少女

 王都に幾つかある教会。それらは王が変わった今、異教徒の物として取り壊されていた。

 それらは親のいない子供達を保護するような、孤児院の役割を果たす物もあった。が、どんな物であれ例外なく、邪魔なゴミでも処理するかの様に取り壊されていった。

 そして、教会はあと一つを残すのみとなっていた。

 建物に押し出されるように曲がり角に出っ張っているその教会は、取り壊す際に周りを巻き込む可能性が高く迂闊に手が出せない物だった。その為兵士達には疎まれていたが、元々シェルティエードの国民であった者達には、半ば最後の希望として人を集めていた。

 兵士達に立ち向かえる戦力も無ければ、かといって状況を打破できる何かがあるわけでもない。


 そんな中では、祈るほか無いのだ。所詮ありもしない神だとしても、届かない願いと解りきっていたとしても。

 そんな最後の希望である場所に、祈りを捧げる以外の目的を持った人間が訪れた。

 乱暴に扉を開けて入ってきたその人間に、中にいた人間の視線が降り注いだ。そして、その出で立ちを見て顔を青ざめさせて逸らした。

「こんな所でたむろするなんて大層なご身分だな。少しは国の為に働いたらどうだ?」

 誰がそんなことするか、と嫌味な兵士の物言いに聞いた者全てがそんな感想を抱く。

「まぁそう仰らずに、貴方も祈りを捧げていきませんか?」

 神を模した石像の前で祈りを捧げていた、白を基調としたローブを着込んだ女性が振り返って兵士に語りかける。その声は少し掠れていたものの、凜としたものだった。顔には深い皺が幾つも刻まれていて、しかしその背筋は見た目とは裏腹に真っ直ぐとしていた。


「誰がするか。そんなこと」

「では、何の為にここにいらしたので?」

「……関係無い奴は、どっか行ってくれるか?」

 女性の疑問に、兵士が周りへの疑問で返した。手に持った銃を見せつける様に持ち直して音を鳴らすと、先程まで祈りを捧げていた者達は、いそいそと教会を去って行った。

 そして自分と女性だけしか残って居ないことを確認してから、兵士はゆっくりと重いその口を開く。

「ここから、立ち去れ」

「あら、人の家に押しかけて立ち去れなんて失礼な話ね。この場所を奪ってどうするつもり?」

「異教徒は、殲滅せねばならない」


 その言葉を聞いて、女性がその皺を一層深める。よく見るとそれは、笑っている表情だった。

「でも、この場所を取り壊すと周りに迷惑がかかるのではなくて?」

「ああ。だから内部を改装する。そして、国民が住む場所を整備する。お前らはそうだな、端っこに住むことになるだろうな」

 兵士は、あくまで淡々と決定事項を述べるように確認を取る。

「……嫌だと言ったらどうなりますでしょう?」

「同じ事を二度言わせるな。異教徒は、殲滅せねばならない」

 兵士が、女性の額に狙いを付けて銃を構える。それからは隠しようもない暴力が漂っていた。

 だが、それを前にしても女性は引かなかった。微笑んでいるはずのその顔からは、目の前の兵士と同格とも思える威圧を醸し出している。二人の視線が交錯し、沈黙が訪れる。

 その沈黙を破ったのは、二人以外の人間だった。


「シスター!! どうしたの!?」

 教会の奥にある扉から、一人の少女が飛び出してきたのである。浅黒い褐色の肌を、それとコントラストになっている白いワンピースが包んでいて、その体を追いかける様に長い黒髪が宙に躍った。その黒髪の奥にある顔は、幼さが残るものの将来は美人になるであろうことが連想できた。

「何でもないわ。テミス、今は出てきちゃダメよ。お部屋に戻ってなさい」

 テミスと呼ばれた少女は兵士と女性の間にオロオロと視線を彷徨わせていた。漂う剣呑な雰囲気は、少女の目でも「何でもない」様には映らなかった。

「なんだ? このガキは」

 兵士の視線が少女へと下がる。それに対抗するように、少女がキッと兵士を睨みつけた。


「私の可愛い娘ですよ」

「孫の間違いじゃないか? ……いや、孤児か。よくそんな金があるな」

「孤児ではないです。私の可愛い娘です」

 質問とは少しズレた返答に、兵士が溜息をつく。そして、吐き出したその息を取り戻す様に息を吸って言葉を返した。

「話が逸れたな。……もう一度聞く。ここから、立ち去れ」

「嫌だ、と言わせていただきましょう」

 声がかぶった、と聞き間違えるほどの速さで女性は答えを返した。その言葉を挑発と捉えたのか、兵士の眉がピクリと跳ね上がる。


 そして、その手に携えていた小銃を女性の額に向けて構える。それでも、女性は微動だにしなかった。兵士が、銃身と平行になるように伸ばしていた指を引き金に掛ける。そして、躊躇無くその指に力を込めた。

「ダメーッ!!」

 その制止の声を聞くことなく銃声が響き、弾丸が弾き出される。人の目には捉えられないそれは、女性の額の脇を掠めていった。ドシャッと音を立てて、兵士が床に倒れ込む。

 驚きの表情で兵士が顔を上げると、そこには小銃を持った少女が立っていた。

 甲高い叫び声を上げながら、少女が銃に飛びついたのである。予期せぬ方向からの衝撃に、兵士は耐えられなかった。

「このガキ……!」

 兵士が直ぐ様右手で、腰に指した拳銃を引き抜こうとする。が、それは叶わなかった。


 兵士の元に駆け寄った少女がその両手を踏みつけたのである。そして、長さが余りストックを脇に挟む様にして持っていた小銃を、開いていた兵士の口内にねじ込んだ。

──何なんだよ。コイツ。

 兵士の目に映る少女の表情は、必死そうにも虚ろにも見える顔をしていて、その瞳はまるで焦点が合っていなかった。

 連なった銃声が響いた。教会の床が、次第に赤く汚れていく。

「ア、アアア……」

 およそ生物の出す物とは思えない声が、少女の口から発せられる。そこに、シスターと呼ばれた女性が駆け寄った。少女は、その女性に縋り付く。


「テミス、よーくききなさい?」

 女性は、自分の服を強く握りしめる少女に優しく語りかけた。少女は、疑問符を浮かべながら女性を見上げる。

「神様は、いつでも貴方を見ています。だから、自分が正しいと思う行為をしなさい。自分が正義だと思う行為をしなさい。決して、自分に嘘をついてはダメよ」

 その言葉に、少女がコクンと頷いた。

「じゃあ、汚れたその服を着替えてきなさい。私は……行くところがあるから」


 少女を扉の奥へと送ってから、女性は死体を引きずるように外へと引っ張っていった。

 着替え終わった少女が扉を開けると、そこには死体も、女性の姿も無かった。

 何か嫌な予感が駆け巡り、少女が教会から飛び出す。呼び慣れた、女性の名を叫びながら……


 その教会に、二度と人が戻ることはなかった。

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