正義
「さて、お前ら、準備はいいよな」
「勿論。まぁ、今更言ったってどうこうなるもんじゃないけどね」
「私はむしろ何も持たない事が準備になりますからねぇ」
ラリーの言葉に、カルロスとテミスがそれぞれ答える。口調とは裏腹に、三人の間にある空気に余裕はなかった。商業区の中心部から少し逸れた貴族区へと続く道に、三人は自然な様子でたたずんでいる。それぞれが纏っている得物は、服で上手く隠されていた。
突然、ラリーの視線の先の商業区の中心部から、黒い煙が立ち上り始める。上げられた狼煙が合図となったように、各地で煙が上がり始めた。
「さて、私は兵士としてこの事態を報告しなければなりませんので」
「ああ」
視線を戻すことなく、ラリーは走って行くカルロスを見送る。特に何も気負った様子のなく、いつもの調子でカルロスは去って行った。
「……今から、たくさんの人が死ぬんだね」
無意識のうちに言葉がこぼれてしまったかの様なテミスに、ラリーが怪訝な視線を送る。
「ずっと、考えていたんだ。正義ってやつについて。自分のやってきた事について。でさ、正しい事って、私が思う正しい事っていうのはさ、結局、私がこんな事で悩むことのない、笑って生きていけるような事だと思うんだ。凄く、自己中心的で、自己満足な事だけど」
笑えるでしょ、と続けるテミスの言葉に普段の強さはなく、弱々しいものだった。その顔に浮かぶ表情は何かを嘆くような、悲しむようなもので、軽口を叩くような余裕はありそうにもない。だが、それらとは対照的に拳は強く握られていた。
「……悩んでいるときに、思い詰めているときに、それをぶちまけられる相手がいるってのは、案外幸せなものだぞ」
そう言ったラリーに表情の変化は無い。街を見下ろす目はそこではなく、どこか遠くの何かを見ているようであった。その言葉に、テミスはからかうような笑みを浮かべる。
「なんだ、アンタもまんざらでもないんじゃん。うん、アンタらお似合いだよやっぱり」
「何のことだ」
「あれれー? そしたら今のは私に言ってたのかな? もしかして口説いてる?」
その言葉に、ラリーがテミスに鬱陶しそうな目線を送る。だが、テミスの笑みが崩れることはない。
「こんなとこで口説いたらあれだ、不吉じゃねぇか」
「なんで?」
「この戦いが終わったら付き合おうとか、結婚しようとか、絶対どっちか死ぬだろ」
「うわぁ、いつになくマイナス思考というか何というか」
わかってないねぇ、というようにテミスが手の平を上に向けて首を振る。そんなテミスを無視し、ラリーが踵を返して歩き始めた。
「そろそろ大丈夫だろ。行くぞ。内部の地図は全部覚えてきたんだろうな」
「今は覚えてるけど付く頃には忘れてるかもね」
「お前、そこまでバカだったか?」
「逆に、そんなに頭がよく見えていたのかい?」
「まぁな。少なくともバカには見えなかった」
その言葉を聞いて、テミスが驚いた様にラリーの顔を見る。だがそれも一瞬で、すぐに探るような笑みに変わって行った。直視されまいと、ラリーはフイっと顔を逸らす。
「そういやお前、やたらと正義とかに固執するんだな」
「まあね。小さい頃、家族に自分の正しいと思うことをしなさいと言われたから」
「それがなんで暗殺者なんかになったんかねぇ」
「大量に人を殺し続ける兵士よりも、狙った獲物一人しか殺さない方がいいだろ。私には、自分のやるべき正義ってのが解らなかったのさ。だから、誰かの正義ってやつにすがって、それをやることが正義と言い聞かせてきた。滑稽で愚かな話だろう?」
「最初のやつは俺への当てつけか」
「まーねーん」
気を紛らわすような、ゆるい会話を続けながら二人は並んで歩き始める。城壁に飲み込まれるように、太陽が暮れていく。足掻くような強い赤を示す光が、進んでいく二人の背中を照らす。
そして、ラリーが貴族区の扉を、緊急事態で見張りの居なくなったそこを通り過ぎる瞬間、隣のテミスにだけ聞こえるように呟いた。
「気を引き締めろ。ここからは気が抜けねぇからな」
その言葉に、テミスは先程とは違う余裕のある笑みで答える。
◇◆◇
「もうラリー達は始めてるかなぁ」
アメリアが案ずるように呟く。
戦えないグラシャとアメリアは鍛治屋に残されていた。自分を責めるように自らの拳を握りしめているグラシャの表情は、もどかしさと心配と怒りが混じった複雑な物だった。
それに敢えて触れずに、アメリアはいつも通り作りかけの剣を持ち出し始める。机の上に広げられた設計図は、13年前のそれに色々と書き足された、アメリアにしか読み取れない程に文字でグチャグチャになっていた。
静かに、鈍く、されど強く鉄を打つ音が聞こえ始める。それは時を刻む時計の針のように規則的に鳴り響いた。
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