第6話 付喪神と神虫

 翌日。

 日曜日の学園は静まりかえっていたが、一磨とらいらは学園長室にいた。

「ご苦労だったね、二人とも」

 休日だというのにきっちりスーツを着た学園長が、二人をねぎらった。

「大きな怪我もなくて本当によかった」

「無事とはいきませんでしたけどね」

 一磨かずまは左頬に湿布を貼り、らいらも腕や脚にはガーゼが貼られている。破片やら何やらで、細かい傷や打ち身は体中にできている。

「だが、おたがいの能力はよくわかっただろう?」

「ええ。学園長、らいらって……」

 一磨は、かたわらの少女を見た。

「わたしは、神虫しんちゅうといいます」

「……人か?」

「生物学でいうホモ・サピエンスとは違います。ただ、わたしの一族はヒトの姿を取るようになって久しいので、人間として生活しています。ちゃんと戸籍もありますよ」

「……だよなぁ。じゃなきゃ、入学できないもんな」

 長い長い歴史の中で、人間の姿をとり、人間として生活してきた妖怪は多い。彼らは現在、「特殊血統」という肩書きとともに、人間として生活している。彼女も、そうした一族の出なのだ。

「神虫族、とでもいうかな。彼らは鬼を喰らう。いわば鬼の天敵だ」

「だから、俺のパートナーに?」

「君は鬼を寄せつける体質だからな」

「俺は釣りエサですか!」

 思わずツッコんだ一磨に、らいらがわたわたとあわてる。

「か、一磨さん。わたし、一磨さんのこと、釣りエサなんて思ってませんから!」

「あ、うん。わかってるよ……」

 この真面目な少女が、一磨をイソメかゴカイなどと同列に考えるわけがない。一磨が脱力すると、らいらはホッとしたように息をついた。

「しかし、しょっぱなから鬼類きるいに襲われるとはね。私も思っていなかったよ」

 学園長が肩をすくめる。

「学園長、あの妖怪のことですが……」

「うむ。今回の事件、現れた妖怪は鬼類と断定された」

「やはり、鬼……!」

 一磨はぎゅっと拳を握る。

 彼にとって最も憎むべき存在。倒すべき存在。復讐するべき存在だ。

「今、警察や退魔士が鬼類のやってきたルートの特定に当たっている」

「俺たちも協力させてください!」

「言うと思ったよ。駄目だ」

 学園長は笑って、一磨の申し出をあっさり却下した。

「どうしてですか!?」

「街中で偶発的に起こった怪異事件は、警察の管轄だ。警察の業務委託を受けた退魔士が調査を行う。協力要請がない限り、君たちに退魔士としての仕事はないよ」

「そんな……」

「当時の状況を聞かれることはあるだろうが。と言っても、もう済んでいるだろう?」

「まあ、そうですね」

 らいらがうなずく。

 あのあと、二人はまず学園に戻され、学園内にある病院で治療を受けた。ヤコージュ学園付属病院と呼ばれるそこは、通常の病院機能に加え、怪異によって傷ついた人々を治療する設備も整っている。怪異による傷病は特異な症状をあらわすことも多い。だからより専門性の高い設備が必要なのだ。

 処置を受けたあとは、学園内で警察の事情聴取を受けた。街で起こった状況を根掘り葉掘り聞き出され、解放されたのは日付が変わってからだった。

「知ってることは全部話しましたし。お仕事、ないですね」

「そうだ。くれぐれも、警察やほかの退魔士の捜査の邪魔をしないようにね」

「はーい……」

 一磨は口を尖らせる。

 らいらも落胆した様子だ。

「話は以上だ。今日は休みだし、ゆっくりしたまえ」

 また二人は学園長室から出された。

 静まりかえった廊下に、ぽつねーん、と二人立ちすくむ。

「ゲームのイベントシーンかよ」

「え?」

「何でもない」


 二人は並んで校舎の中を歩く。二人分の足音が軽く響く。

「……行けませんでしたね、お知り合いのところ」

「結局、後始末だのなんだので時間とられちまったしなぁ」

 頬の湿布にふれ、一磨は顔をしかめた。大学生らに殴られた痕だ。

「だ、大丈夫ですか?」

「あー大丈夫大丈夫。そのうち治るって」

「だって……その怪我は、わたしのせいで」

「気にするなよ。実は威力を殺してあるし」

 らいらは首をかしげる。

「殴られる前、体の位置をズラしたし。殴られた時はこう、拳が左から右へ来ただろ? その方向に首をひねって、パンチの威力を殺したんだ」

 顔を右に向けて、動きを再現する。

 らいらが目を丸くしている。

「いろんなこと、考えてらしたんですね」

「無鉄砲だと思った?」

「い、いえ! そんなわけじゃ!」

 らいらはわたわたと手を振る。

 一磨は思わずふきだした。

 らいらは手を下ろし、恥ずかしそうに一磨を見上げた。

「あのとき……」

 らいらがぽつりと言った。

「わたしに『行け』と言ってくださいましたね」

「ん? ああ」

 鬼が街に出たとき。

 一磨はらいらに「行け」と言った。

「何か変なことでも?」

「ほかでは、たいてい止められます。『危ない』『女の子が出るんじゃない』って」

「だって……らいらは退魔士だろ?」

 らいらがまた首をかしげる。

「男とか女とか関係ない。退魔士は、戦えるだけの力を持っているはずだ」

 一磨は薄く笑った。自嘲のような苦笑のような顔だ。

「俺も未熟者だし、一人前と扱ってもらえないことくらいわかってる。あの時、ベテランの退魔士がいたら俺だって止められてただろうよ」

 首筋に手を当てる。

「でも、もどかしいじゃないか。せっかく、頑張ってんのにさ」

 だから止めなかった。彼女を信じたからだ。

 らいらがにこーっと笑った。黒い瞳がキラキラと輝く。

「一磨さぁん!」

「わわっ!」

 らいらがいきなり一磨に抱きついた。すりんすりんと体をすりよせる。

「ちょっと、何、らいら……」

 一磨はとまどう。

 らいらは腕の力をゆるめ、一磨の顔を真正面から見つめた。

「一磨さん」

 ちゅっ。

「――!?」

 いきなり一磨の頬にキスをした。

「わたし、嬉しいんです。一人前の退魔士って認めてくれたのは、わたしの力を信じてくれたのは、一磨さんが初めてです」

 一磨の肩に手をかけたまま、らいらがほほえむ。

「ありがとうございます」

「いや、その……そんなに喜ぶことかな……」

 一磨の頬はもう真っ赤だ。

「あのさ、らいら……キス魔?」

 一磨は思いきって訊いてみた。感激して誰彼かまわずキスする癖があるなら、今後ややこしいことになるかもしれない。

 らいらはニコッと笑う。

「ちゅうは普通ですよ?」

「ふ、普通?」

「ええ、妹や弟たちにいつもしてます」

 一磨は頭を抱えた。

(き、弟妹きょうだいと同じ意味か……!)

 安心したというか呆れたというか。へなへなと体の力が抜ける。

「でも、誰にでもってわけじゃないですよ?」

 らいらは一磨の肩に手をかけたままだ。

「一磨さんは、パートナーですよね?」

「ああ、まあ……」

 もやもやした気持ちを抱えて、一磨は手を首筋に当てた。

 彼女にとっては、弟妹と相棒は同列なのだろう。恋愛感情ではない。

 だが周囲はどう見るか。男女でペアを組み、命をかけて戦う。誤解や詮索がてんこ盛りになりそうなシチュエーションだ。人前でキスなんかされたらなんと言われるか。

「らいら、ハッキリ言っとくけどな」

 一磨は釘を刺すことにした。

「人前で、すんなよ」

「何がですか?」

「それはその……さっきの」

「あ、ちゅうのことですか?」

 一磨は目をそらした。また頬が赤くなっている気がする。

「しちゃ……ダメですか?」

 らいらが寂しそうに眉を下げる。

(う……)

 ドキリと胸が高鳴る。

 思わず罪悪感を刺激されるというか、守りたくなるというか。らいらの黒い瞳が見上げてくる様は、子猫に似ている。

「いやその、人前ではってことだよ。だって、あーほら、誤解とかあるじゃん」

「人前じゃなかったら、いいですか?」

「いや、その、それも、うーん……」

 一磨は困り果てた。

「あら、ここにいたのね」

「わっ!」

 突然声をかけられて、一磨はらいらを引きはがした。

「お、岡留おかどめ先生」

 教員の岡留だった。洋服の上に、白衣をまとっている。

「二人とも、今からちょっといいかしら?」

「俺はいいですけど……らいらは?」

「わたしも、大丈夫です」

「よかった、研究室へ来てちょうだい。見せたいものがあるの」

 岡留の登場によって話題が変わったのは、一磨にとって幸運だった。

 学棟を移動し岡留の研究室へ入る。パソコンや実験器具であふれている。

「さ、座って」

 テーブルにつく。生徒の指導にも使うシンプルなデザインのテーブルだ。

「大変だったわね、二人とも」

「いえ。運がよかったです」

「胸を張っていいわよ。新人退魔士が二人で、よくやったわ」

 岡留の言葉に、二人は自然と笑顔になる。ほめられるのは嬉しい。

「あの、岡留先生」

 らいらが尋ねる。

「このあたりで妖怪が出ることって、多いんですか?」

「ここは立入禁止地域からも離れてるから、そう多くはないわ。この学園もあるしね」

「まあ、そうですね」

「退魔士の学園があれば、怪異の危険はグンと減る。そう考える人は多くって。だからこのあたりの街って発展してんだけどねー」

 当たり前の感覚だ。怪異の危険性を常にはらむ国土にあって、退魔士の養成校を抱える地域は、どこも発展が進んでいるという。

「だけど、このまま街が拡大していけば、怪異が現れる危険性は上がるわよ」

「どうしてですか?」

「街の境界が広がれば、人間の世界とそうでない世界が混じり合ってしまう。たくさんの人が来れば、怪しい者も入りこむ。街が入り組めば、影に怪異がわいてくる」

 境目に、暗部に、怪異はいる。湧き水のように染み出してくる。完全に防ぐことはできない。天災と同じように、怪異はやってくる。

「今回の事件も、そういう類じゃないかしら。地下ルートで来たんでしょ? どっかから迷いこんで、ここまで遡上してきたんじゃない?」

 岡留は保存庫から何かを取り出し、テーブルに置いた。

「ただ、気になることもあるのよ。見てちょうだい、これを」

 ガラス瓶に入った標本のようだ。薄い肉片が入っている。

「何ですか、これ?」

「鬼類のまぶたよ。今回の事件のね」

「えっ!?」

「でも、捜査は警察がって……」

「警察からの要請でね。現場に残った鬼の頭部は学園に運びこまれて、解剖することになったの。そして私は怪異解剖学が専門」

 退魔士に関わる学問のうち、実体を持った妖怪を解剖して観察する学問のことだ。岡留は特にこの分野を得意としていた。

「それで日曜日返上。朝からずーっと解剖してたんだけど……これはあなたたちに知らせておくべきだと思ってね」

 一磨はじっと標本を見つめる。

 青い面はまぶたの表側、赤い面はまぶたの裏側だろう。よくよく見ると、赤い粘膜に模様が刻まれている。「ム」という形に見える。シンプルな意匠だった。

「この印は……鬼児おにごか!」

 知識の中から、その意匠の意味を引っぱりだす。

「そう。鬼類にあらず。鬼類に協力する者のあかしよ」

 世の中には鬼ではないが、鬼に同調する者がいる。それを「鬼児」と呼ぶ。

「おにごっていうのは、本来は『鬼子』と書くの。彼らは生まれたとき、すでに髪や歯が生えている。そうした子供は忌むべき子として山に捨てられる。幸運にも生き延びた者は……長じて、鬼になる」

 山は異界であり、人間の住むべき場所ではない。神の場であり、魔の場である。古来より聖地や忌むべき地とされた山は数多く存在する。

 山に忌子を捨てる。人の世界から、異界への追放だ。追放された子は神とも魔ともつかぬ存在へと生を変える。

「弁慶や酒呑童子しゅてんどうじも、こうした鬼子だったというわ。弁慶はともかく、酒呑童子は鬼類の王ともいえるわね」

 酒呑童子といえば。

 平安時代――丹波国大江山たんばのくにおおえやまを拠点とし、世を恐怖に陥れた鬼神の王がいた。王の名を酒呑童子といい、数多くの鬼を従え、人を喰らい財を盗んだ。公家の姫君たちもさらわれ、鬼の慰みものにされたという。

 時の帝は、名高き武士であった源頼光みなもとのよりみつに鬼の討伐を命じた。

 頼光と配下たちは、山伏に変装して大江山に潜入した。山伏とは山岳に分け入って修行する宗教者であり、どんな深山をうろついていても不思議はない。

 すっかり騙された酒呑童子は、頼光たちを手厚くもてなした。頼光は礼と称して、酒呑童子らを毒酒で酔いつぶすことに成功する。

 酒呑童子は眠るため寝室に下がった。頼光たちは変装をといて武装し、鬼にさらわれていた姫君たちに手引きさせた。寝室に突入した頼光らは奮戦し、ついに酒呑童子一党を討ち果たした。

 退魔士なら誰でも知っている話だ。

「酒呑童子は、女の裏切りで寝首をかかれた。以来、鬼たちは奴隷を飼うのを忌むというわ」

「無理矢理に支配した配下とかは、いないってことですか?」

「そういうこと」

 岡留がうなずく。

「でも、無理矢理じゃなくて、喜んで支配を受ける者がいるとしたら?」

 人間であったり、獣であったり、鬼以外の妖怪であったり。彼らは鬼に魅せられ、種を超えて鬼に跪く。

「なぜ望んで支配を受けるのですか?」

「鬼にりたいからよ」

 鬼とは暴威の象徴、暴力の化身。荒ぶる力は、真っ正面からすべてを破壊しつくす。恐怖であるが、それゆえに魅力を感じる者もいるということだ。

「いまだ鬼にあらず、鬼に成ることを望む者。変な言い方だけど、鬼見習いって感じかしら。それを『鬼子』になぞらえて『鬼児』というのよ」

 岡留はファイルを取り出す。

 過去、「鬼児」がかかわった事件で撮影された写真をまとめたものだ。人間の手や顔をアップで撮った写真が並ぶページを開く。いずれの写真にも、標本と同じ「ム」の刻印があった。

「鬼児には、例えば額とか手の甲とか背中とかに、焼き印や刺青で『ム』を刻むのが普通らしいわね」

 人間がタトゥーを入れるのと同じような場所に刻印を入れるという。つまり体の表面の、他者から視認できる場所の皮膚に刻むのだ。記録によれば、頬や首・背中・腕・腹や太ももにも、「ム」の刻印が刻まれていた例があるという。

「ただ、これは違うわ。まぶたの裏よ?」

「外からは見えませんよね」

「しかも、この個体はすでに鬼類なのよ? 鬼類に鬼児の印を入れるかしら?」

 鬼に、鬼の協力者たる他種の生物を示す印を刻む。人間に「人」と書いたプレートをかけるようなものだ。

「何か特別な意味があると思うの。もしくはこの印に何か呪術が使われているか……」

 岡留はうーん、と考え込む。

「俺たち、なにか調べましょうか?」

「それは私の役目よ。ま、ほかの先生たちとも協力してだけどね」

 岡留はにっこり笑った。

「でも、なにか気づいたことがあったら教えてちょうだい」

「はい」

 二人はうなずいた。

「日曜なのに引きとめてごめんなさいね」

「いえ、やることもありませんでしたから」

 一磨は苦笑する。

 その意味を知ってか知らずか。岡留は席を立ち、標本を保存庫に戻した。

「時間あるなら、コーヒーでも飲んでいきなさい。お菓子もあるわよ」

「やった! いただきます」

「あ、淹れるの手伝います」

「ありがと、竜野たつのさん。そっちにカップあるから出して」

「はーい」

 岡留は二人を気遣っている。二人もそれがわかっている。

 思いやり合うことが、退魔士にとっては何よりも尊い。退魔士は時に命をかけ、時に究極の判断を下さねばならない。いばらの道だ。殺伐とした人生を癒やすのは、人の心のあたたかさ以外にない。

 しばし三人はティータイムを楽しんだ。

「ありがとうございました。失礼します」

「またねー、二人とも」

 二人は岡留の研究室から出た。

 岡留はにこやかに手を振った。

「仲がいいんですね、岡留先生と」

「岡留先生はさ、俺が入学してきたときに赴任してきて。一緒に迷子になったりしたんだ」

 らいらはプッとふきだした。

「たしかに、広いですものね」

 先日、らいらを案内したときを思い出す。学園は広い。ゆっくり回っていれば、昼下がりから夕方までかかってしまうような規模がある。

「広くて人も多くって……あ、そーだ。いろんな人と仲良くしとくのは基本だぜ? 特に先生となら、いろいろ得だし」

「そう……ですね」

 らいらの言葉がわずかに濁った。

 一磨は気づかなかった。

「そうだ、まだ時間ある?」

「え? はい」

「じゃ、ちょっと一緒に来てくれないか」

 二人はまた歩き出した。


 不思議な雰囲気の庭園だった。

 さかきの林が静かに影をつくる。花壇はよく手入れされ、季節の花が咲き乱れている。小石の敷き詰められた細い水路に、綺麗な水が流れている。

 庭園には石碑がいくつかあった。中央には、ひときわ大きな石碑が建てられている。

 色鮮やかな緑、にぎやかな花の色の中に、無骨な石碑が黙っている。アンバランスなようでいて、調和した空間だった。

「……ここは?」

「こないだは案内できなかったな」

 中央の石碑の前に立つ。

「ここは『慰霊の庭』と呼ばれてる」

 石碑を見上げる。磨き上げられた石碑は、濃い灰色だった。

「仕事で亡くなった退魔士、怪異に巻きこまれた人々、倒した妖怪、研究に使われた実験動物……退魔士に関わって命を落とした者の魂を慰める場だ」

「じゃあ、この石碑は……慰霊塔なんですね」

「ああ」

 一磨は石碑の前に跪いた。

「昨日の事件も、人が死んだ」

「…………」

「岡留先生が解剖してる鬼類も、いずれはここに来る。たぶんアレは慰霊祭とかしてもらえるだろうけど……」

 妖怪や祟り神を祀り、転じて守護神となるよう祈る風習は、古代からある。『常陸国風土記』の夜刀神やとのかみはもとより、菅原道真すがわらのみちざね平将門たいらのまさかどなどの怨霊も祀られて神となった。

 もっと広く考えれば、仏教の諸天や夜叉もそうだ。もとは仏教にいなかった神や悪鬼を取り入れ、仏法の守護者とした。

 人は、自分たちにとってマイナスの存在でさえ、味方につけようとしたのである。

「でも、こいつは慰霊とかしてもらえないだろうから」

 一磨はポケットから何かを取り出す。黒い塗膜片のようだった。

「それは?」

「俺が魂を与えた付喪神だ」

 昨日の事件――鬼を鎮圧するため、一磨はパトカーに魂を与えた。付喪神となったパトカーは一瞬、鬼の動きを抑えた。だが最終的には一磨が破壊してしまった。

 ――鬼に勝つために。

「ほんの数分……俺の傀儡として機能するに過ぎなかったとしても、あれには魂があった。俺が与えて、俺が奪った」

 石碑の前に塗膜片を置く。

「だから俺が祀る。俺は、あれのことを忘れてはいけないんだ」

 そっと手を合わせる。

(安らかに眠ってくれ……)

 一磨の隣に、らいらも跪いた。同じように手を合わせる。

 静かな時間が流れた。

「さて、と」

 二人は立ち上がった。

「俺はこれから図書館へ行くけど。らいらはどうする?」

「わたしはすこし用事があるので、ここで失礼します」

「わかった」

 二人は慰霊の庭を立ち去った。

 榊の葉がふれる音が、さらさらと流れていた。

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