革命編

人脈

「だから、僕はここまで生き残ってこれたんです。お兄ちゃんの、おかげで」

 そう締めてから、グラシャは口を閉じる。下へ向けられた目線はどこを見るわけでもなく、ここに無い別の何かを見ているようであった。

「ですが、お兄ちゃんはまだ死んでないと思います。お兄ちゃんは紙に「捕まる」とか「探すなよ」って書いていましたし、追いかけてきた兵士達も殺そうとはしていなかったように見えますし……」

 ぽつぽつと、言葉を溢すようにグラシャが語る。が、その顔は放たれた言葉に上げられた。

「それはあくまで希望的観測ってやつだろ」

 テミスの言葉が響き、空気を凍てつかせるように場の雰囲気を一変させる。

「それに、殺しに来といて何だが私はコイツが本当の王子だとは、いまいち信用しきれていない」

「おい」

「だってそうだろ。こんな話、でっち上げることぐらいはできる。無用意に信用しろって方が無理ってもんだろ」

 自分の静止の言葉を聞かずに放たれたその言葉に、ラリーが殺気立つ。それでも、テミスは冷ややかな目つきをグラシャに注いでいた。


「……お前、もうここに居る必要ないだろ。出て行けよ」

「あらそう。だったら暗殺は失敗しました、とでも言いに行こうか。ここの場所もバラすことになるなぁ。まあいいや。じゃあな」

 そう言って立ち上がったテミスの腕を、ラリーが素早く掴む。細く引き締まった腕に、ゴツゴツとした指が食い込んでいた。

「なんだよ。押し倒そうって訳かい?」

 テミスが振り向いて、薄く笑みを浮かべながらそう言った。追従するように髪が弧を描いて、同時にテミスの匂いを振りまいた。鼻孔をくすぐるそれは、脳を犯すように思考を単純にさせるような、魔性のものであった。

「おいおい。そんな出て行けって言った手前だがそう簡単にいかせるわけねぇだろ」

「言うに事欠いて決して離さないというわけだね。大胆なのは嫌いじゃないよ」

「すっとぼけるな殺すぞ」

「たった一つしか無い腕を自分で塞いどいてよく言うよ。私がまだ武器を隠し持ってないっていう確証がどこにあるって言うんだい?」

 テミスが掴まれていない右腕をヒラヒラと振る。それを見てラリーの殺気が更に膨れあがるが、比例するようにテミスに浮かぶ笑顔が楽しそうになっていった。


 辺りに殺伐とした雰囲気が流れる。息をするのにも気を使うような空気を、一つの音が切り裂いた。

 金属と金属を打ちつける音が響き渡る。グラシャが思わず耳を塞いだ。その音の元を、言い争っていた二人が煩わしそうにみやる。

「けーんーかーは! いけないって教わらなかったかバカたれどもーっ!」

 工房の奥でアメリアが小さな金槌を鉄に打ちつけていた。声を上げながらも更に力強く叩きつけて音を響かせる。突き抜けるような不快な音が、その場にいる全員の顔を顰めさせた。

「ああもううるせぇ! バカたれはお前だアメリア!」

「なーんーだとー! ふーざけんなー!」

 ラリーが叫ぶが、アメリアは聞く耳を持たないようであった。

「黙れ! いいから今すぐやめろ!」

「言うに事欠いて押し倒すって言いやがったかこらー!」

「言ってねぇ! 断言する!」



 互いに肩で息をしながら、唐突に言い合いは終わった。疲れと恨みがましさが重なった視線が間を行き来する。

「断言されると……傷つく物が……ある……」

「ああそうかよ……つーか、さっきの金槌よりちっこいじゃねぇか」

「あれは武器だよ。流石にあんな大きいのは使えないよ」

「じゃあさっきのは本気で殺す気だった訳か……」

「否めないね!」

 爽やかな笑顔で親指を突き出すアメリアを見て、ラリーが呆れたように溜息をついた。

「ではでは仕切り直して座って座って。飲み物でも入れるから」

 事態が落ち着いたようで満足といった様子で満面の笑みを浮かべるアメリアの顔を見て、ラリーは毒気を抜かれたように座った。それをテミスが驚いたように見やる。

「アメリアには甘いんだねぇ」

「うるせぇ。相手するだけで疲れるだけだ」

 どうだか、と呟きながらテミスは腰をおろした。

「持ってきたよー!」

 アメリアが水と切った果物を持ってくる。


 その場にいた全員が果物を摘まみだして、ひとときの静寂が訪れた。

「……で、だ。お前が本当に王子である証拠とか、あるのかい?」

 あらかた果物を食い終え、一旦落ち着いたテミスが沈黙を裂くように言葉を放つ。ラリーはテミスを睨み続けるが、静止はしないようだった。その言葉の刃を受け止めるように、グラシャがゆっくりと顔を上げた。

「ありますよ」

「へぇ。じゃあ、見せて貰いたいものだね」

 薄く、口の端を吊り上げた笑みを浮かべながら向けられる問いに、グラシャは一冊の本を取り出すことで答えた。

「なんだい、それ?」

「国歴書です」

 大事そうに抱えられたそれをテミスが引ったくるように奪い、パラパラと目を通し始める。が、それもすぐにグラシャの手で遮られた。

 掴む手に無理に力が込められているのか、その白磁のような肌には薄く、筋が浮かんでいた。


「できれば、勝手に読まないでくれますか?」

 普段からは考えられない、殺気が込められた低い声。その気迫は先程のラリーと大差なく、思わずテミスをたじろかせた。

「わかったよ。そんなに怒るな安心してくれ。別に見たことを敵に売ろうって魂胆じゃないからさ。……あんたが本当の王子であるとは、認める。だけどさ、これからどうする気だい?」

「なんでそんなこと聞くんだよ。どうしたって、生かして返す気は無いからな」

 テミスの問いかけに、ラリーが割って入る。その殺気だった懐疑の目を受け流すかのように、へらへらとした笑顔をテミスは浮かべた。

「良いじゃないか。気になるだけだよ。こっちにもこっちの考えや事情があるんだよ」

「そうか、じゃあ話せ」

「女は秘密を持って美しくなるって、知らないかい?」

 はぁ、と溜息を入れながら頭を垂らしてテミスは更に言葉を続けた。

「まぁ、強いて言うならそうだね。こっちもいつまでも家族を殺したクソ野郎共の言うことにへこへこ従って、言うことを鵜呑みにして正義だと言い聞かせて、それで自己満足に浸ってるようないけ好かねぇことはしたくないってことだよ」

 項垂れるように下げた額に、コツンと拳をぶつける。浮かべた笑みとは逆に、その拳はキツく握りしめられていた。それを隠すように、長い髪がテミスを包み込んだ。


「先程の質問に答えさせて頂きます」

 まるでここで沈黙が訪れるかを恐れるように素早く放たれたグラシャの言葉に、ほう、とテミスが顔を上げる。

「僕は、王都を取り返したいと思っています。そして、捕まってる兄を助けたい。ですから、皆さんの力をお借りしたいんです」

 お願いします。と続けて、グラシャが頭を下げる。

「俺は、いえ私は、もちろん手助け致します」

 ラリーが丁寧に言い直す。先程注意したことを守っていなかったそれを、グラシャは咎めなかった。

「そうだねぇ。……そこのソイツと違って、私はアンタに忠誠を誓うって訳じゃない。けど、あくまでアンタを利用するってことで、私を利用してもかまわないよ」

 テミスが素直じゃない物言いで宣言する。それを聞いて、グラシャの顔が糸を綻ばせるように緩む。が、それは直ぐさま引き締められた。


「有難う御座います。心強い限りです。ですが、この人数では……」

「ええ。王都を取り返すのは、難しいでしょう」

 人数が二、三人増えても変わることのない事実に直面して、二人の顔が考え込むように難しくなる。

「困ったときには、アメリアちゃん!」

 いきなりかけられたその言葉の主を、ラリーが煩わしそうに見やる。

「もう一人、協力してくれそうな人に心当たりがあるよーっ!」

「……嫌な予感しかしないが。ここに引きこもってるお前にそんな人脈あるのかよ」

 その問いに、アメリアはフッフッフ、と肩を大げさに揺らして笑う。

「天才のこの私は! 美少女のこの私には! 自然と人が集まるというものだよ!」


 親指でビシッと自分を指さすアメリアを見て、ラリーは頭痛でも引き起こしたかのように額の真ん中を抑えた。

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