決闘

 気安く触れれば切れてしまいそうな、鋭利で重い雰囲気が漂う。

「コナー。お前には聞きたいことがいっぱいあるぞ」

「おや? 戦う前に敵に話しかけるような人間でしたか? 貴方は」

 コナーが挑発するように言葉を返す。それはまるで、ラリーが15年前と大きく変わってしまったことを意味するようで、彼の心を蝕んだ。

「……なんであの時裏切った?」

「最初から貴方たちを殺すつもりだったのですが、それは裏切りと呼びますか?」

 ラリーの問いを受け流すように飄々とコナーは答える。その態度に、ラリーは怒りで歯を食いしばっていた。何かと何かが擦れる気分が悪くなるような音が、そこから生まれて零れた。

「何ですか? そんな表情をして。どんなことを答えようが私が貴方の敵であることに変わりは無いでしょう。私にどんなに重大な理由があろうが、それが貴方の大事なものを奪って良い理由にはなりませんからね」

 淡々と言う言葉は挑発なのか、それとも贖罪の表れであるのだろうか。

「ですが、私はそれをやった。そこに理由など関係ないでしょう。私は貴方を斬るべきで、貴方は私を斬るべきだ」

 並べる言葉に中身は無く、浮かぶ真意に色はない。だが、コナーの表情には深い愉悦が刻まれていた。

 さぁ、速く戦いましょうと言わんばかりに。


 コナーが、レイピアの鍔に中指と人差し指を掛けて柄を挟むように持ち直す。まるで腕から直接剣が生えたかのように装飾が手首を包み込み、鋭い刃を固定する。薄く身を開いて、自らの得物を隠すように半身になった。そして全身から力を全て抜いたかのように両手をぶら下げ、上半身をだらけさせる。

 構えているのかそうでいないのか、まるで解らない立ち方。迷うようにふらふらと漂い、床に触れそうで触れない剣先には、不思議と隙という隙が無かった。

 ラリーはもう言葉を返さずに、静かに大剣を構えた。今までの構えとは違い、大剣を担ぐように上段に構えてから、身を落とす。互いの威圧に間の空気が圧迫されて、大きく呼吸をすることすら隙となる。


 先に動いたのはラリーの方であった。

 たわませた義足を炸裂させ、コナーの元へと大きく跳ねる。が、その動きを予期していたかのようにコナーがレイピアを跳ね上げる。

──速いッ!

 その構えからは想像できないほどのスピードの剣速で放たれたレイピアの剣先は、凶暴的な曲線を描いてラリーの喉元へと向かう。ラリーはそれを間一髪、床に無理矢理義足を着けることで体を捻り、躱す。

「ウォォォォオオオオオオオオオッ!!」

 鬼のような形相で放たれる、ラリーの雄叫び。それと共に大上段から振り下ろされた大剣は、持ち主の殺気を纏ってギロチンの様にコナーを襲う。

 が、それは引き戻されたレイピアの腕甲によって受け流された。生まれた大きな隙を逃さず、コナーの左の拳がラリーの腹に突き刺さる。

 グッ、と押し出された息を吐きながらラリーは後ろに跳ぶ。逃がすまいとコナーが床を蹴り、引き絞った右手から凶器の閃光を走らせる。

 無様な体勢のままラリーはその一閃を峰で受ける。ぶつかった鋼鉄と鋼鉄は音と火花を弾けさせ、その持ち主へと衝撃を伝えた。


 それによって完全に上体を崩し、後ろに向かってラリーは転がる。対して上手く衝撃を逃してレイピアを構えたコナーは、薄く唇を吊り上げた。

 ハッ! という裂帛の気合いと共に、コナーはラリーの元へと駆ける。転がっていたラリーは立ち上がると共に、コナーが放った全力の突きを大きく上に弾いた。

 二撃目を考えなかった必殺の一撃は、それによって大きく逸れる。力を放ちきった体に次の行動への準備は無く、一瞬、体が固まっていた。

「ウオォオァアアアアアアアアアアア!!」

 弾いた大剣を大きく頭上に構え、ラリーは大上段から大剣を振り下ろす。大きすぎる隙を見せたコナーに、それを躱す術はなかった。

 激しく空気を纏い、切り裂きながら刃は迫る。太く隆起した腕は怒りをそのまま力に変えた様に猛り、その雄叫びの様に風切り音が鳴った。

 が、その怒りは所詮その程度だったと示すように、唐突に刃が止まる。

 驚きの表情でラリーが刃先を睨む、その刃は深く、されど両断することなくコナーの左腕を肘あたりまで両断していた。

──左腕を丸ごと犠牲にした!?

 先程のコナーの写し鏡の様に、ラリーの時間に虚ろな物が割り込む。そこに、コナーの渾身の蹴りが突き刺さった。


 ガハッ! と空気と共に体に籠もっていた力を吐き出しながら、ラリーが後ろへ転がる。直ぐさま受け身を取ったが、蹴られた腹が疼いて上手く全身に力が行き渡らなかった。

 コナーは追撃を行わず、ゆらりと体をたゆたわせながら右手を下げて半身に構える。だが最初の構えとは違って、ゆっくりと腰を下ろして獣のような前傾姿勢となる。割れた左手はだらんと下げられて白い何かが覗く。血に染まる姿は死体のようでもあった。

 それを上から押しつぶすように、ラリーは再び大剣を上段に構えた。深呼吸するようにゆっくりと息を吐き出し、殺気を放つ。互いのそれがぶつかり合って生まれた緊張感は、血の臭いが混じってより異質な物となった。

 再び、コナーが足に溜めた力を爆発させてラリーの元へと跳ぶ。その引き絞った右腕を見て、ラリーは来る突きを峰で受け止めようと大剣を捻った。


 が、その読みは間違っていた。

 左足で踏み込んだコナーはその足を軸にして勢いを緩めず体を回転させる。本来隙が大きすぎるその動きは、この場においては最高の布石となった。

 力強い右足の踏み込みによって放たれた流麗な弧の軌跡を描くレイピアを、ラリーは大剣を強引にずらして受け止める。薄く火花を散らして、それぞれの得物が跳ねる。

 互いに生まれる大きな隙。それを埋める動きは無い、筈だった。

 回す体の勢いを緩めずにコナーは左足を踏み出す。

 その行動の真意が掴めず、ラリーは大剣を戻すことに意識を集中させる。が、その視界に一つの鮮烈な色が舞った。

 その色は赤。

 血に染まり、濡れ、制御の効かなくなった左腕をコナーは体を使って無理矢理振るう。ベチッと湿度の高い音を立てながら、左手の甲がラリーの頬を打つ。

 それで充分だった。

 ラリーの顔の向きが一瞬、横へ揺れる。コナーの握るレイピアには、既に力が込められている。

「ハァアアアッ!」

 珍しくコナーが吼えた。

 咆吼と共に放たれたレイピアは、倒れ込むように後ろへと跳んでいたラリーの胸を掠める。皮膚の表面が薄く裂けていた。


 二人の距離が、再び大きく離れる。

──貫いた訳では無いのですか……まったく、傷が浅すぎます。左腕の出血も危ないですし。まぁ速さでは勝ってますからね、勝機はありますが。

 心の中で毒づきながら、コナーは静かにレイピアを構え直す。使えない左腕を庇うように、今度は右腕を前に突き出していた。

 荒く息を吐き出しながら、ラリーは大剣を中段に構える。が、その瞬間にはコナーは床を蹴り出していた。

──速い!

 細かい捻りで爆ぜる突きをラリーは細かい動きで防ぐ。

 まるで絵画のように、レイピアの剣先が踊る。描く線は流麗に走り、突かれる点は鋭く舞った。

 右手だけで動かすにはやはり重すぎるのか、次第にラリーの顔が苦しそうに歪む。

 激しく描かれる光の軌跡はもはや常人に追うことなどできない程に加速し、嵐のように周りを彩る。


 そんな中。

 藍色の髪の毛をした、小柄で華奢な一見女にも思える青年が。

「ラリーさんッ!」

 戦場に、交じる。

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