第4話 トラブル

 街の中心部は、繁華街として発展している。

 夜でも明るくきらめき、老若男女が行き交う。飲食店や専門店が並ぶ。ストリートライブの若者が歌声を張りあげる。道をひとつ横に入れば歓楽街でもあり、クラブやスナックが建ち並ぶ。

 人が入り乱れる雑踏を、一磨かずまとらいらは歩いていた。

「どこへ行くんですか?」

「この先にちっこい骨董品の店があってね。そこの店主が俺の知り合いなんだ」

 らいらが足を止めた。

「どうした?」

「……お腹、空きました」

「えっ!? さっき食べたよな?」

 学園の食堂で、定食を食べてから出てきた。満腹感は薄れてきたが、空腹でもない。

「でも……」

 くきゅ~~……。

 可愛い音がした。

「すみません……」

 らいらが頬を赤らめる。空腹なのは本当らしい。

「ハー……わかったよ、コンビニ行こう」

 らいらはパアと表情を明るくした。

 近くにあったコンビニに入り、ささっと食料を調達する。

「ありがとーございましたー!」

「かっらあっげ、かっらあっげ」

 コンビニから出たらいらが、小さく鼻歌を口ずさむ。手には、唐揚げおにぎりと暖かい茶のペットボトルが入った小さなビニール袋を持っている。

「……からあげ、好き?」

「ええ。味の濃いものって、好きです」

「女の子って薄味が好きなイメージあるけど。ってか太るぞ?」

「大丈夫です。わたし、太らない体質で」

 たしかにらいらは細い。腕も脚も無駄な肉はついていない。むしろ細すぎるくらいだ。

(痩せの大食いってやつなのかな)

 しかもコンビニおにぎり一個で浮かれている。意外な一面だ。

「食べるのは、向こうについてからな。我慢できるよな?」

「はーい」


 らいらの肩が、トンと通行人にぶつかる。

「あ、すみません」

 らいらは軽く会釈する。普段はその程度で済むのだが。

「おう、嬢ちゃん。ぶつかっといてそんだけかい」

 相手は振り返り、らいらの腕をつかんだ。がっしりとした腕の男だった。二〇代前半くらいか。周囲には彼と同じくらいの歳の男たちが群れている。

「か、一磨さん……」

「まったく……」

 一磨は思わず眉をしかめた。厄介な手合いに絡まれたようだ。

「最近の高校生は礼儀を知らんよなぁ~」

 まだ夜も浅いというのに、相手の集団は酔っているようだ。年頃からすると大学生だろう。全員の体型からすると、格闘技系サークルの集団のようだ。

「こんな袋プラプラさせてちゃ、ぶつかんだろーが」

 大学生の一人が、らいらの手からビニール袋を取り上げる。

「あ、だめ!」

 らいらが取り戻すひまもなかった。

 大学生は袋をぽーんと投げ上げる。袋は街路樹に引っかかって落ちてこなかった。

「あー……」

「すみません、俺の連れです。もう離してもらえませんか?」

 一磨はらいらと大学生のあいだに割って入り、ぺこんと頭を下げた。

 しかし集団は一磨たちを離すつもりはないらしい。二人の背後にも男たちが回りこむ。リーダーらしき男が、一磨の制服に目をやる。

「ヤコージュの学生か。しかも青い目の……玉石たまいし、とかいったかな?」

 相手は一磨を知っているらしい。

「誰ですか? 玉石っていうのは」

 一磨はしらばっくれる。

「知らないたぁ言わせねぇよ。今年、久々に学生退魔士が出た。ニュースにもなったろうが。ネットにも山ほど画像が出てたぜ?」

「おいおいおい、こいつが玉石かよ」

「付喪神のハーフってのは、陶器でできてるわけじゃねーんだな!」

「特待生ってことは散流寮さんりゅうりょうか? 三流退魔士にならないよーに気をつけなよ!」

 グループはゲラゲラと笑い出す。

 有資格特待生が出ることはまれなため、ニュースで報道されることも多い。一磨も当然、あちこちから取材を受けた。おまけにインターネットでは、一磨のかなりプライベートな話が、嘘も真もごちゃまぜで書きこまれた。

 ある程度覚悟していたが、こういう時に持ち出されるとうんざりする。

 一磨は首に手を当てた。どうやって切り抜けるべきか、悩む。

「で、この連れのおじょーちゃんは誰よ?」

 いやらしい視線が、らいらを睨めつける。

 らいらは不安そうに、一磨に身を寄せる。

「フン」

 一磨は短く息を吐く。覚悟を決めた。

「落ちこぼれか」

 空気が凍った。

 グループは笑うのをやめ、一磨の言葉に固まっている。

「俺に詳しいのは、なれなかった退魔士への憧れだ。入れなかった場所への憧れのせいだ。あんたらは……入試に落ちた連中、ついていけなくなって退学した連中。そんなとことだろう」

 当てずっぽうだった。

 とはいえ事実だ。退魔士を目指して挫折した者は少なくない。

「て、てめえ……!」

 リーダーの顔がドス黒くなった。図星だったらしい。おそらくこのグループも落伍者の集まりだ。そんな者が抱えるコンプレックスを、一磨はわざと刺激する。

「道を空けてくれ。俺たちはヒマじゃない。あんたと違ってな」

「この野郎!」

 リーダーが拳を振り上げる。一磨は避けも防ぎもしなかった。重い音が響く。リーダーの拳が一磨の頬を打った。

「か、一磨さん!」

「これで正当防衛にできるな」

 一磨はニッと笑った。

 リーダーがまた拳を繰り出す。

「らいら、下がって!」

 一磨は左手で、リーダーの拳をはたき落とす。すかさず右の掌底で相手の顎を打つ。

「げっ!」

 リーダーが顎をのけぞらせる。

 一磨は手をプルプルと振った。

「痛いな。どうやら俺の手も頬も、鉄ではできてないみたいだ」

「や……やりやがったな!」

 一磨の横から後方から、拳が飛んでくる。さばき、反撃する。あるいは流して転ばせる。何度も、何度でも。

「っ、クッソォ!」

「あぶないっ!」

 らいらが男の足を払った。男はずってんどうと転んで悶絶する。

「ありがと、らいら!」

「一磨さん、大丈夫ですか!?」

 らいらが駆けよる。

 大学生たちは一人残らず地面に転がされていた。大怪我はしていないが、疲れ切るまで何度でも転ばされたのが効いている。

「う……うう……」

 大学生たちがうめく。

「まったく……手加減するのも大変なんだぜ?」

 ネオンのせいか。一磨の瞳が、ゆらりと青く輝いた。

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