第二章 ゴールデンパインウィーク
05 ゴールデンパインウィーク
季節は未だ変わらずの春。
赤髪青目の新入生リュウはアルティス魔法学園に入学してから二週間という月日を過ごした。たったの二週間で得られたものと言えば、自分はやはり魔法が苦手なのだという再確認の余裕と、担任であるシエラからのお叱りだった。
それでも入学当初は、新入生歓迎会や身体測定など、学期始めに欠かせない行事が盛りだくさんで楽しさがあった。
部活動に勧誘してくる先輩の、断られたときの悲しそうな顔。白髪童顔の親友アル・グリフィンが十五年間の体の成長の低さを知ったときの悲しそうな顔。同じような表情をしていたが、詰まっている想いは天と地ほどの差があると改めて実感した。
リュウの魔力が炎属性一つと分かり【
リュウにとっては楽しい、アルのとっては辛い、ティナにとっては興味深い行事も、二週間という短い時間で終わりを迎えた。
全世界の人間に「学生の本分は?」と問えば必ず出てくる答え「勉強」。アルにとっては楽しい、リュウにとっては辛い、ティナにとってはとくに難の無い、授業という学生とは切っても切れぬ存在がいよいよやってきた。
「──であるからして後のイデア王国を築きあげた、彼の英雄アルティス・メイクリール様の大魔導師としての才能が開花しました。これが今から八百年前の出来事です」
太陽がてっぺんに上り始めた頃。教室の窓から吹く風に良い匂いが漂い始める時間。空腹との戦いが始まる四限目。科目は魔法史だ。
「ほんとリュウとは大違いだよね。バカじゃないし魔法は凄いし、おまけに優しそうだし……」
南国の海を思わせるような水色の髪を
「ああ? 俺の方が頭が良いし魔法スゲーしやさしいっつうの。おまけにイケメンで器が大きくて……イケメン!」
席が横なので小声で通じる。リュウは特に声量にも気を使わない性格なので慌てて下げさせるが、それよりも話の内容に引っ掛かったティナ。
「あんたさぁ、頭悪いんだから張り合おうとしないでよ。何がイケメンよ。冗談は顔だけにしてよ」
「おいおい俺のパーフェクツフゥェイスに嫉妬してんじゃねーよって」
「発音が気持ち悪い。イケメンっていうのはそういうのを言うのよ」
ティナが指差した先には『そういうの』の姿があった。意外と近いところにいる彼は窓から入る春の風に自慢の白髪を揺らし、表情の移ろいが極端に少ない上に口の動きも必要最低限。今も席が前後だというのに二人の会話には入ってこない。それこそが白髪童顔少年アルなのだった。
「バカ言え。アルは俺が鍛えてやったようなモンだろ。俺の弟子だよ弟子」
何をだと突っ込もうとしたその時、そういえば授業中だったと思い出したティナ。それは一重に目の前に魔法史担当の教師がやって来てくれたおかげだった。
「静かにしなさい!」
教科書を片手にレンズの分厚い眼鏡の位置を直しながら、リュウ達に注意の言葉を放つ教師。
天然パーマの髪の毛はすでに真っ白、地味な茶色のカーディガンを羽織ったその教師は、普段は穏やかな口調を荒げる。
「ティナさん。このあと何が起こったのか答えなさい!」
指名されたティナは小さく返事をしたあと、直ぐに立ち上がる。内心ではリュウでなく自分に振られたことに憤りを感じていた。
「英雄アルティスは使い魔と共に、当時起こっていた四大国間の巨大な戦争『百年戦争』を止めました。さらに世界を滅ぼすとされた究極魔法を止め、終焉を迎えようとしていた世界を間一髪のところで救いました。そこから英雄と呼ばれます」
ティナはイデア国民ならば幾度も聞かされる歴史をすらすらと答える。
「その通りです。それ以来アルティス様は、私達の住む王国イデアの王となり、この国を繁栄させていきました。イデアの首都をアルティスとしたのはその為ですね」
魔法史学を教える教師は、教科書を手に持ち、さらに話し始める。
「しかし英雄アルティス様は、またいつか必ず世界の終焉はやってくる、そう予言したのです。それを記した書がありますね。それが今もこの国で厳重に保管されている『予言の書』です!」
授業の締めと完璧なタイミングで予鈴が鳴った。四限目が終わりようやく待ちに待った昼休みの時間が訪れた。
遂に、空腹との戦いに幕が降り、生徒達は直ぐ様学園内の食堂に走り出す。授業終了の号令など、この時間帯に出されることはない。
「飯だー!」
「リュウ食堂の場所取っといてね!」
先に駆け出すリュウに食堂の席の確保を任せるティナ。教科書を机にしまい、リュウの後を追いかける。
そして、二週間の内に落ち着いてきた学園での一日も残すは帰りのホームルームのみとなった。最終授業の六限が終わり数分経ってから担任がやって来る。
持ち前の凛とした覇気のようなものに見合ったショートカットに、動きやすいパンツスタイル。おしゃれに一応は気を使っている宝石の一つ付けられた踵二センチのサンダル。小脇には出席簿とプリントの束を抱えていた。
「お前達もそろそろ魔法学園に慣れてきた頃だろう。仲の良い奴や得意科目なんかもわかってきた筈だ。そんな学園大好きなお前達に残念なお知らせがある」
少しの間を開けて、シエラはにたりと笑った。冗談を決め込むときの顔だということは既に知れている。曲がったことが嫌いな彼女も冗談は言うのだ。
「ゴールデンパインウィーク、七連休だ」
「よっしゃー!」
「やっすみー!」
「りょこうー!」
「ひきこもりー!」
三者三様に盛り上がる計画も現実の重みには敵わない。シエラの言葉は続いている。
「そんなに悲しむなお前達。大好きな学園を少しでも覚えていられるように課題を出してやる。……ほら、喜べ」
「「…………」」
熱は一気に冷めた。クラスの息の合った沈黙をシエラはにたりにたりと嘲笑う。
「はっはっは、まあそう落胆するな。無事全員提出できたら旅行土産でも買ってきてやるさ」
「シエラ先生どこいくんですか~?」
「秘密だ」
「誰と行くんですか~?」
「無論、秘密だ」
だからこそ目で訴えかける。忘れたらタダでは済まないと。最早それ以降のプライベート追求を一切受け入れずに、シエラは次回登校日の書かれたプリントを渡していった。
「ねえねえ、なんでゴールデンパインなの?」
どうでもいい所が気になって、シエラの話どころではないティナは自分と同類であろうリュウとアルに問いかける。アルは特に気になってはいなかった。
「そりゃあれだよ。パイナップル好きの国王が年に一度ゴールデンパインを食いまくる日だよ」
「あはは、そんなわけ無いじゃん! 好きすぎて休日にしちゃったってこと? 何それ適当すぎ!」
「リュウ、それはさすがに……」
「庶民には理解不能な王サマってな。てか知らねーし適当だし」
「そこうるさいぞ!」
シエラに注意された三人は、まだ笑ってはいるがすぐに前に向き直る。何せぶつけられる殺気は、本物なのだから。
「では、ホームルームはこれまで! くれぐれも休日中に問題だけは起こすなよ!」
シエラは念を押し終えるとそそくさと教室から出ていった。
* * *
翌日、ついにゴールデンパインウィークはやって来た。
(七連休ったってやることがねーんだよなぁ……)
早朝、朝食を作りながらまだ回らない頭を働かせるリュウ。休日になるとどうも早起きをしてしまう彼は、朝食の目玉焼きを焼いている。
課題という文字はまず除外された。魔法の特訓にしても休日はまともに軍が機能しない。ロイに会えることはまず無いだろうと早々に考えを改める。
そうこうしている内に卵の周りが固まり始めたので水を入れて蓋を被せた。手慣れたもので、この間にお皿を出し箸とフライ返しも用意しておく。
うんうんと悩みながらも朝食を作り終えると、不意にインターホンの音が部屋に響いた。
「リュウー!」
「……なんで鳴らした後に叫ぶんだよ。意味ねーじゃん」
気怠そうな表情を浮かべながらもリュウは仕方なくエプロンを机に置き、玄関へと足を進める。扉を開けるか迷うほどに向こうから滲み出てくる彼女の気持ち。とてつもなく空腹なのだろうか。
「はいはい、今開けま──「お腹空いた!」
鍵を開けた瞬間扉は開けられた。寮の廊下には数人の人がいたというのに、目の前でニコニコと笑みを溢している彼女は恥じらいもせずに叫んでいたのだ。つまりそれがティナであり、時によっては人の目も気にしない。だから頭から黄色と紫色と黄土色のキノコが生えているかのようなカチューシャを着けても何とも思わないのだ。
隣で黙り込んでいるアルもアルだ。明らかに変なそれを注意しないどころか気にしていない。しかしそれもそのはず、アルには生活能力がない。
「わかった入れてやる、けど条件がある。まずティナそれ外せ。頭からキノコがわんさか生えてる状態で部屋に入るな」
「ええ~可愛いのに~」
「お前の『可愛い』ほど信用ならねーものはねー」
渋々頭のキノコ郡を取ったティナは入れてあげることにした。
「それとアル、お前いつから飯食ってねーんだ?」
「昨日食堂でパン食べてから」
「洗濯、掃除、それと荷ほどきは?」
「…………」
放っておけば三日と生きられないのがこの男アルだ。今まで何度も生活能力は鍛えたつもりだったが、結果この様である。
「だからお前の嫌いな虫とかよく出るんだよ」
「困った」
「こりゃ連休中にお前んとこ行かねーとな」
「懐かしいね。入学前も私とリュウの交代制で三日に一回アルの部屋に行ってた」
「入学してもあんま変わんねーよ多分」
良い匂いのするリュウの部屋へ徐々に足が動いていく二人。これから待つであろうたくさんの試練に目を塞ぎたくなる思いだったが、仕方がないとリュウは割りきって二人を招き入れた。
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