依頼

皮膚が焼かれるような熱気がその空間を包んでいた。さらに金属と金属を打ち付ける不快な音が、触覚と共に聴覚を苛む。

「どりゃーぁぁぁぁぁあああああああああっ!!」

 不意にその音が止んで、アメリアの気合いの声が響いた。次の瞬間、ジュウッという音が鳴って湿度が急激に上がった。打っていた鉄を水の中に入れたのである。その光景は気合いとは裏腹に地味なものだった。

 白みがかった黄色をして、触れていなくとも身が焼かれそうな程の熱量を持っていた鉄が、次第に赤みを帯びてその攻撃性を内へと納めていく。充分に冷えたそれを引き上げると、まだ刃は付いていないはずのそれからは不思議な威圧感が漂っていた。


 アメリアはその鉄の板を持って、先程とはまた別の椅子に腰をおろした。目の前には、切った丸太をそのまま付けたような円盤状の物が乗っている。

 その道具の下方にある板を、アメリアは思いっきり踏んづけた。それは少しずつ沈み込んでいき、連動するように上の円盤も回り始めた。踏むたびに加速するそれは、指でも当てよう物なら直ぐさま千切れて吹っ飛んで行きそうな程の速度を持ち始めた。

 それに鉄を押しつけると、火花を放ちながら鉄が削れ始める。細い腕でそれを懸命に抑えるすべすべとした額には、滲み出るような汗がうっすらと浮かび始めた。それでも押しつけ、板を踏み続けると板が少しずつ削れていき、鈍色のそれから、まるで曇天に一筋の光が射すように白銀の鋼鉄が現れる。

 アメリアが左右に何度もそれを滑らせ、そして水に突っ込むことを繰り返していくと、黒く光を吸収し続けていたそれは、次第に光を弾き始めた。それをひっくり返して、削っていないもう片方の面を削り始めた。


 冷まされて抑えられていたかに思えた凶暴性を、鉄は次第に取り戻していくようだった。ただそれは辺りに熱を撒き散らすような無差別さとは違い、触れる者を切り裂くような鋭い物に変わっていた。その刃を真剣そのものの瞳でアメリアは見つめる。それはまるで、鉄と会話しているようであった。

 その空間に、不意に異音が混じった。入り口の扉が叩かれたのである。

「開いてるよー!!」

 アメリアが不用心な言葉を叫ぶ。すると、扉は軋んだ音を立てて開いた。アメリアが横目で入ってくる人物を見やる。それが瞳に映った瞬間、座っていた椅子から勢いよく立ち上がった。

 そこに立っていたのは、兵士の格好をした男だった。


「……当店はやっぱり今は閉まっていたりするので早々にお帰り下さいさぁ速く」

「頼まれているのか急かされているのか命令されているのかよくわからない言い方ですね」

 アメリアの言葉に、兵士が飄々と答える。その声には抑揚や感情がなく、ただただ淡々と言葉を吐き出しているようなものであった。

「なんの用で御座いましょうか?」

「閉まってるんじゃないんですか?」

「そんなもん店主の気分で決まるもんですよ用が無いんですか? 無いんですね? お引き取り願いたいですほら帰れ」

「今度は大分命令よりですね。いえ、用が無いという訳ではないんですよ。そうですね、あなたが刀鍛冶か否かで変わると思います」

「こんなへんぴなところで店やってる時点で解るでしょう? 証拠を見せなきゃわからないかな?」


 兵士の問いにアメリアが笑顔で答える。その横顔に添えるように制作途中の刀が掲げられていた。

「それは長い包丁ではありませんよね?」

「こんな長い包丁があったらビックリだね」

「えー、と、刀鍛冶でしたら国法に関わるので──」

 逮捕させていただきます。と兵士は続けようとしたが、それは叶わなかった。

 掲げた鉄の板をアメリアが両手に持ち直し、兵士に斬りかかったのである。型も構えもなしに大上段から振り下ろされた斬撃は、それでも鍛冶仕事で鍛えられた腕に加速されて鋭く兵士に迫った。

 しかしそれは、兵士の手によって止められた。手のひらと親指で挟まれて、ピタリと刃が止まる。あまりに非現実的な光景に、アメリアが素っ頓狂な声を上げる。そして滅茶苦茶に刀に力を込めるが、それは少し動いただけで兵士の手から離れることは無かった。

 その刀の奥で、兵士がアメリアを見下ろすように見つめていた。それは先程から変わることのない仏頂面で、視線は冷たいようにも興味が無さそうにも見えた。


「やだなぁ、冗談ですよ。通じなかったですか?」

 無表情で、相変わらず声に感情を込めることなく兵士は冗談とのたまった。

「その言い方だと解らないですよ」

「そうでしたか。まぁ、本題に移りますね」

 そう言って、兵士は刀から手を離した。刀が、アメリアの手の元に戻る。

「で、本題って、何?」

「た・い・ほ」

 アメリアの刀が再び兵士を襲った。が、それも軽くあしらわれる。

「だから冗談ですって」

──まさか、こんななのに冗談が好き、なのかな?

 さっきより声に愉快な色が混じったような兵士の声を聞き、アメリアが何かを悟る。


「で! 本題って! 何!?」

「いやぁ、武器を造って欲しいんですよね」

「……どんな?」

 その言葉に、兵士が考え込むような態度をとる。そして、何かを思いついたようにハッと顔を上げた。

「空を飛べるようになる武器とか」

「どーぞお帰り下さい出口はそちらになりますそんなもん作れるわけねーだろバカヤロー」

「良いツッコミですね。才能ありますよ」

「なんの才能かは知りませんが面倒くさいのでとっとと用件言えやゴルァ」

「今までのキャラ崩壊してるじゃないですか」

 まぁいいですが、と兵士が付け足して、大きく息を吸って言葉を吐き出す。

「手甲と腕甲が繋がった、その上で武器が持てるような、まあ自由に体が動かせるやつを造って欲しいんですよ」


「……はぁ?」

 訳が解らない、とばかりにアメリアが頭に疑問符を浮かべた。

「いや、ですから手甲と腕甲が繋がった、その上からでも指や腕やらが自由に動かせるやつです」

 ええと、と呟きながらアメリアが頭を抱えた。

「つまり、腕甲と手甲、腕と手を守るやつを造ればいいわけね。そこは解る、けどさ、その上から自由に動かせるって何? 手を開いたり閉じたり手首をグリングリン動かせたりできるやつが欲しいってわけ?」

「はい」

 そう言って、兵士がコクンと頷いた。

「馬鹿じゃないの? というか、なんでそんなものを?」

 アメリアが率直な感想を兵士に告げた。

「うーん、そこに置いてある鉄の板をちょっと下さい」

 兵士が、研ぎ石の近くに置いてあったアメリアが研いで剣に仕上げるつもりの物を指さす。それを見て、アメリアが兵士に一枚鉄板を放った。その顔には、何がしたいのかわからないというような思案顔が浮かんでいる。


「よっと。よーく見ててくださいね」

 それを左腕で掴んで、兵士は腰を落として右腕を腰に溜め始めた。

「え? ちょ、何する気──」

 アメリアの静止の声を聞かず、兵士は鉄板に拳を放った。右腕に纏った空気が唸りを上げて、そして巻き込みながら拳は鉄板とぶつかる。明らかに人体と金属がぶつかって鳴る音ではない轟音が響いて、鉄板が吹き飛んだ。だが左手にも鉄板の残骸は残っており、その端は獣か何かにでも噛み千切られたかのように抉れていた。

「まぁ、こういうことですよ」

 一部始終を見ていたアメリアは、まさしく開いた口が塞がらないといった様子で驚いていた。

「えっと、手、大丈夫?」

「ああ、んー、こんな感じですかね」

 兵士がアメリアに拳を突きつける様にして、傷を見せつけた。痛々しく破れた皮膚からは血が滲み出ていて、今にもポタポタとしたたり落ちそうであった。

「痛くないの? それ?」


「私の頭はちょっとイカれてるみたいでして、あんまり痛くないです。なんかじーんとする感じですね。しかも力加減もできないらしく、ちっちゃい頃から怪我ばっかりでしたよ。まったく」

 愚痴をこぼすように、独り言のように兵士が言う。そして、それに付け加えるように言った。

「じゃあ、宜しくお願いしますよ」

「え、お金は?」

「さーて他の兵士さんでも呼んできましょうかね」

「喜んで造らせていただきますご安心を」

 アメリアの素早い手のひら返しに、兵士は無表情ながらに愉快な様子を醸し出し始めた。そして、そのまま鍛治屋から出て行こうとする。

「あ、ちょっと待って、名前を教えて欲しいんだけど」

 その言葉に、兵士が扉を開けながら振り向き、答えた。

「カルロス・バーンといいます。忘れないでくださいね」

 そう言い残して、兵士は鍛治屋を去った。

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