第31話 青に燃ゆ

 地上では、ようやく地下の異常な気配を察知した。知らせを受け、退魔士たちが現場へ急行する。学園長を陣頭に、ベテランの退魔士らが道を急ぐ。

「何だ!?」

 突如、地面が鳴動した。

 道路がヒビ割れ、水が染み出してくる。

「総員、下がれ!」

 アスファルトが割れ、異形の者が姿を現す。

『ゴアアアアアアアッ!』

 朱顎王しゅがくおうだった。怒りに目を光らせ、咆哮する。

 続いて絡新婦じょろうぐもが、らいらを抱えて這い出す。

『シャアアアアアアアアッ!』

 朱顎王が叫ぶ。空を黒雲が覆う。嵐を呼ぼうとしている。

「朱顎王を狙え!」

 学園長が叫ぶ。退魔士たちの術が、土蜘蛛の王に襲いかかる。

『ジャッ!』

 朱顎王が飛んだ。絡新婦とともにビルを登り始める。二頭は糸をまき散らし、ビルとビルの間が蜘蛛の巣をかけたようになる。

 粘着質の糸は、地上にいる退魔士らの動きをも封じる。

『ハハハハハ、最早地底でコソコソせぬ。地上を、地上を、我が手で地獄に!』

『我が君、この小娘は?』

『うち捨てよ!』

 絡新婦はあっさりらいらを投げ捨てた。

 らいらは蜘蛛の糸に引っかかって、空中に止まった。地上数十メートル。落ちれば命はない。

『ム?』

 地面が再び鳴動した。染み出していた水が地中に戻っていく。

『――!』

 朱顎王が開けた大穴から、巨大な蛇体が飛び出した。

 龍――誰しもがそう思った。

「いや、違う!」

 龍ではない。水がまるで蛇のような形をなし、意志を持っているかのように動いている。青く光る透明な水流が、天高く伸び上がる。先端に、なかば異形と化した少年が立っている。

「あれはまさか……玉石たまいし君か!?」

 水流を操って、一磨かずまはまっすぐ目指す。今にも落ちそうなパートナー――らいらのもとへ。

 一磨がらいらをとらえた瞬間、蜘蛛の糸が切れる。中途半端に絡んでいた糸が二人を振り子のように引っぱる。二人は高層ビルのガラス窓に突っこんだ。

 主を失った水流が四散する。雨のように降り注ぐ水は、蜘蛛の糸を解かしていく。

 何が起こっているのか。起ころうとしているのか。

 誰にも理解できなかった。


「らいら!」

 一磨は何度も呼びかけた。

 らいらがわずかに目を開く。

「かず……ま、さん」

 らいらが一磨の顔に手を伸ばす。一磨はその手に自分の手を重ねた。

「守りたい……守りたいんだ」

 復讐よりも、遂げたいことがある。

「君を守りたいんだ、らいら!」

 一磨はらいらを抱きしめた。光が二人を満たした。


「――なんだ!?」

 空に雷光が奔った。

 雷光は黒雲を散らす。大気に満ちた邪気が散らされる。

 一磨たちが突っこんだビルの四方から、光が噴き出す。黄金の光だった。

『何!?』

 ビルから飛び出した者がいる。

 金の光を背にして、空に浮かぶ。

 一磨だ。

 四本の腕をそなえ、瞳は青く輝き、黄金の光背こうはいを背負う。

『その姿……』

 異形であるというのに、荘厳なるその姿は。

 鬼ではない。決して鬼ではない。

「俺は鬼ではない」

 一磨は二本の腕に、らいらを抱えている。

 らいらはしっかりと一磨につかまり、その瞳は金緑色に輝いている。

『一切衆生悉有仏性……』

「そうだ、朱顎王」

 一磨はらいらを抱かぬ腕を、前へと伸ばす。独鈷杵を握りしめる。独鈷杵から青い炎が伸びる。形をなし、青き大剣の姿を現す。

『貴様は……貴様は……!』

「金剛ノ宝剣」

 如意宝珠にょいほうじゅの力すべてを解放した、真の金剛剣。あらゆる邪念を打ち砕く、最強の武具。

 光背の光が増す。光の輪がいくつも重なる。

 二人の影が、朱顎王に落ちかかる。影から異形の腕が伸び、朱顎王を捕らえる。神虫の腕だった。

「すべてを切断せし金剛石、聖なる尊き宝珠よ、吉祥成就スヴァーハ

 青き大剣が、振り下ろされる。なでるようになめらかに。

『……ほとけ……に……』

 鬼の体が割れた。巨大な蜘蛛が、浄化の炎に包まれてビルから落下する。

『オオオオオオオオッ』

 別の方向から憤怒の叫びが上がる。

『よくも我が夫をォォォッ!』

 絡新婦が叫び、飛ぼうとした瞬間――。

 銃型の対妖兵器が火を噴いた。脚の関節を打ち抜かれ、絡新婦は地面に落下する。

『おのれ、オノレェェッ!』

 起き上がったその瞬間――。

『ア……グ……』

 人型の胸を、後ろから貫かれていた。

 絡新婦は振りかえる。

『学……園長……』

 学園長が、刀で絡新婦の心臓を貫いていた。

「もっと早くに」

 やいばを回転させ、急所をえぐる。

「君の闇に気づくべきだった」

 学園長は刃を引き抜く。

 赤黒い血が噴き出し、あたりに散る。

『オ……オオ……』

 学園長はさらに絡新婦の蜘蛛の部分――その腹部に刃を突き刺す。できた傷の中に、手榴弾を埋めこむ。ピンを抜いて、学園長は絡新婦の上から飛んだ。

「さようなら、岡留おかどめ君」

『あ……アア! アアアアアアアアアアアッ!』

 絡新婦は爆散した。体内に残っていた卵もすべて焼き散る。

 学園長は難なく爆発から逃れた。燃え尽きていく絡新婦をじっと見据える。

「……終わったのう」

端山はやまさん」

「学園内にいた土蜘蛛も掃討されたそうじゃ」

 介爺すけじいが報告する。

 気がつけば、空に浮かんでいた黄金の光も消えていた。

 蜘蛛の糸は清浄なる水に溶かされ、邪悪なる者は炎に焼かれた。

彼奴きゃつらは、自分の子供が欲しかったんじゃのう」

 倒された土蜘蛛の王と王妃。鬼児や呪印ではなく、歳を経た化け蜘蛛でもなく、純粋に出産した子をもって一族の再興を願っていた。

「けれども、その願いが彼らに滅びをもたらした」

「因果じゃ」

 介爺は言った。

「人の親を奪った、報いじゃよ」

 きびすを返す。

「さて、後始末じゃな。こりゃ手がかかるぞぃ」

「考えただけで気が滅入りそうです」

「ほっほっ、そんなタマではヤコージュの学園長は務まらんて」

「おっしゃるとおりです」

 学園長が肩をすくめる。

「二人を迎えに行くぞい。銅雀どうじゃく!」

「はーい、介爺様」

 瓦礫の中から、金銅の雀が飛んでくる。

「おぬしもよくよく運がいい付喪神じゃのう。一磨とらいらちゃんはどこじゃ?」

「あっちに降りてきてたよ」

 銅でできた付喪神について、大人たちは歩き出した。

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