04 赤髪青目の新入生④


 * * *


 翌日、遂に入学さえも覆されてしまう試練とされる授業が始まろうとしていた。

 朝の出席も、一日の予定の連絡も、全て第二修練場で済ませた。それは勿論効率的だから。朝から緊張感に包まれたリュウ達を差し置いて、シエラは纏う覇気を弱めずに用紙を持ってきた。


「【魔法球スフィア】に属性を付ける場合、詠唱も変えねばならん。初回だから三回まで挑戦していい。順番は昨日の測定の時と同じだ。それじゃ、開始」


 心の整理も、魔力の乱れも直すことができないまま、始まってしまった。

 最初に呼ばれたのは、前日に風属性を発見した女子生徒だった。内気な性格なのか終始うつむき、まともにシエラの顔を見ることが出来ていない。魔力の流れも不安定で、目の前まで来ている「退学」の文字に気圧されていた。


「“聖なる風よ、我が命に従い敵を討つ球となれ”」

魔風球ウィンド・スフィア


 女子生徒の手のひらに集まった風属性の魔力。性格とは反する鋭利で細い魔力だった。丁寧に丁寧にそれを丸くしていき、いつのまにか小さな球体が完成していた。


「鋭い風属性だな。切断に特化したその属性をよく表している。合格だ」


 シエラの言葉が女子生徒に届いた。

 安堵から魔法は消えてしまったが、一人目の成功は次なる発破となっていった。それからは、スタートダッシュの成功が影響し皆が一度で成功していった。

 中には、戦闘の応用にも効くような高い威力のものを発動させている者もいたことで、この学園の本当の実力を全員が思い知った。


 ここは王国一の魔法学園。

 一度目に失敗をしたとしても、まだ余裕の残されている二度目で修正する。この時点で三度目の挑戦をするものは一人としていなかった。この程度の試練など造作もないということを見せつけ始めた矢先、遂に順番はティナへとやってきた。


(緊張するな~)

「ティナさん頑張って!」

「頑張れティナさん!」


 男子生徒の野太い応援を背に前へ出た。しかし緊張は収まらなかった。


「失敗すんなよティナー」


 リュウの声も聞こえた。


「誰に向かって言ってんの」


 面と向かってリュウに言い返したことで、ちっぽけな緊張は完全に無くなった。


「“聖なる水よ、我が命に従い敵を討つ球となれ”」

魔水球アクア・スフィア


 それは、一つの水滴から始まった。

 己の内に漂う魔力を水と変え、荒ぶるような奔流を捉える。激しい渦を巻いている魔力が制御されていくことに、彼女自身の笑顔が増していく。

 たった一滴の水滴が手のひらに現れ、空中に浮かび上がる。ふわふわゆらゆらと形をいびつに変えていき、気づけばその大きさはティナの顔ほどになっていた。


「完全詠唱。あれは見た方がいい」

「わかってるよアル。俺も久々だ」


 ティナの水魔法は、不純物の無いものだった。光の反射を極限にまで押さえ込んだ結果、本来あるべき魔力の濁りもない。透き通り、まるで昨日の水晶のように周りを見渡せる。

 綺麗な球体となったその水は、いつしかティナの背丈をも超えていた。たった一滴のそれから、いつの間にか膨れ上がり、やがて何も見えないという一つの芸術を生み出した。


「完璧だな。やはりお前の魔法は別格のようだ。」


 シエラが知る限り全生徒中最高の【魔水球アクア・スフィア】だった。球体型を維持するために中で一定方向に水が流動しているはず、だというのにブレは無い。


「はい、ありがとうございます!」

「次、アル・グリフィン」


 アルの番もやって来た。人との会話は億劫で、目立ちたくはない。その性格から何でもそつなくこなす癖がついた。


「“聖なる光よ、我が命に従い敵を討つ球となれ”」

魔光球フォトン・スフィア


 薄く弱い光が手のひらに現れた。明滅を繰り返しながら大きさを増していき、比較的制御し易い三十センチ程度の大きさになる。

 そこで留まった【魔光球フォトン・スフィア】は、平均的な光の球として完成した。平均的で失敗のない光。扱いは難しい属性だが、可もなく不可もないコントロールは、アルならば簡単だった。


「よし、お前も大丈夫だ。丁寧なのはいいが、もう少しくらい強めてみても良かったがな」


 シエラの深に迫る言葉は、胸中を見透かされたような気がするため苦手だったアル。そそくさと自分の座っていた位置に戻った。


「次……で最後だな。リュウ・ブライト」


 遂にリュウの番が来てしまった。


『いい? イメージが大事なの。リュウの炎なんだから制御できないなんてことは無いのよ。落ち着いて、魔力を肌で感じ取って、ゆっくりゆっくり丸くしていく。それで完成よ』


 ティナのアドバイスで、特訓は効率よく進んでいった。


『リュウは魔力が多い。だから、威力を抑える』


 短いながらもポイントを突いたアルの教えが、後から効いてくる。昨夜の特訓を何度も何度も思い返しながら、リュウは前に出た。


「“聖なる炎よ、我が命に従い敵を討つ球となれ”」


 苦手な詠唱暗記も昨日の内に叩き込まれた。


魔炎球フレイム・スフィア


 抑えながらも爆発させるように、魔力は右手に集まった。現れた炎を丸くしていき、そして楕円となって爆発する。


「ぬわっ!」

「失敗だな」

「最初はしかたねーし!」


 盛大に転んだリュウはすぐに起き上がり、先程の感覚を思い出す。


「“聖なる炎よ、我が命に従い敵を討つ球となれ”」


 次はもう少し出力を抑え、変わりに魔力を止めどなく流し込む。先程が質よりも量だとしたならば、今回は量よりも質だった。


魔炎球フレイム・スフィア


 結果、再び爆発した。熱気が届いてしまったのか、クラスメイトの集団はリュウよりもかなり距離を取っていた。


「失敗。次でラストだ」

「や、やべー……」


 非常な「退学」の二文字が目の前まで迫ってきた。


(出来なかったら退学、出来なかったら退学、出来なかったら退学!)


 わざわざ三回も確認して、自分の首を絞めていく少年リュウ。

 馳せる思いで見つめていたこの古城。やっとの入学も、目の前に小さな球体を出せないだけで取り消されてしまう。それは、ここまでやって来たすべてのものにとっての非常な宣告となる。


「はぁ~、ふぅ~」


 深呼吸をしてから、詠む。


「“聖なる炎よ、我が命に従い敵を討つ球となれ”」


 炎属性、完全詠唱。必死に練習したその魔法。リュウにとって初めて魔法と呼べるようなものとするべく、中級の階段を駆け上がる。

 自分の全てをぶつけて、そして発動させたい。しかし、現実は非情だった。


(……丸くならねー)


 溢れ出る魔力が多すぎて、まともに球状にすることさえできない。細かなコントロールの苦手なリュウは、手も足もでない状況に陥った。


(……このままじゃ、リュウが!)


 焦る想いはティナも同じだった。そして、反射的に体が動いてしまった。


「リュウ……」


 小声で名前を呼んだティナ。高めるは魔力。

 リュウの放出した魔力をティナが制御しようとしたのだった。ティナ自身の魔力で丸みを作り、リュウの手のひらの炎を立派な球体にしていく。それは、云わばテストにおけるカンニングであり、他者の補助は実力を測るには至らない。


「“風紋刻みし標榜”」

魔力妨害グレイバ


 空気中の魔力の流れを乱す魔法が直後に放たれた。


「リュウ・ブライト、今すぐ魔法を解け! そしてティナ・ローズ、今すぐお前も魔法を解け!」


 リュウの魔法失敗と、ティナの不正を見抜いたシエラが、事を一気に収束させた。


「え? 俺今丸くなったじゃん」

「お前の魔法はお前の制御を外れて、成功した。お前自身があのまま続けていれば、間違いなく魔力が暴発していた。あれは失敗だ」


 完成したはずの【魔炎球フレイム・スフィア】だが、リュウは何が起こったのかに気づいていない。


「え、え? 嘘だろ?」

「嘘ではない。中級魔法【魔炎球フレイム・スフィア】発動失敗だ」

「ま、待ててって。ならもう一回やってみるよ」


 リュウは再び魔力を高めようとしたが、シエラの一喝によって止められた。何をしようにも、既に魔法発動に収まる問題では無かった。


「もういい下がれ。それよりもティナ・ローズ。お前自分が何をしたかわかっているのか!」

「ティナ? ティナが何したんだよ、変なこと言うのやめろよ」


 リュウの反論も虚しく、ティナは俯いた。シエラの全てを見透かした瞳に為す術が無くなった。


「お前の全荷物を纏めろティナ・ローズ。この学園から出ていけ」


 シエラは一つの魔法を使った。それは、昨日に見た転移魔法の魔法陣展開だった。ティナのいるこの第二修練場から、学生寮へ行けるように魔法陣を展開した。地面に描かれたそれに乗れば、ティナは学園での全てを終えることになる。


「なあ、どういうことだよシエラ! ティナはちゃんと成功させただろ!」

「お前はまだわからないのか。お前が失敗した魔法を、ティナが制御しようとしたんだ。これは明らかなる不正行為だ。正式な通達は後日送る。今はおとなしく実家へ帰れ」


 やっと分かった事実だったが、リュウには納得できない。たとえ自分が退学を突きつけられたてしても納得は出来るが、ティナの退学命令が正式に出されることとなった今の言葉を、納得したくはなかった。

 目の前で退学を宣言されたという事実が、他のクラスメイトを動揺させ、さらに恐怖感を煽っていく。


「この学園を卒業したものは将来必ずと言って良いほど出世する。私は、だからこそそのような社会のクズを送り出してはいけない。それが、私が教師として出来る唯一のことだ」

「ふざけんな! だったらなおさら約束は守れよ! 俺が失敗したなら俺を退学にしろ。ティナは成功しただろ!」

「それは駄目だよリュウ」


 俯いたままだったティナが止めようとする。瞳に溜まった涙を拭き取る素振りも見せず、真っ先にリュウの服の袖を掴んだ。


「俺にもっと才能があったら、ティナにこんなことさせずに済んでいたんだ。悪かったな」

「何で謝るのよ!」


 大粒の涙を、リュウの服の袖に垂らしてしまった。それでも、リュウのその言葉を止めたかった。行ってしまいそうな炎のようなリュウを、引き止めたかった。


「本当にお前が退学するということでいいんだな?」


 しかし、シエラはそのようなことに動じない。駄目なものは駄目だから。


「ああ、世界一の魔導師になる夢はどこでだって叶えられる」

「お前のその場かぎりの決意が、後悔を招くぞ」

「そんなの知るかよ! 後悔するかなんて今わかるわけねーだろ! 俺は後にもしねーよ!」

「本当にいいんだな?」

「良いって言ってんだろクソバ──「誰がクソババアだ!」


 拳骨が落ちた。広い第二修練場に鈍い音が反響し、その場にいたシエラは以外の全員が固まった。そして、シエラは少しの笑みを浮かべた。


「合格だ。それと、私はまだ二十七だからな」

「え?」

「は?」


 勿論年齢に反応して間の抜けた声が出たのではない。


「この試験で見るものは魔法の出来不出来ではない。この試験で試されるのはお前達の心だ」


 シエラはそう言いながら、全員分の記録をした用紙を燃やした。


「この学園に入ることの出来る生徒は、皆幼少の頃より才に恵まれている。今年はそうではない者もいたようだが、必ず野心はある」


 リュウを直視していた。そうではない者、だ。


「だからこそ、今まで挫折などとは縁も駆け離れ、無駄に温い生活を送ってきた。試練が試練では無くなっているのだ。だがここでは簡単に挫折し、社会に一歩出ればそんなことが起こる前に死んでしまう」


 軽く息継ぎをするシエラ。そして目付きは鋭いものへと移り変わった。


「だから私は、その辛さを教えなければならない」


 魔力さえも込もった重い言葉。


「この世界は理不尽だ。魔法を上手く扱えなければ死んでしまうほどに。だがそれが全てではない。目の前で簡単に潰される人間に、お前達はどう関わる。魔法の理不尽にどう立ち向かう。それを教えるのもまた、魔法学園にの責任だ」


 卒業をすれば、就職が待っている。軍に入ったとしても、フリーで魔物退治などの依頼を請け負うにしても、身の危険は絶えない。そのために使うのが、この世界では魔法に当たる。


「お前達の未来は私が決めるものではない。お前達の未来はお前達でしか決められない。だから私がそれまでの手伝いをしよう」


 そう言うと、シエラはハンカチを出しながらティナへと寄った。私ながら笑いかける。


「個人的にだがティナローズ。私はお前の行為には反対だが、心持ちに関しては立派だと思う」


 次はリュウだ。目付きは鋭くなるが、先の年齢の件に関して根に持ってはいない。


「リュウブライト。お前は、いい友をその年で持てていることに感謝しろ。お前の魔法はその炎だけではない」


 そして、クラスメイトの集団へと体を向けた。そろそろ予鈴がなると時計を見ながら前置き、明日の予定について話す。


「この魔法の“属性付与”のコツについては明日の授業で教えていく。明日も全員揃ってこい遅刻するなよ」

「ん? 属性付与のコツ? 俺そもそも【魔法球スフィア】が出来ねーんだけど」

「なら、明日までに出来るようにしておけ。流石にそれは無い」

「無い! マジか!」


 問題だらけのリュウ・ブライトの物語はこうして幕を開けた。どうしようもない運命を背負った赤髪青目の少年の、ちっぽけな英雄譚を、語らい謳うものがそこにはいる。

 魔法は苦手、けれども夢は世界一。

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