第29話 胎動

 冷たい。

(俺はどこにいる?)

 たしか球の中に閉じこめられた。球の中には水が満ち、息を失ったはずだ。

(水の中か。死ぬのか。いや、鬼に成るのか)

 あたりの様子はわからない。体も動かないのに、頭の中だけが冴えてくる。

(…………?)

 声がどこからか響いてくる。

 ――一磨かずま

 ――一磨。

(誰だ? 俺を呼ぶのは誰だ?)

 ――わたくしはあなたの半分。

(半分?)

 ――でもあなたではない者。

(かあ、さん?)

 ――わたくしはずっと、あなたのそばにいる。

 ――呼んで。わたくしの名を。あなたの力を。

(俺は鬼に成る)

 ――鬼性は誰にでもある。

(俺は……)

 ――一切衆生悉有仏性いっさいしゅじょうしつゆうぶっしょう

(母さん?)

 ――いづれも仏性具せる身を。

 ――隔つるのみこそ悲しけれ。

(俺はどうなる?)

 ――鬼性は誰にでもある。

 ――仏性は誰にでもある。

(俺はどうなる? 鬼になるのか?)

 ――あなたの意志で。

(俺の意志で?)

 ――呼んで。名前を。

(わかった)

 呼ぶよ。俺の意志で。俺の望みを。

(オン)

 おお、帰命きみょうしたてまつる。

(サラスバテイエイ)

 大弁才天女よ。

(ソワカ!)

 我が願い、成就あれ!


 一磨が胎動した。

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