愛してる

「ラリーさんッ!」

 言葉と共に、グラシャの胸に抱えられたそれは放られた。

 恐らく全力で走ってきたのだろう。頬は薄く上気して、肩は上下している。苦しげに顔を歪めているグラシャのその姿に、ラリーは一瞬、目を奪われる。なぜ、こんな所にグラシャが来ているのか。頭が疑問で埋め尽くされる。

 だが、放心しているラリーにレイピアの切っ先が迫った。

 それになんとか反応したラリーは右腕を強引に振るい、それを弾く。が、レイピアの凶刃は止まること無く右から左から、上段から下段からと容赦なく繰り出される。

 やはり一瞬の隙は大きかったのだろう。次第に大剣の防御がレイピアの剣速に遅れ始めた。

 ──王子を殺すべきか隊長を殺すべきか悩みましたが……こっちで正解だったようですね!

 レイピアを払おうと振るわれた大剣のバックステップで躱し、渾身の一撃を放とうと後ろ足に力を溜める。そして、その力を解放して踏み込もうとした瞬間。

 巨大な何かが視界を覆った。

 驚きに表情を歪めながら踏み込みを合わせてレイピアを振るい、それを弾く。開けた視界の中で、無防備に右手を伸ばしたラリーの姿が映った。

 ──得物を投げるとは、舐めた真似を。


 次の攻撃へと体勢を移し、コナーは全身に力を巡らせる。ラリーは未だ、右手を伸ばしたままだった。

 コナーが鋭く踏み込み、互いの距離が狭まる。

 その間に、グラシャの投げたそれが飛び込んできた。それに構うこと無く、コナーのレイピアが閃く。放たれた剣戟は幾重にも重なってラリーを襲った。

 が、そのどれ一つもラリーを捉えることは無い。

 コナーの剣速が驚きで緩む。その間隙を突いて、ラリーが新たに手にした得物を振るった。一旦大きく後ろに跳ぶことで、コナーはそれを躱す。

 ラリーが手にしたそれは、先程まで持っていたそれと似ていて、されど全てが違って見える大剣だった。

 刃の根元は幅広であるが、先端に行くほど気持ち悪い曲線を描いて集束する。長さ自体は今手にした物の方が若干長く見えるが、厚さは比べものにならないほどに薄い。長さと幅に対して全く見合ってなかった。

 全体は薄く黒ずんでいるように見えるが、刃の部分は白く光を弾いている。その黒と白の境目には、絵の具を完全に混ぜる前のような奇怪な模様が走っていた。

 ──軽いな。

 未だ纏わり付く布を大きく一振りして払いながら、ラリーは大剣を持ち直す。そして、グラシャが自分の背後に来るように立ち位置をずらした。

「どうしてこんな所に来たんですか。まさか、これを届けるためとかいう理由じゃ無いでしょうね」

「それもありますけど、アメリアさんから伝言を預かっているので」

 伝言、ですか? というラリーの声を遮るように、コナーの声が響く。

「元王子だ、殺せ」

 それは、新たにやってきた兵士達に指示を出す物であった。

「時間が無いので急いで言います。アメリアさんからの伝言です」

 焦って早口になりながらも、グラシャはしっかりと言葉を紡ぐ。大きく息を吸い込んでから、大きくは無いが通る声でハッキリと言い放った。


「愛してる、と」

 ──っ。

 瞬間、ラリーの思考が停止する。

 硬直したラリーに背を向けて、グラシャは別の部屋へと移動した。

 ──愛してる、だって? なんで今。

 雪が解けるように、停止した思考が少しずつ回転し始める。

 ──こんな時に言う言葉じゃ無いだろう。……いや。こんな時だからこそ、か。

「いきなり乱入してくるとは無粋ですね。調子が狂ってしまいましたよ」

 不満そうに口元を歪めながら、コナーは誰に言うでもなく言葉を溢す。

 ──全く。答えは生きて帰ってから聞くってか。アイツらしいっちゃアイツらしいが。

 小さく笑みを浮かべながら、ラリーは大剣を引いて半身になる。

「さて、武器が変わったところで、貴方が私に勝てるはずも無いですけれど」

 同じく、薄い笑みを張り付かせて、コナーはレイピアを構え直す。ただ、彼の言葉には間違いがあった。

 ラリーが丁寧にそれを訂正する。

「変わったのはそこだけじゃ無いぞ」

「へぇ……どこが変わったというのです」

 その言葉に半笑いを浮かべ、毅然とラリーが答える。

「戦う意義、だよ……!」

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