交渉

「さて、テミスさんは上手くやってくれますかね」

 まるでそうでなくても問題は無い、というような言ったものの気にも止めてない様子で、カルロスは言葉を吐きだした。

 首と肩をグルグルと回し、音を立てながら歩みを進める。その足取りの先にあるのは、特別区と商業区を隔てる壁の扉である。

 ──たしか、中と外で二人ずつ、合わせて四人いるはずですね。少し気合いを入れませんと。

 そう思いながらカルロスは入念に関節を回す。最後に肩を抑えながら首を一回転させて、儀式めいたその運動は終わった。既に目の前には、高くそびえる鉄の門がある。その両脇には案の定兵士が二人立っていて、訝しげな視線をカルロスに送っていた。


「政府の下僕の皆さ~ん。元気に働いてますか~?」

 右手を上げ大きく左右に振りながら、まるで自分がそうでないかのような発言を放つカルロスを、兵士達は驚いたような呆れたような表情で見つめる。

「お前も、だろ?」

「ええそうですよ。だから僕はここまで来たんですから。門を開けていただけませんか? 特別区に不審な動きがあるらしいので」

「……それなら、俺達にまず伝令が来ると思うが」

「ああ、すいません。言い方が悪かったですね。その伝令が私です」

 ジッと兵士がカルロスの顔を睨む。だが、もし突然目の前の人間が死のうとも決して変わらないようにも見えるその仏頂面は、さながらよくできた絵画のように眉一つ動くことはない。

「何ですか? 顔に何か付いてますか? ま、まさか……男ですら私に惚れてしまうなんて、最高の美男子というのも罪ですね」

 仏頂面のまま髪を掻き上げるカルロスを、先程より呆れの色の増した顔で兵士達は見つめ続ける。


「僕の美男子っぷりに見とれて新たなる世界を開くのもほどほどにして、扉を開けて欲しいんですが。私、今めっちゃ上手いこと言いましたね」

 その言葉聞いて、兵士達が顔を見合わせる。そして、首をかしげながら門にかかった錠を開け始めた。

 そして、

「有難う御座います。私も、無理にこじ開けるのは気が引けましてね」

 カルロスの酷薄とした声が、兵士の背中に届いた。

 振り向こうとした兵士達の頭が、後ろから掴まれる。そして、カルロスは腕を閉じる様に思いっきり兵士の顔面と顔面をぶつけた。歯であろうか、白い破片の様なものが宙を舞っていた。

 倒れゆく兵士達の首を、そうはさせまいとカルロスが掴む。指が深く食い込むが、血は出ない。それが逆に痛々しかった。


 そのまま両手に死体をぶら下げ、引きずりながら門の中へと入っていく。そして、内側にいた兵士達がカルロスの存在に気づいた瞬間、カルロスは左右に死体を放った。

 両脇に立っていた兵士達が、自分の足下に飛び込んでくる何かに気を取られる。

 鼻の骨が陥没し、歯茎が抉れて血を吐き出し続けるそれを見て、脳が死体だと判断した瞬間、兵士の視界は遥か上空を見ていた。

 下を見ていた兵士の顔を、突き上げるようにカルロスが拳を放ったのである。砕けた鼻の骨は、もはやその面影なく顔にめり込んで、そしてその先端は脳まで達していた。

 残されたもう一人の兵士の反応は速かった。放り捨てられた兵士の死体を見ると、直ぐさま顔を上げ、裏切り者へと銃を構えようとする。が、その構えに至る前にカルロスが銃身を握っていた。カルロスがそれを手前に引っ張ると、兵士は面白いように前へバランスを崩す。


 驚愕と畏怖に染まる兵士の腹に、突き飛ばすようなカルロスの蹴りが突き刺さる。その衝撃に、兵士は銃を手放して地面に転がった。そして、苦しそうに呻き、喘ぎ始める。

 だが、カルロスはその暇すら与えなかった。銃身を両手で掴み、寝転がっている兵士の腹へと銃床を叩きつける。何度も、何度も。叩きつけられるたび、跳ねるように痙攣していた兵士の体が、次第に動かなくなる。それを、カルロスは興味なさそうに見下ろしていた。

 その顔には慈悲も、罪悪感すら浮かばず、ただただ変わることのない表情は残酷さを称えていた。臓物がつぶれ、グチャグチャに掻き回される凄惨な音が響く。それでも、ただひたすらにカルロスは兵士の腹を叩いていた。

 不意に、狂ったように往復していたカルロスの腕が止まる。もはや動くことのない兵士を一瞥してから、周りを見やると、そこには特別区の住人達が化け物でも見る目でカルロスに視線を送っていた。


「うわぉ、私ってどこ行ってもモテモテですね。そうだ、握手でもします? 血を流さずに人を殺すって割と疲れましたが、握手ぐらいなら大丈夫ですよ」

 人を殺した手をパッと差し出すと、周りの人間が自らに送る視線に恐怖の色が増す。その様子を見て、カルロスの仏頂面に少し、嬉々とした色が滲んだかに見えた。

「冗談ですよ。ここの長といいますか、まとめ役といいますか、一番偉い人っています? まぁ、特別区の中で一番偉いとか鼻で笑えますが」

 俺だ、とその言葉に反応してカルロスを取り囲んでいた一団の中から顔に薄く皺のあるがたいの良い男が現れる。その顔には、隠しようのない警戒と恐怖が表れていた。それを気にも止めず、カルロスは言葉を吐き出す。


「そうですか。では、貴方たちに頼みたいことがあるのです。悪い話では無いと思いますよ。どうかご協力を」

 その言葉に続くように吐き出された言葉に、男と、そして周りの人間達が目を見張った。

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