第11話 百鬼の宴

 暗い下水道の中を、走る。

一磨かずまさん!」

「らいら、早く!」

神虫しんちゅうを先に行かせてください。匂いで追えるでしょう」

 走る二人の前を、神虫が走る。赤蜘蛛を追う。

「早いな」

 神虫のおかげで見失うことはない。だが中々追いつかない。

 赤蜘蛛が道を曲がる。

 神虫も曲がり、二人もそのあとを追う。

「いない!?」

 道を曲がった瞬間、赤蜘蛛の姿が消えた。

 神虫も走るのをやめ、あたりをウロウロと歩き回るだけだ。

「どこへ行った!?」

「この先……じゃないですよね」

 神虫が追わないということは、先に行ったわけではないらしい。

「神虫、クモはどこへ?」

 神虫は下水道の壁をカリカリと前足でかく。

「壁の中へ?」

「らいら、神虫をすこし下げて」

「はい」

 らいらと神虫が下がる。

 一磨は独鈷杵を入れた袋を取り出した。

「オン・ソラソバテイエイ・ソワカ!」

 真言とともに、一磨の瞳が青く輝く。燐光のように揺れる。

 一磨の瞳に、真実が映る。人工の壁と見えたそれは、まやかしだった。

「ニセモノだ!」

 壁に独鈷杵を突きさす。

 薄氷が割れるように、壁の表面が失われる。中は白い繊維が絡みあい、フェルトのような障壁がある。さらに奥は、空洞になっているようだ。

「神虫!」

 神虫が繊維に噛みついた。糸を引きだし、喰いやぶる。

 繊維の壁が破れると、かなり大きな地下道が広がっていた。

 中の空気を嗅いで、神虫がグルグルと喉を鳴らす。

「この子、興奮してます」

「……鬼がいるのか?」

「おそらく」

 二人はたがいの顔を見据える。

 金緑色に輝く、らいらの瞳。青く輝く、一磨の瞳。

 たがいに揺るぎない覚悟があるのを確かめて、地下道に足を踏み入れる。

 岩と泥でできた地下道。まれにピチャリと足音が立つ。道の角度からすると、どんどん深度が下がっている。

「らいら、止まって」

 二人と一匹は、岩陰に身を潜めた。

 地下道の奥に、大きな洞があるようだった。洞の中で、青紫色の炎が上がっている。

「……鬼火だ!」

 人の身長よりも高く、鬼火が燃えている。

 鬼火の周囲を、異形の者たちが踊り回っている。姿形は人間に似ているが――。

鬼類きるいだ)

 青い衣の赤鬼、赤い衣の黒鬼、目一つの鬼、口のない鬼、角のある鬼、手足が複数ある鬼、がっしりした鬼、小鬼ども。おおよそ同じ姿の者はいないのではないか。

(一磨さん、あれは……)

(百鬼の宴だ!)

 何十という鬼が参集し、宴会を開くことがある。人間のように酒を呑み、肴を喰らい、楽しげに余興をする。「鬼の酒盛り」「百鬼の宴」と呼ばれるそれは、古くは『宇治拾遺物語』に記録がある。「瘤取りじいさん」の原型となった話だ。

(……人が!)

 鬼火で、人間が炙られていた。すでに息はなく、ジリジリと肉の焦げる臭いだけがする。

『ギャギャギャ』

『キキッキッキキッ』

 別の鬼が、平たい岩盤に乗せているのは、人間の脚だ。膾切りにしては頬ばっている。

 見れば、洞のあちこちに人骨らしきものが散乱している。

「こいつら生かしておいてもタメにならねぇ……」

 一磨の中に、殺気が宿る。

 らいらが神虫を影に戻す。輪宝を取り出し、武装する。

「行きましょう、一磨さん」

「ああ!」

 宴もたけなわ、鬼の舞の中へ――二人は飛び出した。

『ギャッ!?』

 鬼たちは虚を突かれた。

「金剛剣、参る!」

「転宝輪!」

 かつて瘤取りじいさんは、神楽を舞って鬼から褒められた。

 だがこの二人が舞うのは、死の神楽。鬼を葬る、法具の演舞。

「神虫、おいで!」

 らいらの影から、ふたたび神虫が現出する。体高は二メートルはあるか。馬のような大きさまで巨大化した神虫が、鬼を捕らえ喰らう。

 神虫の辟邪絵へきじゃえのように――鬼たちは逃げ惑い、斬られ、喰われた。

「すごい! すごい!」

 神虫の喰べっぷりを見て、らいらが興奮した声を上げる。

「こんなにたくさん! はじめて!」

 らいらは高揚している。こんなに多くの鬼に遭遇したのは初めてなのだろう。

 それを片っ端から神虫が喰らう。神虫が満たされるだけ、彼女も満たされるのだ。

『ギャアー!!』

 一磨が最後の鬼を斬り捨てると、鬼火も消えた。

 洞は闇に閉ざされた。

「……一磨さん!」

 光る目を持つ二人に、闇は意味をなさない。

 その黒さは、別のことを気づかせる。洞のさらに奥から、青白い光がぼんやり漏れている。

「まだ奥があるのか」

「神虫、戻って」

 らいらが神虫を影に戻す。

 二人はうなずきあった。青白い光へと、ゆっくり歩を進めた。

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