第16話 すれ違い
夜になった。
宿坊は二部屋とってある。
精進料理をいただき、風呂に入り、一磨は割り当てられた部屋でぼうっとしていた。
「……父さん、母さん」
父からの手紙を、何度も何度も見返した。
一磨の名前をつけたのは母だ、と。
母と一磨を守りたい、と。
父の字で書かれた言葉。何度読んでも喜びと哀しみがないまぜになった切なさを感じる。
思えば、あの商家だったという実家も、母と一磨を守るために父が用意したのだろうか。
「大丈夫だよ、父さん」
独鈷杵を見つめる。
「母さんは……ずっとここにいたんだね」
母さんの仇を取る。そして我が身を守りきる。
「一磨さん」
部屋の仕切りはふすまだ。その外から声がした。
「らいらか?」
「はい。入ってもいいですか?」
「あ、ああ」
静かにふすまが開いた。
らいらがバッグを持って入ってくる。何故か浮かない表情だ。
「どうした? こんな時間に」
「……一緒に、寝てもいいですか?」
「はあっ!?」
一磨は目を剥いた。
いかにコンビを組んでいるとはいえ、健全な年頃男女が同室で寝るのはおかしい。
おまけにここは寺の宿坊。不健全と見なされる行為はご法度だ。彼女もわかっているはずだ。
「な、何があったんだよ?」
「…………」
らいらは黙りこくった。うつむいて、口を真一文字に結んでいる。
「黙ってちゃわかんないだろ?」
首筋に手を当てながら、一磨は尋ねる。
「……それとも、言えないことなのか?」
「…………」
何度かためらったあと、らいらはようやく口を開いた。
「岡留先生に訊かれて、神虫のことをお話ししたんです」
「ああ、それで?」
「そしたら……」
らいらが話そうとした矢先、小走りの足音が近づいてきた。
「
ふすまの向こうから、岡留の声がした。
「あ、はい」
一磨が返事をすると、岡留がふすまを開けて入ってくる。
らいらが表情をこわばらせる。
「ああ、よかった。ここにいたのね」
岡留はホッとした様子だ。らいらを探していたらしい。
「さっきは私が悪かったわ。謝ります。だから機嫌を治して?」
岡留はらいらの前に座ると、彼女に謝罪し、なだめ出した。
らいらはうつむいている。
「あの……何があったんですか?」
一磨は岡留に尋ねた。何が起こったのか、さっぱりわからない。
「私の失言で、
「失言?」
「神虫は大喰いなんですってね……って」
一磨はキョトンと二人を見つめた。
「なんだ、そんなことか」
一磨はハア、とため息をついた。
「ち、違います! わたしは……」
「怒らせるつもりはなかったのよ。ごめんなさい」
らいらの言葉にかぶせるように、岡留は詫びる。
「らいら、先生も悪気があったわけじゃないんだし。そう怒るなよ」
「そんな! そんなことじゃ……」
「ごめんなさい、竜野さん。」
「仲直りしてさ、部屋へ戻れよ。もうすぐ消灯時間だし」
「わたしは……」
「もー、夜も遅いんだ。あまり俺たちを困らせないでくれ」
思わずうんざりした口調になってしまう。
らいらは目を伏せた。
「……ごめんなさい」
らいらは小さな声で謝る。
岡留とらいらは部屋から出ていった。
「なんだったんだ、あいつら?」
さして気にもせず、一磨は就寝した。
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