06 ティナの美的センス


「んで? 用があるからわざわざ来たんだろ。告白か、それとも殴り合いか」

「いつから私は情緒不安定になったのよ」

「そんなのいつもだ──グヘ!」


 入学式以来に背中に紅葉マークを叩き込まれたリュウ。飲み込みかけた目玉焼きが出そうだった。


「ちょっとお買い物に付き合って」


 小首を傾げ、ウィンクを飛ばし、手首をくねんと曲げて、後は少し顔を寄せる。


「アル。どうした? 熱でもあるのか?」

「そうらしい。リュウも顔が赤いよ…」

「あんた達、世間ではそれを仮病って言うのよ」


 先に動いたのはリュウだったが、すぐに抑えられてしまった。


「なんで俺らが行かなきゃいけないんだよ!」


 ティナが買い物に誘う時、大抵の場合リュウ達は酷い目にあってきた。街の隅から隅を三往復させられたり、日暮れまで下着ショップに捕らわれたり、試着室管理人と呼ばれるほど多種類の服を着せられたりなどなど。

 それはリュウとアルの心に深く傷を残すには十分で、以来まともにティナを交えて買い物には出ていなかった。

 だと言うのにこのタイミングで、完全に顔を合わせた状態で面と向かってその話を聞いてしまった。この状況でまともに逃げおおせるとは思えず、必死で二人は頭を働かせるが結果浮かんだ答えは一つだった。


「いいじゃない。食材とか魔導書とか授業で使うものとか買いたいの」

「なら……」

「なら……」


 自分は行きたくないが誰かは行かねばならない。三人揃って行く必要も無いのだから、答えは決まっていた。つまりは先手必勝である。


「なら無理だ。今日は学園に呼ばれてて」


 無口でクールで虫が嫌いで生活能力の低いアル。しかし頭の回転は速く、学年トップの頭を持ち合わせているだけはある。


「ならリュウお願い」


 勝負はこれで着いたも同然だ。ティナの気持ちは知っている。この状況から自分に矛先が向くとも思えないと、アルはほくそ笑む。


「何で一人で行かないんだよ」

「どうせ暇なんだからいいでしょ」

「暇じゃねーよ。植物に水やったり、洗い物しなくちゃなんねーし、それにほら課題とか?」


 リュウは悪い頭で必死に考えるが、逆に自分を追い詰めていた。ティナはにこりと微笑みながら魔力を高めていた。


「植物の水やり?」

恵みの水ウォータ


「洗い物?」

泡踊りバブル・ダンス


「課題は……まあ何とかなるわ」

「そこはやってくんねーのかよ!」


 ことごとく即興で作り出した問題は解決され拒否権は既に無い。もう何をしてもどんな抵抗をしても無駄なのだと悟ったリュウは、嫌々支度を始める。


「良かった、荷物持ちよろしくね!」

「やっぱそれか」


 この調子では次の日の筋肉痛は免れないなと諦める。だからこそ誘ってきたのだろうと、見え見えの考えに踊らされている自分を呪った。

 既に外出に最適な時刻になっている。気を使ったアルは、言い替えれば巻き込まれないようにしたアルは、帰る準備を整える。


「俺は行く。リュウ、がんばって」


 そう言うとアルは清々しい表情で部屋を出ていった。


「ちくしょう、逃げやが───」

「逃げる? どういう意味?」

「……よ、よし! じゃあ俺らも行くか。張り切って行こうぜ!」


 こうなってしまえば最早ヤケクソだ。リュウにとってティナの買い物に付き合うと言うことがどういうことかわかるだけに、それ以降の思考は停止した。


「うん! なに買おうかな、迷うな~」


 ティナは、そんなことを話しながらリュウと共に寮から街に出た。


「最初は何買うんだ? プロテイン? ボディービル入門書?」

「つまらないボケはやめて。まずは魔導書を買いにいこうかな。その後食材買うつもり」

「そっか、じゃあアイツんとこか」


 * * *


 ステラにデートなのかとからかわれながら街に出たリュウ達は、目的の店へと歩を進める。

 イデア国の首都アルティスの街並みはとても美しい。

 景観に合わせるために受け継がれる建物からは、洗濯用の紐が家々を繋ぐ。整備された敷石の道の露店商は賑わいを見せ、街に住む人達の足をこれでもかと止めていく。

 魔法を使った大道芸人は大広場の噴水に集まり、魔力の結晶を飛ばし合う。街の至るところに植えられた住宅よりも高い木々には日光がよく当たり、緑の癒しを人々は楽しんでいる。

 洗濯物の半数は葉っぱだらけとなっている。空中に浮かぶ魔晶石の気球が今日一番のニュースを伝えたかと思えば、いたずらされて花だらけにされる。

 下らない言い争いをしている子供たちにまほうをかける大人もいれば、飛び出すチョコレート『ロケットチョコ』の餌食に合うものも。

 休日ということもあり、街はお祭り状態とあった。四方八方から集客の言葉が飛び交うこの街はリュウがまだ小さい頃から見慣れた風景だ。

 そんな、馴染みのある街、リュウ達は迷わず目的の店に到着した。リュウ達は表に『マジックショップ』と書かれていた、いかにもありきたりな名前の店に入る。

 この店に来ようとすると、いつも違う道を通ってしまう。何故か一度たりとも同じ道では辿り着けない。来ようと思わなければ存在すら覚えていない不思議な店。

 しかしその実は、屋根も壁も、強いては先の看板も薄汚い店だ。外見もそうなのだが、内観はさらに汚く、お世辞にも入ろうと思うような店ではない。

 何年も掃除をしてないのであろう、埃がそこら中に舞っている。それでも、品揃えは王国一と言っても過言ではない所ではあるのだ。


「ヒッヒッヒ、いらっしゃい……」


 リュウ達が店内に足を入れると、おもむろに声がかかった。しわがれた声には嫌な笑いが含まれている。


「ようリスティア。今日はVIP待遇で頼むぜ」


 薄暗い店内でもさらに闇に染められた場所。そこには一人の老婆が膝掛けをしながら座っていた。白髪にしわしわの顔と、不気味さは一段と高い。


「……なんだい、あんたたちかい。また店を荒らされるなんて御免だよ」

「このリュウ様が店を荒らすだって? あり得ねーな」


 リスティアはそんなリュウの言葉を聞き顔色を変える。どっこいしょと声を漏らしながら立ち上がると、まるで威嚇する猛獣のようにリュウを睨み付けながら、迫ってくる。


「一ヵ月前うちの店の棚を壊したのは誰だい?」


 声を低くし、威圧感が増したリスティア。それに気圧されたリュウは思わず後ずさる。心無しか少し背が縮んだようにも見える。


「あんた、他にも店壊してるの忘れたのかい? 有名人なんだよ……」

「それは悪かったよ!」


 リスティアはまた椅子に座ると、リュウに説教を始めてしまった。そんなことには目もくれずティナは、棚の商品の前でブツブツ言いながら、目当てのものを選び始めた。


「これと、これと……」

「早くしてくれよティナ~」

「あんたは今説教中だろ。余所見すんじゃない」

「あ、リスティアさん。水の魔導書、他にありますか?」


 ティナは魔導書関連の本棚を指差しながら、リスティアに問いかける。


「知らないね」

「そんな~」


 この店は大きさこそ小さいが、棚がたくさん設置されており、さらに、一つ一つにみっちりと商品が詰め込まれているため、リスティアに聞かなければ見つからない商品もある。


「これかな? あ、違うわ。「グレムリンと仲良くなる方法」だって」

「……三段目の奥の方にあるはずだよ」

「え、ホントですか? ありがとうございます!」


 リスティアの話を最後まで聞かずに、ティナはホコリを舞い上がらせながらその棚まで走り出した。


「最初から教えてあげりゃいいのに」


 リュウが呆れた様子で言う。


「あたしゃ若い女が嫌いなんだよ」

「店に入れたくせに」


 リスティアの魔法か、はたまた別の何かか。この店は何でも揃うが辿り着けない時がある。今日は偶然辿り着けただけに、最早リュウの勝ちは(何に対してかは不明だが)決定した。


「あの子はいいんだよ……」

「あっそ」

「あった!」


 そう聞いたリュウはその声の方へ顔を向けた。そこには辞典並の分厚さの本を手に持ったティナがうれしそうに笑っていた。


「リスティアさんありがとう! これください!」

「千五百ゴールドだよ」


 ティナは言い値ピッタリでその本を買い、店を出た。


「じゃあなリスティア。こんどは俺も買いに来るよ」

「フン、どうか店を荒らないでおくれ」

「おう! 今度はアルもつれてくるぜ」


 リュウはそう言うとティナを追いかけて、店を出た。


「待てよティナ」

「リュウ遅いって。次は食べ物買いに行くよ!」

「分かっ──「わあー! きれい!」


 リュウの言葉を真っ向から遮り、ティナは一つの店の展示用のガラスケースの中を見つめ大きく驚く。

 そこには大小様々な石が展示されていた。その一つ一つが様々な色合いを見せており、なかでも水色に光輝く石にティナは注目していた。


「なんでこんな光ってんだ?」

「基本属性の魔力を溜めることのできる石だから。水属性だから水色に光るのよ。授業でやったでしょ?」

「なんだ、ただの魔力の光じゃねーか。そんなら俺だってできるよ、ほら」


 そう言い、リュウは人差し指を一本立てその先に炎を灯した。それは悲しくも、数ある展示用魔晶石のうちの一つと同じ色をしていた。


「夢が無さすぎよ!」


 ティナは隣を歩くリュウから距離を取り、足早に次の店へと行ってしまった。理由のわからないリュウは首を傾げ、ティナを追いかける。


「食材はやめて、先に筋トレ用のダンベルと、手足につける重り買うから!」

「待て待て待て待て。お前それ誰が持つんだ?」

「あんた以外誰がいるのよ」


 清々しい笑顔で繰り出された言葉に思わず声が出なかったリュウは、奥に潜む侮蔑の目と共に悟った。これから待つ地獄に対しての心の準備は万全だ。


「さ、行こう!」

(帰りてー!)


 リュウ達はお互いのテンションが全く違う中、次の店へと入った。小さいが、品揃えの良いスポーツ用品店だ。


「わあー、これかわいい!」

「なんだそれ」


 ティナの手に収まっている鉄の塊。両端に球体が付いているそれは紫とピンクのストライプが売りの鉄アレイだった。


「趣味悪いよ。やっぱこれだろ」


 リュウの手にあるのは、赤と茶色が見事に喧嘩してしまっている、水玉模様が特徴の鉄アレイだ。


「リュウこそ悪趣味ね!」

「うるせー」


 最終的には何の変哲もない鉄アレイと、さらに違うおどろおどろしい模様の鉄アレイを買い店を後にした。

 

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