第13話 次なる地へ

 地上へ帰還した二人は、ふたたび警察の事情聴取を受けた。根掘り葉掘り、そろそろ花と茎でもむしろうか、といったほどに事情を聞かれた。

 解放されたのは、日付が変わり、陽も昇る時刻だった。

 水曜のホームルームに出たあと、一磨かずまもらいらもフラフラと寮に戻った。二人とも完璧に寝不足と疲労で限界だった。


 一磨は寮の自動販売機でミネラルウォーターを買った。部屋に戻るやいなや、冷たい五〇〇ミリリットルを一気飲みして、ベッドに倒れこんだ。

 思う存分眠りをむさぼり、ふたたび目覚めたのは午後五時を回った頃だった。

「うーわ、ひっでぇ顔」

 洗面台の鏡に映る自分は、げっそりしていた。朝食も昼食も摂っていないどころか、下水道に潜入したのにシャワーすら浴びていない。

「あーもう、気持ち悪い!」

 一磨は速攻でシャワーを浴びた。全身の汚れをくまなく落とす。下水や地下道の土埃だけではない。鬼の返り血や穢れをも落とさなくてはならないのだ。

「服の洗濯と……あー、シーツも替えるか」

 汚れたまま寝たので、ベッドシーツも替えておいた方がいいだろう。手間を考えて、一磨はげんなりした。

「洗濯……の前にメシメシ!」

 栄養補給が先決だ。一磨はそう判断した。

「えーと、ラーメンでも作るかな……」

 袋詰めのインスタントラーメンを取り出し、フウとため息をつく。

 その時、携帯電話が鳴った。着信画面に「端山風介はやまふうすけ」と表示されている。

「はい、玉石たまいしです」

『わしじゃ、介爺すけじいじゃ』

「知ってます」

 自分でもぶっきらぼうな声になっているのがわかる。

『なんじゃ、機嫌悪いのー。ブルーデーか?』

「タチの悪い冗談なら、切るぞ」

『わー待て待て! 短気は損気じゃぞ、一磨!』

「なんだよ、もう!」

『お前の母さんの話じゃよ』

「……!」

 一磨は表情を引き締めた。

「き、昨日今日の話だぞ!? もうわかったのか?」

『ま、たいした手間ではなかったぞい』

 一磨の母――弁才天像をもともと所持していたのは、関西地方にある観王寺かんのうじという古刹らしい。そこに、今でも弁才天像の由来を記した書が、伝わっている。

 介爺からの情報は、おおよそそのようなものだった。

 電話を切った途端、一磨は体中に気力がみなぎるのを感じた。

 これでわかる。母さんのことも、自分のことも。心がわきたつ思いがした。

 一磨はすぐに隣室を訪ねた。

「らいら! 今、大丈夫か!?」

「ふぁい、一磨さん。どうしました?」

 らいらも仮眠を取ったばかりなのだろう。服は着替えていたが、どことなく眠そうだ。

「母さんを持ってた寺がわかったんだ! さっそく調査に出かける! ちょっと遠出になるぞ。外泊許可証を取らなきゃ!」

「あ、あの」

 一磨の勢いに気圧されたらいらが、おずおずと口を開く。

「一緒に行っても、いいんですか?」

「どういう意味だよ?」

「だって……わたし、一磨さんの足手まといに……」

 朱顎王しゅがくおうに一方的にやられたことを思い出したのだろう。らいらはうつむいた。

「……気にしてた、のか?」

 こくん、とらいらがうなずく。

 一磨は首筋に手を当てた。

「らいら」

「は……」

 ピシッ。

「きゃっ!」

 一磨は指で、らいらの額を軽く弾いた。

 デコピンされたらいらは、額を押さえてキョトン、と一磨を見つめた。

「らいらみたいなタイプは、こーされた方が納得するだろ?」

「え?」

「気にすんなよ、バカ――ってことさ」

 一磨は笑った。

 つられて、らいらもほほえむ。

 二人はやがて、くつくつくつと笑い合った。

「さて、書類を整えるぞ!」

「はい!」

「あ、その前に」

「はい?」

「ラーメン作るけど、食べる? インスタントだけど」

「……はいっ!」

 とびきりの笑顔で、らいらは答えた。


 翌日から、二人は準備を始めた。

 学園の外で活動する際、学生は事前申請が義務づけられている。必要書類を整えるため、二人は事務室や職員室を走りまわった。

「あら、玉石君に竜野たつのさん。どうしたの? 二人してバタバタしてるそうね」

 書類を抱えた二人に、岡留おかどめが話しかけてきた。

「それ、外泊許可証ね。どこか遠くへ行くの?」

「はい。関西の観王寺という寺に、弁才天像の由来を記した古文書があるそうです」

「弁才天……?」

「俺の因果を調べるためです」

「ああ、なるほどね」

 岡留も事情を察したらしい。

「古文書を見せてもらえれば……きっと、手がかりになると思うんです」

「ちょーっと待ちなさい、玉石君」

 岡留がわずかに表情を曇らせる。

「つてもないのに、どうやって見せてもらうつもり?」

「え?」

「外泊許可の申請はいいとして。観王寺へはどうアプローチするの?」

「それは、その……お願いすれば」

「甘いわね。古文書の類は、お寺にとっても大事な宝なのよ。しかるべき筋からきちんと先方に申し入れて、手土産とか持って行かないといけないのよ。マナーとしてね」

 岡留は厳しい表情で指摘する。

 ううう、と一磨はうなる。すっかり失念していた。

 岡留の言う通りだ。古文書は、歴史的価値によって国宝や重要文化財にすら指定される。火事で絵の大半が焼けてしまった絵巻物でさえ、国宝に指定された例もある。

 岡留が肩をすくめて笑った。

「これ以上いじめるのもかわいそうね。私が連絡を取ってあげる」

「えっ、いいんですか!? つては?」

「あのあたりには何度か調査に行っててね。観王寺の人とも会ったことがあるわ」

 岡留の身分と経歴なら、観王寺も資料を開示してくれるだろう。

「お、お願いします!」

 一磨は深々と頭を下げた。

「ただし、監督役として私も行くわよ。というより、タテマエは私の調査の助手ってことにした方が話が早いわね」

 岡留はヒョイと外泊許可証を取り上げる。

「どういう風に書いて申請するか、相談しましょ。二人とも、私の研究室へ」

「はい!」

 心強い味方を得た。

 二人はそう思って、岡留についていった。

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