勝敗
放たれた得物が交錯して、金属がぶつかったとき特有の耳障りな音を立てる。
それも一瞬、次の瞬間には霞むほどの剣戟が閃き、刃が弾き、弾かれて得物の悲鳴が鳴る。
奇しくも、互いの手に握られた武器はとある最高の打ち手が作り上げた至高の物。武器の特徴に違いはあれ、完成度はほぼ同等。
技術、互いに奇怪な方向へと特化したそれすら大きな違いは無い。
ならば、この勝敗は何で決まるのであろうか。
「ッづぁ!」
コナーが全力を込めた一撃でラリーの大剣を払う。
速さでは彼に勝るはずも無い。だが、ラリーの持った大剣の一撃の重さが本来の速さを鈍らせる。
故に、速さも互角。
両手ですら手に余る大剣を片手で振るい続けてきたラリーにとって、いくら大剣とはいえこの程度の重さで剣速を下げるには至らない。
コナーの剣技は重心をあまり動かさず腕や肩を視点に立ち回るに対し、ラリーの剣技は義足の反発を含めた体重移動による一撃を旨とする。
「ハァッ!!」
よって、一撃の重さが違う。
ラリーの気合いと共に放たれた一撃に、思わずコナーは後退る。立て続けに放たれた大剣を、コナーは大きく弾くことで躱す。
その大振りな一撃に追従するように、コナーは体を大きく捻る。
一泊あってから鳴った音は先程とは段違いの大きさだった。
今度後退したのはラリーの方である。その隙に、コナーは逆方向へ更に体を捻る。
「何が……」
皮肉にも、その姿はたわんで力を溜め込むラリーの義足に似ていた。
「戦う意義だ!!」
先程とは比べものにならない風切り音を立てて、コナーのレイピアが奔る。
軽い点が主体の攻撃から、左右交互から襲う凶悪な線が主体の物へ。躱されればひとたまりもない隙を晒す攻撃。だが、ラリーに攻撃を躱すという択はない。
上体のバランスを崩すと言うことは即ち、義足のラリーには相手以上の致命的な隙となる。
「気持ち一つが変わったところで!」
コナーが体を大きく右に捻る。ラリーに躱す選択肢は無い。だからこそ、最大の一撃が刺さる。
「その程度で勝てると思うな!!」
ラリーを突き放す、全身全霊の突き。レイピアの本質を生かした、全体重を乗せた一撃。それを大剣で受けたものの、ラリーの巨体は大きく後ろに突き飛ばされる。
だが、その一撃は明らかに愚策。
レイピアの間合いとペースに抑えたならば、そのまま削り取るべきであった。いや、普通の剣士であったならば、距離が離れようが体勢を立て直しているうちに追撃が入るであろう。
だが、相手は四肢の無い異形の剣士。
突き飛ばされた力を全て推進力に変えんと、その義足は歪み、ラリーの巨体が大きく沈んだ。
コナーの激昂には答えず、ただその剣のみで証明しようと、ラリーは駆ける。
義足による加速が加わった最大の衝撃を、コナーは片手で何とか耐える。が、その上体は大きく揺らいだ。
だが、それで終わらない。空中で身を翻したラリーは更なる一撃を見舞わんと次の突進の構えを取る。先程の力全てを、また別の方向へと義足は変える。
マトモに反撃する余裕など無い。ラリーの一撃で勝敗は決する。
が、コナーは敵に背後を向けたまま、左の脇からレイピアの切っ先を突き出した。
気付いた頃には、ラリーの左胸をレイピアが貫いていた。だが、その程度では止まらない。
「うぉおおおおおお!!」
ラリーが猛り、必殺の大剣は振るわれた。コナーがレイピアから手を離し、体を返しながら大きく後ろに跳ぶ。が、明らかに遅い。
肩口から鎖骨を叩き割り、刃は胸元まで滑る。肋を砕きながらなおその刃は止まらず、コナーの鳩尾辺りまで切り込みを入れながらやっとその刃が体から離れた。
立ち止まった瞬間に、コナーが大きく吐血する。
「勝負、ありましたね……」
「ああ」
左の肺を潰したが、心臓を貫くには至らなかったレイピアを器用に引き抜きながら、ラリーは答える。
「お前、長いこと殺し合いはしていなかっただろう」
「おや。そうですね。訓練は軽い物でしたし」
「だろうな」
淡々と呟きながら、その声に残念そうな色を含んで、ラリーは答える。
「前のお前なら、この一撃で俺の心臓を潰していたかもしれんのにな」
「あら、それは残念ですね。ですが」
中途半端なところで切ったコナーに、ラリーは訝しげな目線を向ける。
「勝ちには、変わりありませんので」
血の失せた蒼白な顔で、コナーは勝ち誇った笑みを浮かべる。ラリーはそれに反論しない。
いや、反論などできなかった。
ラリーの巨体が床に伏せる。左胸の他にどこにも傷など無いはずなのに、死んでしまったかのようにピクリとも動かない。
「く……」
胸に大きく切り込んだ傷を押さえながら、コナーの表情が苦悶に歪む。
「手足を殆ど失っても生きてた奴も居るんです、この程度で」
奮い立たせようと呟くが、その足取りからは生気が感じられない。
が、巡回中の兵士であったのか、広間へと戻ってきた兵士がコナーの姿を見て駆け寄る。
「大丈夫ですか!」
「いえ、あまり──」
コナーがその兵士へと振り向きながら返答しようとする。
次の瞬間、猛烈な不快感に襲われた。そして走る激痛。胸元へ目を落とせば、胸の傷に兵士の手がねじ込まれている。見慣れない、鉄製の腕甲をしていた。
が、その腕も瞬きする間もなく視界から消えていた。変わりに、視界が赤一色に染まる。
「ぎ、ああああああ!?」
兵士の腕は大きく開かれていて。
さも同然、というように自分の胸は肋ごと内臓を覗かせていた。
「はっ、ぐっ」
最早息もできないといったような苦しげな表情を見せるコナーを、兵士はあくまで冷たい目で見下ろす。
「裏切ったからには、それなりの覚悟があったのでしょう」
コナーには聞こえているか聞こえていないのかよくわからないが、兵士はそう呟いてコナーの肺を一つ、傷ついてある方を抉り取る。
「楽に死ねると思うな」
その呟きも、肉を抉る痛みも、相手に届いているかわからない。ただ、自分の復讐欲が為に、彼は彼らしくないなぶり殺しを始めた。
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