本性
猛然と振るわれる右の拳を少女は受け流す。そのままその力を使って相手を後ろに放り投げようとするが、その腕はまるで石像のようにビクともしない。
不意に、その石像に刻まれた笑みが深くなった。瞬間、体が前に持って行かれるような感覚がして咄嗟に手を離す。
入れ替わるように繰り出された左の拳を首を傾けて何とか躱す。その隙に、体を半身に逸らして右腕を腰に構えた。
深く息を吸い込み、一気に放出しながら全体重と捻りを加えた一撃を放つ。が、相手はそれに反応してそれを躱す様に身を開きながら右腕を振るう。
その拳を上半身を大きく反らしながら躱し、体を捻って自らの拳を伸ばす。だが、それも姿勢が災いしたのか上手く当たらずに逸れる。
踊り子の優雅な舞のような攻防が、互いに一瞬の硬直する。そして、更に身を躍らせ始めた。先に仕掛けたのは少女の方である。
突き出された右腕に体を絡ませ、そして全身でそれを覆うように包み込む。そのまま全身に力を込めて、その腕をもがんと関節を極める。
あまりの痛みに叫び声を上げ、崩れ落ちてしまいそうな凄まじい激痛が巡る。……それが普通の人間だったなら。
明らかに優位な状況であるはずなの少女の背に、薄ら寒いものが走る。
──腕は完全に極まってるはず。なのになんで、なんでコイツは倒れない!?
驚愕のあまり、少女は少し力を緩めて相手の顔に視線を移す。
そこに映って居たのは、貼り付いたような薄い笑みとそれに相対を成すような冷ややかな瞳。相反する二つのモノが混じり合った表情は無性に少女の恐怖を掻き立てる。
不意に、右腕が大きく振るわれた。
力が緩んでいたことが原因か、少女の体は瞬時に投げ出される。が、それもすぐに通路の壁に阻まれた。
背中への激痛に呻きながら、少女は床に這いつくばる。時間にすれば一瞬だっただろう、少しの猶予さえあれば、ここからすぐに立ち上がることもできた。
が、立ち上がろうと力を込めた体を不意に、更なる激痛が襲う。それは、壁に叩きつけられた時とは比べものにならないほど、鮮烈な物だった。
不思議な感覚だった。
先程まで地べたに這いつくばっていた体は、今は何故かその感触を感じることなく、不可思議な加速感を得ている。それが自分の体が宙に舞っている事だと気づいたのは、再び体が床に叩きつけられてからだった。
喉奥まで込み上がる吐き気、背筋を這い回る悪寒、それらを飲み込みながら、彼女は敵から逃れようと体を転がらせる。
鈍器で木を叩くような鈍い音が聞こえたのは、自分が床と接しているからであろう。先程まで自分の体があった場所に、足が踏み下ろされていた。
近付かせまいと、何とか立ち上がりながら腰に隠しておいたナイフを構える。するとそこで、一旦敵も追撃を止めたようだった。
──人間じゃ、ない。
常人なら泣き叫ぶような痛みを受けてなお笑んでいられることも、そしてその時手に伝わった人間とは思えない筋肉の固さも。
──人間なんかじゃない。
道端に落ちてるような石ころを弄ぶような軽い、単なる蹴りだけで人間を吹き飛ばせる膂力も。
──コイツ、化け物だ。
何故、一瞬でも目の前の敵に勝てると思ったのか不思議になるほどに、視界には絶望が広がっていた。
明確な恐怖に足が竦む。不自然に息が荒くなる。武器を持つ手が震える。
所詮は、子供だましに過ぎなかった。自分が積み上げてきた技は、圧倒的な力を前にして砕け散る。周到に仕掛けて誘い込んだ手品は、そのタネを見透かされて強引にねじ伏せられる。
いや、手品は確かに成功していたのだろう。
だが、どれも効かない。意味を成さない。渾身の一撃は相手を後退させるだけで大きな痛手を与えられず、忍ばせた刃物は露わにされ、極まった技は強引に払われる。
自分の粋を注ぎ込んだ技が通用しない相手にどうやって勝とうというのか。
大きく瞳孔の開いた瞳に映った化け物は、ゆっくりと薄く開いた真っ赤な口を広げる。
「んんん? あんれぇ? そっちから仕掛けないんですかぁ?」
抑揚のない機械的に放たれる言葉、だがその口調にはどこか聞き覚えがある。
「じゃぁ、こっちから先に殺っちゃうよぉ!!」
そう、それは先程自分が言った言葉ではなかったか。
鮮やかすぎる恐怖を、絶望を、悪寒を纏いながら。
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