第12話 朱き仇敵

 洞の奥は、さらに広い空間だった。

「ここは……」

 城――直感的にそう思った。

 白い繊維が綾のように絡みあい、巨大な結晶が整然と並んでいる。透明な水がうっすらと地面に満ち、光を反射している。まるで白い絨毯のようだ。

「水晶?」

透石膏セレナイトかもしれないな」

「見てください。中に何か入ってます」

 二人は目をこらす。

「太刀、珊瑚、真珠……宝物ばっかり」

 きらびやかな宝物が結晶の中に閉じこめられている。

『我が宝倉ほうぞうに何用かな?』

「!!」

 かすれた声がした。

 洞の一番奥は水晶を磨いたような壁が屹立している。その壁に、地面から二メートルほどの高さのところに大きな穴が開いている。

 玉座――そう直感した。洞全体を一瞥できる、王の座だ。虎の毛皮を敷き、座にばらまかれた玉がほのかな光を放っている。

 そこに何者かが座っている。顔はよく見えないが、気配でわかる。

 朱い肌をした鬼だ。巨大な蜘蛛を脇息ひじかけにし、悠然と姿勢を崩している。

「強い……!」

 ざわざわと、らいらの髪が波打つ。霊力が昂ぶっている。

 一磨かずまとらいらは、すでに構えていた。

『盗人たるならぬがよい』

 鬼がひょいと手を動かす。

 二人は反射的に別々の方向へ飛んだ。

 次の瞬間、彼らのいた場所に結晶の牙が突き立っていた。鬼はこの城の結晶を自由自在に操れるらしい。

『カッカッカッカッ』

 鬼が哄笑した。二人の動きに満足したような笑いだった。

『客人たるなら、我が顔を見るがよい』

 鬼がまた手を動かした。

 玉座の両脇に、結晶の柱がまるで樹木のようにせり上がってくる。柱の中には光を放つ大きな玉が秘められている。

 鬼の顔が光に照らされ、はっきりと輪郭をあらわす。

 朱い肌、顎に二本の突起つの、四本の腕――。

「お前は……!」

 一磨から理性が消えた。

 体が飛んでいた。腕が動いていた。目はただ鬼を見ていた。

 ガキィン!

 硬い音が響き渡る。

 一磨の剣が、結晶に阻まれていた。

「一磨さん!」

 らいらの声が遠く聞こえる。

 一磨はただ動いた。

 この敵に会うために。

 この瞬間のために生きてきた。


「……殺す」


 腕に力が入る。剣が結晶を砕く。もう一撃繰り出そうとしたとき――。

「きゃあ!」

 らいらの悲鳴が、一磨を引き戻した。重力に従い、一磨は地面に下りたった。

 縄のようなものがらいらを背後から縛っている。彼女の体は宙に浮き、吊り下げられている。

「――っ、か」

 らいらの喉から、空気の音が漏れる。

 細布だ。らいらの体に巻きついて自由を奪い、首をも締めつけている。

「らいら!」

『動くな、小僧。娘の首をへし折るぞ』

 冷たい声がした。

 一磨は急速に理性を取り戻す。冷や水をかけられたように、頭の芯がハッキリする。体の動きが止まった。止めるしかなかった。

 らいらの首に巻きついた細布がわずかにゆるむ。らいらがゼイゼイと息をつく。

須世理すせり比礼ひれ、というそうだ』

 日本神話の破壊神・須佐之男命すさのおのみことには、須世理毘売すせりびめという娘がいる。

 比礼とは、現代でいえば細いショールのような布のことだ。その細布は害虫を退ける霊力を秘めており、蛇やムカデさえ追い払うという。

「どうして、そんな……宝を」

 らいらがつぶやく。

『鬼は宝物を集めるもの。鬼ヶ城にはこの世ならぬ財宝があるもの』

 鬼は説いた。財宝を集めるのも、鬼の性だと。

『のう、加えたいなぁ。我の宝に、加えたきよなぁ』

 鬼が口を開き、牙を見せる。笑っている。

『玉石一磨を、加えたきよなぁぁ』

 耳障りな声がその名を呼ぶ。

「やはり、貴様は……!」

 燃え上がらんほどに青い目をぎらつかせ、一磨は確信した。

「母さんの……仇……!」

 憎悪が口からこぼれた。

 十一年前、一磨の家を襲い両親を奪った。一磨の目の前で、一磨の母は燃え尽きた。

 母を殺した鬼の顔――忘れたことはない。

『我は朱顎王しゅがくおうと呼ばれている』

 鬼は名乗った。朱き顎の王――その名にふさわしき、朱色の肌の鬼だ。

『十を待ち、ようやっと巡りあえた』

「黙れェッ!」

 一磨は思わず剣を構える。

 朱顎王は口元を歪め、指をクイと動かした。

「……かっ、は」

 らいらの首が絞まる。

「……クソッ!」

 一磨は歯噛みした。らいらを見殺しにすることはできない。

『まあ、まだその時ではないのう』

 朱顎王はまた指を動かす。

 らいらを戒めていた布が、一気にほどけた。彼女の体が地面に落ちる。

「ハア、ハア……こほっ、こほっ」

 らいらは突っ伏したまま荒く息をついた。

『いずれまた逢おうぞ』

 朱顎王は座から立ち上がった。脇息にしていた大蜘蛛をつれて、座の奥へと下がる。

 白い繊維の中から、いっせいに小虫が這い出てくる。蜘蛛だ。すさまじい数の蜘蛛が、朱顎王を追って移動する。

「待て!」

 一磨は即座に追おうとした。

 だが――。

 突然、地面が揺れ出した。

「な、なんだ!?」

 パラパラと小石が降ってくる。天井に亀裂が入る。

「く、崩れる!」

 結晶の柱が次々と地中に消える。宝物を地中深くへと収容していく。従うように洞は均衡を崩した。岩盤が崩落を始める。

「し、神虫!」

 らいらは神虫を呼び出した。その背に飛び乗り、一磨に向かって走る。

「乗ってください!」

「ああ!」

 らいらの手を取って、一磨も乗った。神虫の背に二人はしがみつく。

 落ちてくる瓦礫をたくみに避け、神虫はもと来た道を走る。下水道へ飛び出すのと、地下道が落盤の下に消えたのは同時だった。

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