第3話 転入生

 約束の時間に間に合うよう、一磨かずまは学園へ戻ってきた。

「玉石一磨です。失礼します!」

 学園長室に入る。

「急に呼び出してすまないね。そこに座りたまえ」

 学園長は応接用のソファを示す。二人は対面するように座った。

 学園長は中年の男性だ。がっしりとした体格をしており、ダークブラウンのスーツが似合う。皺のある目元に宿る光は鋭い。

「学園長、なにかあったんですか?」

「君はこの春から有資格特待生となったな」

「はあ、まあ」

 学園長は一磨の質問に答えなかった。

(いっつもこんな感じなんだよなー……学園長は)

 一磨は釈然としないながらも、本題を待つことにした。

 学園長は深い声で語り出す。

「わずか二年で必要な単位を履修し、国家試験にも合格する。優秀な生徒が出るのは、わが学園にとっても名誉なことだ」

「恐縮です」

「有資格特待生の最大の特徴は、退魔士としての活動を許可されるところにある。独自に依頼を受けることも許される。だが……君の場合は、事情が特殊だ。君が退魔士の資格を取ったのは、退魔士の商売をするためではない」

 心地よい低音バリトンが、一瞬途切れる。

「――復讐のため、だな」

 一磨は身を固くした。

 学園長は一磨の事情をよく知っている。学園長と一磨の父は、古い友人らしい。一磨の母のことも知っている。無論、一磨の幼い頃の体験も。

「君の因果が鬼を引きよせ、君は君の場所を失った」

「あ……」

 因果――学園長はそう表現した。

 あの日、鬼は一磨を探していた。何のために、何のせいで。それは今もわからない。

 だが一磨は知っている。おのれの内に宿るなにかのために、母を失い、父を失った。

「そんな君を私が呼んだ。君はここへ来た。因果と因縁に立ち向かうために」

 この学園に入学するよう勧めたのも学園長だ。「仇を取りたいなら、退魔士になれ」と、彼は一磨を諭した。

 そして一磨は今、退魔士として学園長の前にいる。

「君の母を殺した鬼類きるいを倒す。その想いは変わらないね」

「無論です。愚かな憎しみと言われても、俺は……あの鬼を必ず……!」

「君の憎しみを諫めたりはしないよ。世間の望む綺麗事で、すべてが片付くものかね」

 学園長が笑う。

「私も、結構汚いのだよ」

「先生……」

「鬼類は暴威の象徴、暴力の化身。それを倒すことは、世間にとってもよいことだ」

 一磨の憎しみを「人の役に立つから」という理由で許す。学園長はある意味で、一磨のよき理解者だった。

「だが、君は未熟だ」

「……わかっています」

 一磨はムッとした。わかっているつもりだが、面と向かって言われると気分が悪い。

「とはいえ、君の目的は迅速に果たされるべきだ。私はそうも思う」

 学園長は、角ばった顎をなでた。話が本題に入ろうとしている。

 一磨は身構えた。

「君はパートナーを持つべきだ」

「……は?」

「君を補佐し、君の目的の役に立つパートナーを用意した。もう手続きは済んでいてな、この学園に転入してくる」

「ちょちょ、ちょっと待ってください! 急にパートナーとか言われても困ります!」

 一磨は身を乗り出した。

「どんな人かも知らないし、それに能力だって!」

 学園長は数枚の書類を取り出し、一磨に渡す。

「これは?」

「成績証明書だ。本人の許可は取ってあるから、見てみなさい」

 一磨は目をすべらせる。そこに書かれた人物の成績に一磨は目を見張る。

「これは……!」

「さすがに君をしのぐほどではないが。知識も技術も霊力も、非常に優秀な子だよ。君と同じく、この春から有資格特待生になった」

「退魔士なんですか!」

「そうだ。それから、君と同じように、彼女は特殊な血縁の生まれだ」

 学園長は一磨から視線を外す。

竜野たつの君、来なさい」

 学園長室のドアが開く。

「失礼します」

「君は……!」

 少女が入ってきた。定食屋で横に座った少女だった。

「竜野らいら、です。マニ学園から参りました」

 少女が一礼する。

「初めまして、玉石一磨さん」

「俺の名前を?」

「はい。一磨さんのお話はうかがいました。わたしもまた、鬼を探す者です」

 一磨ははじめて、少女を真正面から見た。

 長い黒髪は豊かな量を保ち、形容するならもっふぁりとでもしようか。それをまとめて結いあげている。体は、制服を着ていてもわかるほど細身だ。黒い瞳は大きく、おだやかな光に満ちている。

「もしかして、パートナーっていうのは……」

「そう、彼女だ」

 学園長は当然のように言った。

「まずは君のやり方を見せてやれ。彼女の能力は、君の目で確かめるといい。機会は早かれあるだろう。話は以上だ」

「ちょ、学園長!」

「私はこれから会議でね。話は、以上だ」

 一磨とらいらは学園長室から出た。

 正確には出されたというべきか。二人でぽつねん、と学園長室前に佇む。

「え、えーと……」

 一磨はとまどいを隠せなかった。

 今日、いきなり会わされた少女とペアを組む。それで退魔士の仕事をこなせということだ。

(もうちょっと事前になんか話してくれたらいいのに……)

 学園長を恨みつつ、一磨は少女をちらりと見る。

「玉石さん」

「一磨でいいよ」

「ではわたしのことも、らいら、と」

 少女――らいらがほほえむ。一磨にあるようなとまどいが見えない。人見知りしないたちなのだろう。

「もしかして、なにもご存じなかったのですか?」

「いや、その……うん。今日、言われた」

「実はわたしも、四月になっていきなり……学園長先生からお話をいただきまして」

 急に決まったことらしい。

「なに考えてんだ? あの学園長……」

「まずは学園長先生のおっしゃるとおりにしていただけませんか?」

「ま、そうするしかないんだろうなぁ」

 反抗したところでいいことはない。成り行きにまかせるしかない。

 一磨は腹をくくった。

「えっと。らいらもやっぱ、学園の中で暮らすんだよな?」

「はい、散流寮さんりゅうりょうへ入ります」

 学園は全寮制だ。学生は全員、寮に入ることになっている。

「荷物、とかは?」

「ちょっと手違いで、到着が遅れるみたいです。だから今はなにも」

 何もすることはないらしい。

 らいらが一磨をわずかに見上げる。

「そうそう。一磨さんのやり方って、どんな方法なんですか?」

「ま、方法っていうか……地道に、かな。ちゃんと勉強して、鍛錬もして、ベテランの退魔士さんたちと知り合ったりして」

「ベテランさんたちと?」

「経験者の話を聞くのもいい勉強になる。怪異の実態は、本にはないこともある」

 一磨は腕時計を見る。まだ三時を回ったくらいだ。

「夜になったら街へ行くよ。知り合いに会いにいくから」

「はい」

「えーと……ホントになにか予定ないの? 転入の手続きとかさ」

「いえ、今日は一磨さんについていくように言われてます」

 一磨は首に手を当てた。困って悩むときの仕草だ。

「……校内でも見て回る?」

「あ、はい!」

 らいらは嬉しそうだ。

 一磨はほっとした。素直な性格の少女らしい。

「じゃ、行くよ。ほかの子は授業中だから静かにね」

 二人は連れだって歩き出した。


 図書館や食堂、大講堂、体育館、研究施設、病院――充実した学園の施設を回る。

「わあ、すごいですね!」

 らいらは珍しそうにキョロキョロと見て回る。

 案内する一磨も、悪い気はしなかった。

「次は外を見にいこうか?」

「はい!」

 初夏の昼下がりは、よい天気だった。すこし熱いくらいだ。まだ雑草の手入れをしていない芝生があちこちにあり、のびのびと青い葉を伸ばしている。

「……で、あっちに薬草園と馬場がある」

 校内の施設をひとしきり見たあと、一磨は学園の東端までらいらを連れてきていた。歩き回ってみると改めてわかるが、学園の敷地は広い。陽がすっかり傾いていた。

人気ひとけ……すくないですね」

 東端にも建物はいくつがあったが、人の気配はない。建物の前にある掲示板には、張り紙さえない。ガラスが埃で薄茶色に汚れている。花壇も雑草だらけだ。

「このあたりは学園のはずれだからなぁ。農場とかと、老朽化でもう使われてない建物だけ」

「あれは?」

 らいらが指さした先には空き地があり、太い筒が地面から突き出していた。周囲はフェンスで囲われ「立入禁止」の札がかかっている。

「古井戸だよ。学校を建てるときにはもうあったらしい」

「使われてないんですね」

「いまは水がないらしい。地下水が涸れたんだろうな」

 あたりの明るさが減ってくる。生い茂る雑草がザワザワと揺れた。

「うわ、もうこんな時間」

「あ……お出かけするって言ってましたよね。大丈夫ですか?」

「大丈夫、大丈夫。さっきの食堂で晩飯食ったら出かけるから。……来るよな?」

「はい!」

 二人はきびすを返した。

 外灯に明かりがともり始めていた。

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