意義

 商業区の中心から逸れて、特別区へと向かう道。中心地から外れた人気の少ないそこに、ゆったりと歩くような二人分の足音が響いていた。

「まったく、人使いが荒いというかなんというか」

 足音の元となっていた一人が声を出した。ハスキーで低いその声は、しかしながら響く音の感触によって女性だと解る。

「まぁまぁ。銃をまともに使えるのは貴方だけなんですし、適任というものではないですか」

 その声に、もう一人が答える。その声はやたらと無機質じみていて、読み取れる感情も、特徴もなく、ただ音を伝える為だけに放たれたようなものだった。

「いや、そうかも知れないけどさ、私が妙な動きしてるって勘づかれたら終わりだぜ? 私達」

「私も兵士ですよ。バレた瞬間首が飛ぶどころか拷問されてしまいます。あー怖い怖い」

 歩みを進めながら会話を続ける二人。相手の言葉を聞いて、女性の方はハァ、と溜息をついた。


「人選間違ってるだろ。完全に」

「それは無いと思いますよ。さっき言ったとおり、私達に適任ではないですか」

「そうか? 大体、アメリアって鍛治屋が造ったらしいがコレは大丈夫なのかい? 普通より弾が真っ直ぐ飛ぶとか言ってたけど」

 女性が、方を跳ね上げて外套に包まれた背中に下げている小銃を鳴らす。同時に、大きく膨らんだ胸元も躍るように跳ねた。

「アメリアさんは素晴らしい鍛治屋ですよ。ほら、見てくださいよ。コレ」

 男が右腕を掲げる。その肘から先に纏った鉄板は所々節が造られていて、白銀に輝く。それは腕を覆うように曲線を描き、皮膚のように何ら無理もなく全ての指を包み込んでいた。外側だけを塞ぐそれに余分な部位はなく、合理性と軽さを備える。

 それをじっくりと女性が見つめる。

「テミスさん、見ておくのもいいと思いますが、そろそろ分かれた方が良いと思いますよ」

「……そうだな。しっかりやれよ。カルロス」

「仰せのままに」


 そう言いながら二人は別れる。すぐ傍には特別区を隔てる壁の扉があり、城壁ほどの高さはないものの、それでも威圧感を漂わせていた。

 その近くの建物の影に隠れるように、テミスは身をかがませている。

「さて、と」

 テミスは周りを確認してから、纏っていた外套を取り払った。

 現れるしなやかな体は蠱惑的で、不思議な神秘性を纏っていた。しかしそれは優しいものではなく、禁忌的な危うさを、狂気を漂わせる。その太腿にはこの間とは違う形をした、少し大きめの拳銃が下げられていた。

「まぁ、ここに人はいないだろうしねぇ」

 中心地から離れたこの場所は、基本的に住宅が多い。距離が離れている分料金も安く、今頃は汗水を流しながら必死で働いている筈である。

 さて、と息を吐き出しながらテミスは建物から顔を出した。先程と違い、その目つきには鋭い殺意が宿っている。その瞳の中央に捉えているのは特別区の壁に沿うように建てられた塔である。そこだけ大きく出っ張ったそれには、地上にいる監視兵に問題が起きたときの為に入れ替わり制で兵士が入っている筈だった。


 そこに向けて、テミスが小銃を構える。その小銃は、兵士が持っている物とは大きく異なった形をしていた。

 銃身の上に乗っけられた大きな筒状の異物が、どっかりと居座るように溶接されたいる。さらに、その銃身の下から伸びる箱のような物体は通常のそれには無いものであり、異質さを象徴しているようでもあった。所々の細かな違いが異常性を主張し、収束して大きな違和感となる。

「相変わらず訳わかんない形だよなぁ……」

 たしか、ここから覗くんだったっけ? と愚痴を続けながらテミスが銃を構えながら望遠鏡を覗き込む。右の肩を引いて半身になっている構えから自然に、右目で覗いていた。が、変わることなく両目は開かれていた。


「お、いたいた」

 その二つの世界を別けて見ているような中の右の視界に、面倒くさそうにだらけている兵士が映った。働いている者の顔とは思えない気の抜けた顔で、兵士は大きな欠伸を漏らしている。その額を中央に収めてから、少し銃口を上にずらす。少しの手元の狂いが視界をぶれさせる。それに眉を潜めたテミスが、余るように後ろに伸びていた銃床を脇に挟んで安定させる。

「こんな感じで当たるかなぁ」

 間の抜けた声を出しながら、テミスが引き金を引いた。

 炸裂した火薬が銃弾を加速させる。それは内部の螺旋機構により回転を加えられて、空気を切り裂きながら兵士に迫っていった。

 兵士の額のすぐ傍、あと少しでも立ち位置が違えば当たっていたであろう空間を、銃弾は貫く。撒き散らされた暴力は塔に張り巡らされていたガラスを破壊し、粉々に砕いた。兵士は飛んでくる破片から、体を咄嗟に左手で庇った。


「やるじゃん」

 その評価はその銃の制作者に向けた物だろうか、素早い反応を示した兵士に向けた物であろうか。狙いをつける真剣さに満ちたその表情からは、それを感じ取ることはできなかった。

 テミスの瞳に映る兵士は、何か石でも投げ込まれたと勘違いしているのか、割れたガラスから下に顔を落としており、何かを探すように首を振っている。それに標準を合わせるため、テミスは手元を微調整した。

「流石に、緊張感に欠けるね。ここはもう、戦場だよ」

 テミスが指に力を込める。

 が、持ち主の思いに答えることなく、それはカチン、と空虚な音を吐き出すだけだった。テミスの顔が不服そうな、不機嫌そうな顔になる。

「あれ、なんでぇ? ……ああ、これって一発撃つたびにここを引かなくちゃならないんだったか」

 何だよ面倒くさいなぁせっかく格好つけたのに、と興ざめした声を上げながら、テミスは銃身から出っ張っている取っ手を引き、元に戻す。撃った後の空になった薬莢が吐き出された。


「さて、と」

 テミスが改めて筒を覗き直すと、兵士は不可解そうな顔を浮かべて振り向くところだった。

 急がなくては、殺すチャンスが無くなる。

 テミスが一瞬で状況を察知し、心が急かす。だが、それと対を成すように頭は冴えていく感覚に襲われていた。視界の中で渦巻く時間が遅くなったかのように、兵士の動きが遅くなる。好機を逃さんと、餓えた肉食獣のように、半ば本能で体が動いて、視界の中の必中の位置に兵士を収める。

 指に力が籠もり、小銃が吠えた。

 牙を剥いた銃弾は兵士の脳を食い千切り、命を喰らう。力の抜けた兵士は、自らが進めていた歩みのままに倒れ込む。その先は掴むべき梯子。だが、もう既に物を言わないそれは頭から落ちていった。


「……気分が、悪いな」

 事の一部始終を見届けたテミスは、不機嫌そうな声を上げて構えを解いた。眉はひそめられていて、美しい顔が歪んでいる。が、それでも一つの美として捉えられるような雰囲気を、テミスは醸し出していた。

「殺すことに意味は無かった。殺す以外の手段もあったかもしれない。意義のない殺しが、ここまで不愉快とは思わなかった」

 後悔のような独白を、テミスは続ける。その言葉には、自分の大切な物を乗せたような重みがあった。

「やろうとしていることは、正しいのかも知れない。だが、それを成す課程が正しくないのなら、それは正義なんかじゃない」

 テミスは、立ち上がりながら空を見上げる。遠くにある筈の、届かない筈の空との距離。だが、あまりにも遠すぎるそれは現実味を無くして、寧ろ届くかもしれないという錯覚を思わせる。


「正義とは、何だ? 私は、どうすれば良い?」

 天に問いかけるように、テミスは静かな嘆きを放つ。それは、誰に放たれた物だったのか。

 余韻に浸るように、日の光を一身に受けてテミスは立ち尽くす。浮かぶ表情はいつもの飄々とした、妖艶とした物ではなく、何かを憂うような悲しさをたたえていた。

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