第5話 闇に潜む異形

 いつの間にか、一磨かずまたちの周囲は人だかりができていた。

「こらー! 君たち、そこでなにをしてるんだ!」

 人混みの向こうから、警官が数人走ってくる。誰かが交番にでも知らせたのだろう。

「一磨さん……」

「大丈夫、堂々としてて」

 一磨は殴られた頬をなでる。

 状況はこうだ。高校生くらいの歳の少年少女が二人。屈強な大学生が数人。大学生らは地面に転がされているが、先に大学生らが絡んだのは誰もが目撃している。丁寧に事情を説明すれば、一磨たちが被害者だと警官は認識するだろう。

「ち、くっしょー……」

 一磨のうしろで倒れていた大学生のひとりが起き上がった。完全に頭に血を昇らせている。ズボンのポケットを探り、多機能サバイバルナイフを取り出す。パチン、と刃が飛び出る。

「食らえ!」

 大学生が一磨に突進する。

「一磨さん!」

 らいらが気づき、一磨にとりついた。二人は植えこみに倒れた。

「チッ!」

 ナイフが宙を切る。

 大学生は勢いあまって空足からあしを踏む。

 その足がマンホールの上に乗った途端、大学生の体が浮いた。マンホールの鉄蓋ごと、鍛えられた体が大きく宙を舞う。

「うわああああああああああッ!」

 大学生は背中から、路上に駐めてあった車に落ちた。屋根のフレームが大きく曲がり、窓ガラスが砕ける。

 続いて鉄蓋が路上に落ちた。アスファルトがへこみ、通行人が悲鳴を上げる。

「な、何だ!?」

 蓋を失ったマンホールから、巨大な青い肉の塊が生えていた。

『グ、ムウ……』

 塊がゆっくりあたりを見回す。ずるりと地上に出る。

 人のようなシルエット、隆々とした四肢、鋭い牙、爛々と輝く目。

 鬼であった。

「ウワアアアアアアッ!?」

 野次馬が叫ぶのと、鬼が腕を振るうのは同時だった。

「うおっ!」

 一磨とらいらは素早く起き上がり、鬼の腕をかわして距離を取る。

 人が道が街路樹が吹き飛ばされる。

「た、助けて――――!」

 鬼の手が通行人を捕まえる。即座に口に放りこむ。血が、鬼の口からしぶいた。咀嚼音が夜の街に響き、喰いきれなかった肉片が道路に落ちる。

「ああ……!」

 一磨もらいらも一瞬呆然とした。助ける時間もなかった。

 まき散らされた血が、群衆に現実を突きつけた。

「ば、バケモノだ――――!」

「きゃああああああっ!」

 悲鳴が上がる。通行人はパニックを起こし、逃げ惑う。一磨もらいらも群衆の奔流に身をもまれ、身動きが取れなくなる。

「下がって! 下がってください!」

 警官が必死になって呼びかける。

 パニックの波を避け、二人は植えこみの影に身を潜める。

鬼類きるいです、あれ!」

「鬼!? 地下からこんな街中まで……!」

 鬼の足下には、マンホールがぽっかり口を開け、下水の匂いを吹き上げている。

「落ち着いて! 下がってください!」

 警官はなおも声を張りあげる。

『ウウウ……』

 その声に鬼が反応した。警官に視線を向け突進する。

『グルオオオオオオオオオオッ!』

「うわ、うわあああああ!」

 若い警官が発砲する。

 鬼の青い皮膚から火花が散った。弾丸がはじかれる。

 警官は鬼の手にすくい上げられ、投げられた。ショーウインドウに激突し、ガラスが白い雪崩になる。警官はそのままガラス片に埋もれて動かなくなった。

『オオオオオオオオオオオオオオオッ!』

 鬼が咆哮する。ビリビリと電気が走ったような震えが街に伝わる。

「クソッ!」

 一磨は怒りに顔を歪めた。歯がギリッと鳴る。

「鉄の肌か。やっかいだな」

 鬼に発露する形質のひとつだ。極端に硬質化した肌をいう。弾丸を弾きかえし、並の刃物や殴打武器も通用しないだろう。

「一磨さん、わたし、いきます」

 らいらが鞄からポーチを取り出す。ポーチからさらに円盤に似た武器を出し、組み立てる。

「足止めできるか」

「はい」

「よし、頼む!」

 二人にためらいはなかった。

 鬼の目的は捕食だ。鬼がこれ以上移動しないよう、足止めしなければならない。たとえダメージは与えられずとも、注意をひきつけることはできる。

 らいらが飛び出した。地面を蹴り、路上の車を蹴る。飛んだ。三メートル以上ある鬼の背を、ゆうに飛び越す。

 鬼の目が、宙を飛ぶ少女に奪われる。

「ハッ!」

 らいらの両手から円盤が飛んだ。円盤が鬼の顔面を襲う。

 鬼はよろめいたが、すぐさま体勢を立てなおした。

「フッ!」

 着地したらいらのもとに円盤が戻ってくる。二枚の円盤を、その中心でとらえる。正確にいうと円盤ではない。金属の車輪だ。車輪型の投擲武器――輪宝りんぽうだった。八角形をしていて、一番外側は刃となっている。

『オゥオオオオッ!』

 次を投げる前に、鬼の拳が襲いかかってくる。

 らいらは飛んだ。鬼の拳をかわす。同時に左手の輪宝を放つ。

 鬼の腕が輪宝をはじく。

「あっ!」

 らいらの足首を鬼がつかんだ。ビル壁に向かって投げ飛ばされる。

「たっ!」

 らいらは身をひねり、垂直の壁に足から着く。一回転して地面に下り立つ。ダメージはない。猫のような反射力だった。

「すげぇ……伊達じゃないな」

 一磨はあたりの様子をうかがいつつ、らいらの戦いぶりを見ていた。

 退魔士の称号を持つ少女。体術と度胸は確かなものだ。

 自分も負けてはいられない。加勢にしなければ。周囲の建物、車両、植木、瓦礫――状況を把握し、立ち上がる。

「き、君、何をしてるんだ! 下がって!」

 中年の警官が、一磨の肩をつかんだ。

 一磨は一瞬眉を寄せ、学生証を示した。

「ヤコージュ学園三年、有資格特待生、玉石一磨! あっちは同じく、有資格特待生、竜野たつのらいら! 退魔士の義務に従い、怪異を排除します!」

「たっ退魔士!?」

 警官の手をはらい、一磨は路上のトラックに上った。コンビニの配送車だ。アルミの荷台ハコの上から、鬼を睨みつける。

 一磨は左手の五指を伸ばし、掌を天と水平にする。右手は親指と人差し指で丸をつくり、左手の上にかざす。スッと息を吸い、真言を唱える。


「オン・ソラソバテイエイ・ソワカ」


 ――おお、大弁才天女に帰命きみょうしたてまつる、吉祥成就メデタシ


 短い言葉は何よりも強い祈りだ。神よ、わが身は御身にゆだねよう。成就あれ。吉祥あれ。名を唱えし神仏に、全身全霊をゆだねる。

 そして一磨が祈るその名は彼にとって特別な意味がある。


 ――母さん、どうか力を。


 真言に籠めるは、その想い。失われた母を呼ぶ、祈り。

 一磨の青い瞳が輝きだす。全身を霊力が駆けめぐる。

 独鈷杵を入れた布袋を取り出す。袋は左手で持ち左腰に据える。袋の口を開き、右手で独鈷杵の一端を握る。

 右手を引く。独鈷杵が袋から抜ける。袋の中から、青い光が伸びあがる。まるで鞘から青い光の刃を引きぬくようだ。

 袋からすべてを引き抜いたとき、独鈷杵は青き直剣となっていた。

金剛剣こんごうけん、参る!」

 青く輝く刃をかざす。

 鬼が一磨に向きなおった。鼻をヒクヒクと動かす。

『オオ……オオオ……!』

 鬼の口から声が漏れた。威嚇の咆哮ではない。目的を見つけた喜びを含んでいる。

『オオ……ツケタ……』

 犬のように伸びた口元が、いびつに動く。

『ミ、ツ、ケタ……!』

 ゾク、と一磨の背を嫌悪感が撫ぜた。

「ハッ!」

 荷台を蹴って、鬼に肉薄する。

『グオウ!』

 鬼が手を突き出す。

 一磨が剣を振るった。鬼の指が飛ぶ。赤黒い血がしぶいた。独鈷杵より現出した剣は、鉄の肌をやすやすと斬り裂いた。

『ギイイイッ!』

 鬼がたたらを踏む。

 一磨が鬼の足下に降りたった。すかさず斬りつける。鬼の足の肉が削げる。ぼたぼたと血が降る。

 鬼は両手を合わせて拳とし、一磨に振りおろす。

「ハッ!」

 かわす。

 鬼の拳が道路を叩く。アスファルトの地面が陥没する。

『ギイ……ヒイイ』

 鬼が歯噛みしている。弾丸さえはねのけた鉄の皮膚を、斬る剣がある。それを恐れているのだろう。

『オオオオオオオッ!』

 鬼はがむしゃらに腕を振りまわした。車が潰れ、道路が砕け、外灯がねじ曲がり、街路樹が薙ぎ倒される。

(クッ、俺を狙ってきやがる!)

 ただ暴れているだけではない。一磨を捕まえようとしている意図を感じる。避け、防ぐ。一磨はジリジリ後退する。飛び散る破片が、体に細かな傷をつける。

「このっ!」

『ギイイッ!』

 一磨の一撃が鬼の腕を深く削いだ。

 鬼ははじかれたように後方へ下がる。

「ハッ!」

 らいらの輪宝が鬼に襲いかかる。一磨が斬り裂いた傷口を狙う。

 鬼はらいらに集中する。

 一磨は一歩さがり、一息ついた。

「た……助け……」

「!」

 助けを求める声がした。

 一磨はあたりを見回す。

「助けてくれぇ!」

 若者が泣きながら叫んでいた。一磨に絡んだ大学生のひとりだった。大きなコンクリート片に足をはさまれている。

 一磨はためらいなく剣を地面に突きさした。自由になった両手で瓦礫をどける。

「立って!」

「あ、ああ……」

 大学生を助け起こす。片腕で大学生を支え、片手で剣を引き抜く。

 逃げようとしたその矢先、鬼が一磨に肉薄する。

『グオオオオオッ!』

「あぶない!」

 らいらが一磨の前に割って入った。輪宝を盾のようにして、鬼の攻撃を防ぐ。

「ありがと、らいら!」

「いいえ、これしき! はやくその人を!」

「ああ!」

 大学生を支えて、鬼から離れる。

『ヨコセ、ヨ、コセェッ!』

 鬼がカタコトで叫びながら、らいらに攻撃を繰りだす。

「行かせません! 金剛輪こんごうりん!」

 らいは鬼の足下まで迫る。輪宝を振りおろす。

『ギャアアッ!』

 鬼の足の甲に輪宝が刺さる。らいは輪宝の上に全体重をかけて落ちかかった。輪宝の刃が、さらに深く鬼の足にめりこむ。

 鬼の動きが止まる。

「君! こっちだ!」

 警官の声がする。道路は封鎖され、パトカーでバリケードが築かれていた。

 一磨は大学生を引きずるようにしながら、バリケードまでたどり着く。

「大丈夫か、君!」

「この人を頼みます」

「わ、わかった」

 怪我人を引き渡す。

「き、君は? 彼女は大丈夫なのか!?」

「俺たちは退魔士です。退くわけにはいきません」

「動きを止めたりはできんのか!?」

 中年の警官が問い詰めるように質問する。鬼の動きを完全に封じてしまう術はないのか。そう問われている。

「術の準備がないんです! 大人ベテランの退魔士はまだですか!?」

「学園の方にも要請は出したが、到着にはまだかかる!」

 一磨は歯噛みした。警察の装備では満足に戦えない。自分たちも呪符などを用意していないため、肉弾戦で食い止めるしかない。

 分が悪い。ベテランの退魔士が到着するまで、持たせられるか。

「緊急事態です。こういう場合、警察は退魔士の指示に従うのが普通でしたね?」

「ああ、だが」

「退魔士の権限により要請します。パトカー、ください」

「く、くださいって」

 一磨は数台のパトカーを見比べ、中央の一台に目をつけた。

 ボンネットの前に仁王立ちになり、金剛剣を掲げる。朗々と呪文を唱えはじめた。


「それ、造化のさきは、一気渾々として、かつて人類草木の形なし。しかれども陰陽のあかがね、天地の炉にしたがいて、万物を化成せり」


 ――世界ができる前というのは、すべてが混じり合い、人も草木も、つまり生きたものの形などなかった。しかし陰と陽が、天と地が、森羅万象を作り上げた。銅が炉に溶かされ、あらゆるものの形になっていくように。


「汝もまた天地陰陽のたくみに合い」


 ――お前もまた、そのような天地陰陽のはたらきに身をゆだね。


「無心を変じて、性霊を得るべし」


 ――心のない器物から、魂を得た存在になれ。


成就あれソワカ!」


 刃とは反対の一端、独鈷の刃をパンパーに当てた。

 バチン!

 青い電流が走る。パトカーがガタガタと振動する。

「うわあっ!」

 驚いた警官がパトカーから離れる。

 車体の振動はやがて大きくなり、車体が変形しはじめる。まるでロボットアニメのように、胴が手足があらわれる。ついにパトカーは二足で立ち上がり、ライトが点灯する。その意思を示すように。

「な……な……」

 警官は唖然としながら、変形したパトカーを見上げた。

 一磨の秘術――付喪神つくもがみを呼び覚ます呪文。唱えれば、造られて百年に満たない器物でも魂を宿し、付喪神となって一磨に従う。付喪神と人とのあいだに生まれた一磨にしかできない呪法だった。

「行くぞ!」

 一磨と変形パトカーは鬼へ向かう。

 鬼が輪宝を足から引き抜き、投げ捨てるところだった。

「らいら! どけ!」

「は、はいっ!」

 変形パトカーが鬼にタックルをかける。二つの巨体がもつれあいながら道路を転がった。鬼に馬乗りになったパトカーが、鬼の顔を殴りつける。パトカーの拳がゆがむ。

「一磨さん、怪我人は!?」

「大丈夫だ。一気に攻めるぞ!」

「はい!」

 二手に分かれ、二人は鬼に迫る。

『グオオオオオッ!』

 鬼が叫んだ。突風が渦巻く。瓦礫やガラス片が舞う。

「クッ!」

 二人は身をかばう。足が止まる。

『オオオオオオオォォッ!』

 鬼が変形パトカーを持ち上げた。バキバキバキとパトカーの背中を折る。突風に乗せ、投げつける。なすすべもなく飛んだ車体が一磨をとらえ、建物の壁に激突する。

「かはっ!」

 一磨は血を吐いた。息が詰まり、手足がしびれる。

 変形パトカーもギシギシと軋んだ音を立て、オイルを滴らせる。

 唯一、無事だったらいらが、鬼の前に立つ。

転宝輪てんぽうりん!」

 輪宝を投擲する。

『グルルルル……』

 鬼が輪宝をつかみとる。投げ返す。

『オオッ!』

「きゃあ!」

 輪宝を受け止めきれない。車輪が地面を割り、らいらにつぶてを飛ばす。勢い、らいらも地面に倒れ伏した。

「うう……やっぱりお腹すいてるとだめ……!」

 地面に転がったらいらが腹を抱える。

 突風が止んだ。ズン、ズン、と鬼が迫る。標的をらいらに定めている。

「あ!」

 地面にビニール袋が転がっている。らいらの買ったおにぎりが入ったコンビニの袋だ。街路樹に引っかかっていたはずのそれが、騒動で地面に落ちたらしい。

「あれなら……!」

 らいらは鬼を無視し、走った。ビニール袋を拾う。おにぎりを取り出す。包装を引きちぎり、中のからあげをほじくる。

「ば、バカ……! 何してる! 逃げろ……!」

 一磨は叫んだ。かすれた声がもどかしい。

 だが、らいらは聞いていない。からあげを口に入れ、噛んで、飲みこんだ。

『ヴォオオオオオ!』

 鬼の突進が、らいらを巻きこむ。

 鬼はそのまま店舗のシャッターに突っこんだ。銀色のシャッターが大きくへこみ、ようやく動きを止める。

「うそ……だろ?」

 一磨の体から力が抜けた。

 らいらが巻きこまれた。あの衝撃で生きていられるのか。

 頭の中を不吉な予感が渦巻く。思わずうつむく。

『グ、ム、ム……!』

 鬼の声がする。

 一磨は顔を上げた。

 鬼の様子がおかしい。その巨体がズ、ズ、と押し戻される。

『グウ……!』

 鬼がズルリとシャッターから離れた。

「あぶなかったー……」

 気の抜けた声がした。

 らいらが立っている。髪留めがほどけ、長い黒髪がなびく。

 大きな瞳が、輝いている。黒ではない。緑がかった金色に輝いている。

 少女の足下――その影から、異形の腕が生えている。まるで虫の足のように長い。腕の先の手は、五本の指と鋭い爪。鬼の首に食いこんでいる。

 オルルルルル……。

 低いうなり声がした。

 らいの影から、ずるりと獣の首が出ずる。

 犬か、馬か。いや蜥蜴とかげか、蛇か。

 いずれにも似ているようで、いずれにも似ていない。

 細長い顔に、無数の牙が並ぶ紅い口。濃灰色の長い体に、八本の肢。ガチガチと牙を鳴らし、鬼を取り押さえている。

「やったね、神虫しんちゅう

 らいは異形を「神虫」と呼んだ。

 神虫がうなりを上げる。牙のすきまから飛沫がまく。よだれだ。

「やっと巡りあえた。わが因果のごちそう」

 笑っている。

 らいらの笑顔は何だ?

 一磨はらいらの顔を見つめる。

(あれは……)

 加虐に悦ぶ笑みではない。

 勝利を祝う笑みではない。

(違う)

 純粋な笑顔だ。子供がおもちゃを買ってもらったときに似ているか。

(違う!)

 あの笑みは。

 アイスクリームを買ってもらったときの笑顔だ。

 大好きな食べ物を手にしたときの笑顔だ。

「いただきましょう」

 神虫が咆哮する。

「一磨さん! 行きますよ!」

「――!」

 一磨はらいらの意図を悟る。冷静さを取り戻す。

「許せよ」

 剣を振るい、パトカーの車体を斬り開いた。割れた変形パトカーから付喪神の魂が失われる。青い炎があがり、パトカーは鉄塊と化した。

 そこから脱出し、路上に出る。

 神虫が鬼を猛スピードで押し戻す。暴走したトラックが突っこんでくるような威圧感。瓦礫が飛び、街路樹が揺れ、鬼が迫り来る。

 一磨は剣を構える。青き瞳の輝きが増す。

「――はぁッ!」

 一閃。青い刃が曲線の残像を残す。

 鬼の首が刎ねあがった。血が噴水となる。

『オオッ!』

 首だけになっても鬼は生きていた。牙を剥く。空中で一回転し、一磨に飛びかかる。

「らああッ!」

 一磨はとっさに鉄の円盤を投げつけた。鬼が出たマンホールをふさいでいた蓋だ。

 鬼の口が鉄の蓋にかじりつく。牙が折れとび、鬼がぐるりと白目を剥く。蓋の重みを支えきれず、首は路上に落下した。動かなくなる。

「ハア、ハア……」

 一磨は顎にしたたった汗をぬぐい、顔を上げた。

 首を失った鬼の体が暴れている。

 神虫が強引に押さえつけている。

「神虫、食べていいよ!」

 神虫が鬼の腹に喰いついた。鬼の臓物を喰いやぶり、血をすすり、骨をも砕く。大きな鬼の体がみるみる減っていく。

「……!」

 一磨は言葉を失った。圧倒的な力を目の当たりにした。鉄の肌を引きちぎり、黒々とした臓腑を呑み、暴なる血を吸い取る。飢えた捕食者が見せる壮絶な本能に、見入らずにはいられない。

 オオ~~~~……。

 鬼の体を喰い尽くした神虫は、空に向かって咆えた。らいらに身を寄せる。しなやかな体が、らいらの影に吸いこまれ消える。

「らいら……」

「これがわたしの能力です、一磨さん」

 らいが静かに告げる。金緑色きんりょくしょくだった瞳が、漆黒に戻っていた。

「鬼を、喰らう者か……!」

 一磨の青き光も消える。


 戦いは終わった。

 サイレンの音が響く。警察や消防、そしてベテランの退魔士が駆けつけてくる。人だけが奏でる喧噪の中で、二人は見つめ合っていた。

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