に苛まれたままの状態で根転がされていた。


 どのくらいそうしていたのか、さすがにそろそろ不安を振り切って退屈になり、それも越えた頃に背中が痛くなってきた。何せ寝返り一つうっていないのだ。

「あのー、質問いいでしょうかー」

『どうかした?』

 間延びしたネスの声に、以外にもアイドーニから答えがきた。やはり、ここでの声は向こうに通っているらしい。

 ――んじゃ、やっぱりさっきの独り言は聞こえていたな。

 先程の疑問が解消されたのはいいが、今はそれよりも切実な問題があった。

「検査って、まだ時間かかりますか?」

『そうね、もう少し測りたいんだけど。あ、体制変えないと辛い?』

「それもそうなんですけど……お手洗い行ってもいいですか?」

『ああ! ごめんなさい』

 かれこれ結構な時間をここで過ごしているので、そろそろ行きたくなったのだ。

 小部屋から出てきたアイドーニには盛大に謝られて、トイレの場所を案内してもらった。

 戻ると、広い部屋にレガも出てきている。

「ああ、お帰り。検査はもう終わりだから、今日はこれで帰っていいよ」

「え? そうなんですか?」

 てっきりまだ検査を続けるのかと思っていたのだが、違ったようだ。レガは満面の笑みで教えてくれた。

「いやあ、予想以上のデータが取れてね。これからの研究が楽しみだよ」

「そうなんですか……」

 どんなデータが取れたのか、知りたい気もするが聞くのが怖い。何せ学院では何台もの測定器を壊してきた過去があるのだ。

「主任、簡単な事なら今説明してもいいんじゃないですか?」

「ああ、そうだね。ちょっと待っててね」

 アイドーニの言葉に、レガは一度小部屋へ戻っていく。その後ろ姿を見ながら、アイドーニが小声でネスに話しかけてきた。

「ごめんね、うちの主任、研究馬鹿だから研究以外の事となると常識も何もかも吹っ飛んじゃってるから。自分の事だもの、早く知りたいよね?」

「あ、あははは」

 ネスは笑って誤魔化す以外になかった。


 結局、説明は局に来た時に初めて通された部屋で聞く事になり、三人で移動した。

「さて、簡単に言うとね、君の魔力の成長の方法がわかったって感じかな」

「はあ」

 レガは手元の紙に目を落としながら話し始める。紙は丸まった長いもので、検査機器の結果が記されているもののようだ。

「正直、成長型は数が少なすぎてよくわかっていなかったんだよね。君の前に成長型として記録が残っているのって、約百年くらい前のものだし」

「え?」

 古、と口にしそうになって、寸前で止めた。百年前だとさすがに機構の設立後なので、そういった記録も残っていても不思議はないが、さすがに間が空きすぎだ。滅多にいないと言われる理由がわかった気がした。

 レガの説明は続く。

「魔力が減ったら自然にわき出ている魔力を外部から取り込んで補充する訳だけど、普通はこの補充する枠が一定の大きさなんだよね。これが一定型。で、使えば使う程枠が縮んでしまうのが消費型と呼ばれている。これは知ってるね?」

「はい、学院で習いました」

 ごく初期段階で習う内容だ。一定型の人間が殆どの中、希に消費型と呼ばれる人間が出てくる。

 彼等は魔力を使えば使う程その上限値を減らしていくのだが、消費型はその殆どが最初の上限値が高い事でも知られている。一定型の上限値を基準で百とするなら、消費型は少ない人でも一千を越えるのだそうだ。

「で、この枠がどんどん大きくなるのが成長型だと考えられていた。というのも、先にも言ったけど、成長型は数が少なすぎて実態がよくわかっていなかったんだよね。これまで正式に研究もされてこなかったし」

「はあ」

 何だろう、自分が実験動物にでもなった気分だ。据わりの悪い思いをしながら、ネスはレガの話を聞き続けた。

「今回の検査では、君の魔力の上限値を測るだけでなく、その成長率も測ろうと思ったんだけど……」

「けど?」

「そっちの方は失敗しちゃった」

 まるでちょっとした事だと言わんばかりのレガの言い方に、ネスは椅子からずり落ちそうになる。

 ――失敗しちゃったって……そんなに軽く言う内容?

 愕然とするネスを余所に、レガの独壇場は続いた。

「いやー、それでも濃度の上がる仕組みが解明出来たから、それだけでもよしとするよ。これで研究も一歩進んだようなものだ」

「濃度……ですか?」

 ネスの声は暗い。彼女の魔力は上限値のみならず、濃度も成長型なのだ。それもあって制御が非常に難しいものとなり、結果「制御不能」という不名誉な名前を付けられた訳だが。

 魔力濃度は術式の展開と非常に深い関わりを持つ数値である。同じ術式を同じ量の魔力で展開させても、濃度が違えば結果が大きく異なるのだ。

 上限値同様魔力も数値化されているのだが、一番単純な炎の術式を魔力量一で展開した場合、濃度一でロウソク程度の炎が、濃度百で高さ一メートルの炎の柱が出現する。

 ――ああ、嫌な記憶が……

 実技の授業で行った炎の術式展開で、辺りを火の海にしかけたのはいつだったか。そのすぐ後にあった水の術式展開に関わる騒動がだめ押しとなり、ネスの実技授業は免除となる決定が下ったのだ。

 ネスの様子に気づきもせず、レガは興奮した様子で話を続けた。

「さっきまでの検査で、君の魔力の暫定上限値を計測しただけでなく、魔力吸引を行って上限値までの復帰の時間も測定したんだよ」

 今、さらっと危ない単語が出てきたようなのだが。ネスがそっとアイドーニを見ると、彼女は顔の前で手を合わせていた。まるで申し訳ないと言おうとしているように。

 魔力吸引というのは、特殊な状況下でのみ行われるものだと聞いている。その状況とは魔力酔いや魔力中毒の症状が出た時だ。

 魔力酔いとは、自己の上限値以上の魔力を吸収してしまった場合に起こる症状を言う。主に魔力を使いすぎた反動で起こすらしい。

 魔力中毒は魔力酔いの上位版だ。酔いの場合は時間経過で自然治癒する事が殆どだが、中毒までいくと先程の吸引を行って吸収しすぎた魔力を体外に排出する必要がある。

 この時気を付けなくてはならないのは、排出させる魔力の量であり、吸引しすぎると今度は魔力枯渇を起こして死ぬ危険があるのだ。

 そんな危険とされる魔力吸引を、本人に無断で行っていたとは。

 呆然とするネスを見て、ようやくレガが不思議そうに首を傾げた。

「あれ? どうかした?」

「主任、魔力吸引なんて普通の子は体験しないものですよ」

 アイドーニが額を手で押さえながら低い声でそう言うも、レガにはうまく伝わっていないらしい。

「え? でもちゃんと上限値の半分程度の魔力しか吸引していないよ? いやあ、それにしても上限値も濃度も高いから、いい魔力が確保出来たよ」

「そーですか……」

 話を聞いていただけなのに、疲れ切ったネスの口からはその一言しかでてこなかった。

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