第三部
第14話 過去からの絆
カタタン。カタタン。
電車の音が車体の揺れとシンクロしながら響いてくる。
「…………」
揺られているのは、
岡留の学術調査という名目で、三人は二泊三日の旅に出ることになった。今は特急列車に揺られている。ボックスシートで一磨とらいらが窓際で向かい合わせになっている。岡留はらいらの隣に座っていた。
「先日の事件のレポート、読んだわよ」
学園の生徒が怪異事件に遭遇したときは、詳細を報告することになっている。
「え、あれは学園長に提出したんですが」
「先生らで回し読みするに決まってるじゃない」
「えー」
「よくできてたわよ。特に
「あ、ありがとうございます」
「さりげなく俺をおちょくってるでしょ」
「あら、わかった?」
「先生!」
岡留はいたずらっ子のようにチロッと舌先を出した。
「あなたたちを襲った
「
鬼児の刻印を見つけたとき「手引きした人間がいる」と峯崎は言った。だが菊谷やほかの取り巻き連中は、その人物を知らないらしい。
「そのあと、市街地に大規模な陥没が発生。地下の空洞からは妖怪の死骸と、多数の人骨が発見された」
あの日、地下空洞が崩落したのをきっかけに、地上では大穴が開いた。多くの骨や損壊した遺体が発見され、周囲は先日の事件にも増して大騒ぎになった。テレビやネットがにぎわったのは言うまでもない。
「しかし……失踪事件が多発すれば、もっと早くに騒ぎになりませんか?」
「短期間にさらったとも限らないわよ」
おそらく長い時間をかけて、犠牲者は増やされていたのだろう。
岡留はそう推測する。
「日本では全国で年間八万人が行方不明。うち所在確認できたのが七万人。残る一万人が消えてる計算になるわ。そりゃ妖怪の胃袋に消える人も出るわよね」
岡留は肘掛けに頬杖をついた。彼女にしては珍しく、愚痴っぽくなっている。
「妖怪解剖して胃の内容物を見るの、ホントつらいわよ」
「先生、生徒のあいだで妖怪解剖学がなんて呼ばれてるか、知ってます?」
「なんて言うの?」
「初見殺し、です」
岡留はプッと噴き出した。
「まあ、そうよね。死骸見ただけで吐いちゃう子もいるくらいだし」
妖怪の死体は、妖怪研究の貴重なサンプルである。だが、損傷が激しくグロテスクな状態のものも少なくない。精神的な耐性のない人間には、ショックが大きすぎることもある。
「でも、皆それを乗り越えて立派な退魔士になるんだけどね」
岡留はフウとため息をついた。
「乗り越えられなかったのが、峯崎みたいになっちゃうってのも皮肉だけど」
ゴッと重い音がして、景色が黒になる。トンネルに入った。
耳が詰まる。一磨は唾を呑みこんだ。
「やっぱり、移動が四時間ってキツいわねぇ」
岡留がぼやく。
「なんか別の話でもしましょうか。
「いきなり無茶ブリしないでくださいよ」
「ダメねぇ。退魔士は客商売なんだから、人に話せるエピソードのひとつやふたつ持っておくものよぉ」
「そういうものですか?」
「そういうものよ」
岡留は指先をくるくると回した。
「退魔士は信頼第一。信用されてこその退魔士よ。特にね、怪異におびえる人たちを守るには、心を開いてもらうのが先決なのよ」
どうしておびえているのか。怪異の原因に心当たりはないのか。話してもらわなければ、解決できない依頼もある。だが話したがらない人も多い。悲しすぎる過去、恥ずべき過去の因縁がからんでいることもあるからだ。
「自分の来歴を語ることで、心を開いてもらえることもあるわ」
「じゃあ、岡留先生はどうして退魔士になられたんですか?」
らいらが質問する。
「玉石君と同じ理由かしら」
「え……」
「私も、家族を
「……すみません。悪いことを聞きました」
「いいのよ。親しい人はみーんな知ってることだから」
岡留は笑った。すでに彼女の中でけじめはついているのだろう。
「じゃあ、話すわね。私が退魔士になった理由……」
岡留はゆっくり語り始めた。
実家は花屋を営んでおり、四季折々の草木や花がいつもそばにあった。花が好きだった岡留は、いつも花をじっと見つめていた。ポンポン菊の花びらを数えて遊んだこともあった。ボール状に無数の花びらをつける菊を見つめすぎて、「美之ちゃんは花に穴を開けそうだねぇ」と客に笑われたこともあった。
思えば、解剖学に必要な観察眼や根気は、そのときに培われたのだろう。
人生が変わったのは、十四歳のときだった。
街が、鬼に襲われた。
小さな街は阿鼻叫喚の地獄絵図に変わった。避難する時間もなかったと思う。街の四方から鬼の群れが押し寄せ、人間を喰い散らかした。火が放たれた街は、焔と血で紅蓮に染まる。
岡留の家も襲われた。彼女の目の前で、岡留の両親は全身を引き裂かれた。
――まるで花のように。
花びらを千切り落とすように、人間が人間でないものに変わった。
生とか、死とか。そういう概念さえも笑い飛ばせそうなほどの、惨劇だった。鬼の力とは、幼い彼女の理解力を超えた暴力だった。
血まみれになった鬼の視線が、少女に向いた。
――ああ、殺されるんだ。
そう思ったとき。
「伏せて!」
その声とともに、鬼の首が飛んだ。鬼の首は、店舗の花をまき散らしながら転がった。
「大丈夫か!?」
退魔士が助けに来たのだ。
鬼の流した血の上に、花びらが舞い落ちる。
燃え落ちそうな世界の中で、鬼と人と血と花と。その瞬間、それがすべてだった。
「さあ、行くぞ」
退魔士は岡留を連れて、鬼の跋扈する街を脱出した。
あまりにも鮮やかな体験だった。
岡留を救った退魔士は、名も告げず惨状の街へ戻っていた。鬼を倒し、生き残った人々を救うために。
数日して――すべては鎮圧された。
どうして鬼が街を襲ったのか。原因究明の調査が行われた。
街の発展を叫んで当選した市長によって、街の再開発が進んでいた矢先の出来事だった。
その工事によって破壊された経塚らしき遺構があったことがわかっている。
日本では古来から魔除けのため、経塚や地蔵尊を街の境界に置くことが多く、その存在は文献によってしかるべき家に伝えられる。
ただ、その街の経塚の存在を示す文献は見つからなかった。文献を伝えるべき家も断絶していた。家も文献も、第二次世界大戦中の空襲によって焼失したらしい、と調査を行った有識者は記録している。
経塚の破壊が、鬼の襲撃につながったのか。誰もがそう思った。しかし直接的な因果関係は証明されず、原因不明のまま、この事件は「怪異災害」として処理された。
――つまり、天災として終結させられたのである。
その後、岡留は退魔士を目指し勉強を始めた。あの事件の生き残りとして、退魔士に助けられた身の上として、自然な流れだったのかもしれない。
彼女を救った退魔士の名を知ったのは、さらに数年後のことだった。
「そのとき、私を助けた退魔士の名は……
「あ……」
「玉石君のお父さんね」
意外な因縁がここにもあった。
「憧れたわ。だから退魔士になった」
岡留は退魔士の資格を得て、妖怪を解剖観察する分野を専門に研究するようになった。研究だけではない。実際に多くの妖怪と渡りあい、倒してきた。
「今じゃ私も、妖怪解剖学の若手ホープなんて呼ばれちゃいるけど。結局のところ……復讐しているのかもしれないわ。妖怪を好き勝手に切り刻んでね」
遠い目をして、岡留は窓を見る。
トンネルを抜けた電車は、三人の知らない街を窓枠の中に流していく。あの街も一夜にして壊滅するかもしれない。日本はそういう国だ。
けれども退魔士がいる。きっとあの街にも住んでいて、守っているのだろう。彼にはどんな事情があるだろうか。彼女はどうして退魔士になったのだろうか。
正義感か、義務感か。復讐か、
救済か。愛か、憎しみか。憧れか。
十人十色の物語を抱え、退魔士は生きる。
「さて、私の話はおしまい。……あら、いい時間ね」
車内アナウンスが流れる。そろそろ目的の駅だ。
「さ、降りる準備して。忘れ物のないようにね」
「はーい」
三人は支度を始めた。
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