邂逅

「ちょっと皆さん! むこうに敵が来てますよ!」

 淡々と今日何度言ったか解らない定型文を吐き出しながら、カルロスは目の前に居る五人で固まって小隊を組んだ兵士達の元へと向かう。兵士達は声の主が自分達と同じ服装をしていることが解ると、早足でそこへ駆け寄ってきた。

 吐き捨てて空気に溶けるだけの言葉の内容など、どうでも良かった。

 ただ近付くことさえできれば、油断させることさえできれば。

 それで事足りる。

 腹に突き刺さった拳の力を受けて、何が起きたか理解できないままに一人の兵士の体が宙に浮く。左の拳を突き出した体勢から大きく体を捻って右手を繰り出し、別の兵士の頭を掴み壁に叩きつけて抽象的な赤い絵画を作り上げる。

 宙に浮いていた兵士は全身の力が抜けてしまったかのように無様に床に転がり、その瞬間に胸の中心を踏み抜かれて肋骨が肺を穴ぼこにする。


 カルロスがそこまでの行為をやってのけたところで、兵士達はやっと目の前の人間が敵だと認識した。

 だが、それでは遅すぎる。

 慌てて剣を構えた兵士の喉仏に拳を叩き込み、沈黙させる。ぐったりと死んだように動かなくなったそれからサーベルをもぎ取り、右手に構える。

 やっとの事で左から斬りかかってきた兵士の斬撃に被せるように、右手に持った刃を閃かせた。

 型も踏み込みも無くでたらめに放たれたそれは、空気を大きく裂きながら相手の刃にぶつかり、光を散らす。刃と刃をぶつけるという本来やってはならない行為に、兵士が目を見張る。

 力に耐えきれなくなった剣は無残に折られてその役目を終える。だがその頃には既に、カルロスの手から柄は離れていた。

 目の前で呆然とする兵士の服を掴み、カルロスは自分の正面に来るように引っ張る。あまりの力に多々良を踏んだ兵士、その体から酷く赤い物が舞った。

 それは、残ったもう一人の兵士の斬撃を背中で受けてしまったからである。先程とは逆に前に倒れ込もうとする兵士の腹に、カルロスは大きく振りかぶった右肘を叩き込んだ。


 もつれるように絡み合い、赤い液体でドロドロになりながら二人の兵士は床に転がる。重なった二人分の厚みを踏みつけながら、カルロスは無理にかがんでサーベルを奪い取る。

「では、お別れですね。まぁここで貴方が実は女性でしたと言うのなら生かしておいてあげてもいいですけど」

 酷く場違いな事を淡々と言いながら、しかし返事を待たずに重なった人肉の左胸に、恐らくは心臓がある部位に深々と刃を突き刺していく。ズブズブと沈み込む刃は何か硬い物に当たってその動きを止めた。

 また、新たなる獲物を探そうとカルロスは駆け始める。力強い疾走はそれに見合った音を立てなかった。

 曲がり角を巡り、階段へと続く通路に差し掛かった矢先、そこに佇む一人の兵士を見つける。ぼうっと立っている姿を長い金髪が彩り、血生臭い景色を切り取ったように変えていた。

 が、それに構わずカルロスは拳を構える。もはや声を掛ける必要は無い、一瞬で片はつく。


 はずだった。


 突き出された拳は空を切り、一瞬体が触れあったかと思った頃にはカルロスは宙を舞っていた。あと少しで階段から転げ落ちるといったところで何とか受け身をとる。

──一撃で仕留めるつもりだったんですが、なんですか今のは。

 驚きを隠せないといった表情で、カルロスは黄金を纏うその人間を見やる。淑やかさと華やかさを兼ね備えた顔立ちは、紛う事なき女性であった。年齢は若く最も女性として輝く年齢とも言えるだろうか、少なくとも戦場に出るような年齢には見えなかった。

「ありゃ? そんなに不思議そうな顔してぇ。驚くような事だった?」

 道端で偶然知り合いに会った時のように、彼女は調子の外れた声を上げる。

「勿論。不意打ちを今まで躱された事は無かったと思いますし、何よりここまで見事に投げられる事は無かったですから」

「今のが不意打ちなんて冗談キツいよぉ。殺気が凄かったし、何より私と同じ匂いがしたし」

 ぶっきらぼうで色のない声と、常に愉快極まりないと言っているような声がぶつかる。自然体で佇む彼女とは逆に、珍しくカルロスは隙が生まれないように構えていた。

「そんなに匂いがしますかね? 血は浴びないようにしたつもりなのですが」

「うん、するよ。血の匂いじゃなくて、私と同じヒトゴロシの匂いが」

 薄く、直視すれば思わず見とれてしまいそうな表情で彼女は笑う。故に放たれた言葉は現実感をまるで伴っていなかった。


「そんな匂いしますかね? 私はそんな匂い一度も……」

「うるさいよ。ご託は良いから速く始めようよ。やっと出会えたんだから」

 ニコニコと太陽のように笑みながら、彼女は、

「じゃあ、こっちから先に殺っちゃうよぉ!!」

 どす黒い言葉を口から滴らせる。

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