殺戮

 銃撃が、人の波を削る。

 両手から放たれる凶弾は人の肉を抉り、食い千切り、血を散らす。そんな凄惨な光景に顔を顰めながら、テミスは止まることなく引き金を引き続ける。

──すまないね。ここまで来たら、殺すほか無いんだよ。

 大広間の奥に広がる空間はこれまたやたらと広く、豪華絢爛なものだった。だが、今やそれも見る影もなく血に染まり、兵士の死体が転がる惨事に至っている。

 だが、一人だけで数百もの人間を押しとどめるのには無理があったのだろう。その距離が、次第に狭まっていく。

 そして、テミスの両手に持っていたリボルバーの弾が切れた。好機とばかりに兵士の勢いが上がる。

 そこで、テミスは銃を投げ捨てた。徒手で剣を持った相手と渡り合おうというのだろうか、躊躇いなくそれを放り捨てる。そして空いた両手を、後ろに回して何かをつかみ取っていた。

 その手に握られたのは、硬質に見える球状の物。それが両手合わせて六つほど握られている。小型だが、兵士達がいつも使っている破片榴弾に酷似していた。

 前に居た兵士が、思わず怯む。だが、後ろの兵士達に押されて勢いが緩まることがない。そして、それを見ながらもテミスはそれらを無慈悲にも前に転がす。


 閃光が生まれる。

 だが、すぐにそれは発生した煙に飲まれて見えにくくなった。テミスが投げたのは榴弾の他に、煙幕を発生させる物も交じっていたのだ。

 それに飲まれた兵士達がすぐにざわめいて混乱を始める。濃密な煙幕は内部は元よりその外からも中の様子は窺えず、どう動いて良いかも解らなくなっていた。

 その上から、酷く巨大な樽が降ってくる。幾つも、幾つも降り注ぐそれは床に打ちつけられてその動きを止め。

 爆ぜた。

 夥しい量の刃を飛ばし、血を生み、屍を作り上げる。まだなお止まらぬ樽の雨は兵士達の叫びを消し飛ばし、命を掻っ攫っていく。

 不意に、爆発が止んだ。血霧が立ちこめる中、バコッという音がして床に穴が空く。

 いや、その表現は正しくはなかった。除けられた鉄板は空いた穴を塞いでいた物で、単にそれが取り外されただけの話。その穴から、腕が生える。そして床を掴んで迫り上がって来たのは紛れもないテミスであった。

──ふう。隠し通路の場所を確認したとはいえ地図の上だったからねぇ。一発でドンピシャぶっ壊せるとは運が良かったかな。


 鼻につく血の臭いにこれ以上無いほど不機嫌な顔になりながら、テミスは先程投げ捨てた銃を拾おうと歩みを速める。

「待て」

 その背中に、声が掛けられた。相手を刺激しないように、ゆっくりと振り向く。

 そこには、剣を携えながら振り向く一人の兵士の姿があった。脇腹から血を流しながらも、足はしっかりと踏みしめられている。本来なら走って銃を拾い、一発ぶちかましてる所なのだが拾ったところで銃は弾切れていた。弾の無い銃など使いづらい文鎮と一緒である。

「普段なら、待てって言われて待つ人間がいるかって言ってるとこなんだけどねぇ」

 軽口を叩きながらも、額には冷や汗が滲んでいる。近接格闘なら少しは覚えがあるテミスだが、剣を持った相手に素手で勝てるほど常識外れな強さではない。相手は手負いだが、様子から見てそれも深くは無さそうだ。

「まだ、軽口を叩く余裕があるんだな」

 兵士とテミスの距離が縮まり、そして男が踏み込めば一刀浴びせられるであろう距離まで狭まる。そこで、ゆっくりと眉間に剣先が突きつけられた。


「何か、言い残すことはあるか? 無いなら神への祈りでも済ませておけよ」

「あら、優しいんだね」

「無駄口叩くと言うことはもう何も言うことは無いんだな」

 兵士の瞳に殺意が灯る。が、そこでテミスが一歩踏み込んだ。左手で掲げられた右腕を握り、剣を無効化させる。

 男が咄嗟に左の足で膝蹴りを放とうとする。が、それもテミスの右腕に抑えられた。

 両腕の塞がったその体勢から放てるは最早威力を持たぬ蹴りだけであろう。それでは何の意味も無い。当てたところで返す刀で切り伏せられるだけである。そもそもあの状況で踏み込むこと自体愚行だ。一撃を凌げばまだやりようはあった。

 テミスの行動に困惑する兵士。踏み込んで生まれた一瞬の隙。その隙に、テミスは兵士の唇へと自分の唇を重ねる。


 そこで直ぐ振り払うのが兵士としてするべき行動であっただろう。だが、やはりそこは男の性であろうか。柔らかい感触、脳を犯す甘い息、溶けるように混濁する熱に兵士の体は一瞬硬直してしまう。

 その首筋に腕が回され、そして閉じられた歯を割って唇がねじ込まれた。

 いや、唇と共に何かがねじ込まれた。嫌に硬質なそれは味見するように舐め回してくる舌に阻まれて上手く吐き出すことができない。体が麻痺したように思い通りに動かずそのままそれを飲み下してしまう。

 そして、兵士の体が後ろに倒れた。口から薄く泡を吹きながら痙攣して、そして次第にそれも止まる。その様子を見届けながら、テミスは妖艶に口元を拭った。

「どうだった? お味は。いざという時に忍ばせておいた暗殺用の毒だけど、美味しかった?」

 もう動かないそれに、テミスは歩きながら話しかける。そして銃を拾ってホルスターに収めてから、ラリー達が居るはずの扉がある方向へと踵を返し、また歩き始めた。


「あ、言い忘れてた」

 思い出したように振り返って、テミスはまたそれに言葉を投げかける。

「キスが下手な男は嫌われるよ」

 長いポニーテールを振りながら、言葉を放ったそれに再び背を向ける。漂う筈の本来の色香は、血生臭い物へと変わっていた。

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