目覚め

 他の病人とは違い、ラリーの病室は個室だった。

 その強面の顔が、唐突に歪められる。苦しそうに呻いてから、閉じられていたその両目が開き、光が取り込まれる。窓から飛び込む光は慣れていなければ強烈で、開けた瞳は直ぐさま細められた。

「ラリー……!!」

 ラリーのベッドの側に座っていたアメリアが、ラリーに飛びかかるように立ち上がった。その勢いを受けて椅子が弾かれ、音を立てて倒れる。

──ハッ……そういえばお医者さんが絶対安静って言ってた、かも。

 アメリアの体がビクッと一瞬跳ねて、止まる。両腕を掲げて、今にもラリーを襲わんとしているような体勢は、他にこの光景の目撃者がいると明らかに誤解されるようなものだった。


 ラリーの目が次第に光に慣れ、焦点を取り戻す。そして、隣の自分の上に影を作り出している者へと、視線を向けた。

「何やってんだ……お前」

 ラリーが呆れた調子で言った。その言葉に弾かれた様にアメリアが後ろの椅子に座り直そうとする。

「い、いや! 何でもなキャアッ!!」

 だが、そこに椅子は無かった。思いっきり尻餅をつき、倒れた椅子に後頭部を強打して、アメリアが床でのたうち回る。後頭部を押さえながらの激しいその動きは、さながら新しいトレーニング法のようでもあった。

「……何やってるんだ、お前」

 ラリーが蔑むような目で見下ろしながら言い放つ。その声音は先程よりも、馬鹿にしている色合いが強かった。


「ううう……私ドジだぁ」

 全身を縮こませる様に頭を抱えるアメリアを見下ろして、何を今更、と思ったがラリーは口に出さなかった。そしてその身を起き上がらせようと、捩る。が、体はまるで言うことを効かなかった。

 ラリーが戸惑うように思案顔になる。長い眠りから醒め、次第に鋭敏な感覚を取り戻していくその体からは、送られるべき両足の膝から下の感覚と左手の信号がまるで伝わってこなかった。

 顔を引きつらせながら、ラリーが右手で体にかかった毛布を剥ぐ。放られた毛布は立ち上がろうとしていたアメリアに覆い被さり、短い悲鳴を上げながら再びアメリアが転んだ。だが、ラリーはそんなことを気にも止めていない様だった。

「ちょっと! 何すんのさぁ! ラ、リー……?」


 毛布を剥がしながら糾弾するアメリアの声は、絶望に染まっているラリーの顔を見て尻すぼみになっていった。

 ラリーの目に映る、包帯に巻かれた自らの体。それらには人として付いているべき左手と、膝から下が無くなっていた。そして、次第に鮮明な記憶を取り戻していく頭が、ラリーの顔を絶望から憎悪へと変化させていった。

「アメリア、幾つか質問がある」

「う、うん」

 アメリアが椅子を起こして、座る。毛布は畳んで、その膝の上に置かれていた。


「今、国はどうなってる?」

「今は、実質ドルトニアの支配下になってるよ。シェルティエードの皆は、壁際の所に追いやられてる」

 そうか、と答えながらラリーが目を伏せる。その顔に込められた思いは、アメリアが読み取ることはできなかった。

「……かなり、長い間寝てたみたいだな。俺は」

「4日間は寝ていたかな。いや、運び込まれた日も含めると、5日間は寝てたよ」

「で、コナーはどうなった?」

「コナーって、コナー・ブレンダン隊長?」

「ああ……隊長?」


 その言葉を聞いて、ラリーの顔が曇る。

「うん。コナーさんは、この国の第一部隊の隊長になってるよ」

「第一部隊? つまり、軍のトップと言うことか、アイツは!」

「お、落ち着いて? もう一人偉い人が居るみたいだけど、それでも上から二番目、かな」

 それに、ラリーは言葉を返さなかった。代わりに、口からかすかに歯ぎしりの音が漏れる。

「何か、義足とか歩けるような奴はあるか?」

「あるには、あるけど」

 ラリーには死角になっているベッドの下辺りをアメリアが漁る。そうやって取り出した義足は、木を使っており足を模した単純な作りをしていた。


「付けて、くれないか?」

 うん、と頷きながらアメリアが義足をはめる。あらかじめ作っておいた物なのか、ラリーの足にピッタリとはまった。

 その瞬間、ラリーが勢いよく立ち上がる。それに驚いたのか、アメリアが後ずさった。気にも止めず、ラリーが扉に向けて歩き出す。

「待って!!」

 アメリアがラリーの服の裾を掴む。目障りだ、と言わんばかりに勢いよくラリーがそれを振り払った。が、それによってバランスを崩す。

「うわっ、ととと……そんな体で、どこに行くつもり!?」


 倒れそうなラリーを、アメリアが体で受け止めた。だが、ラリーは右手を大きく振って、アメリアを払った。あまりの勢いに、アメリアが床に転がる。


「何って解らないか? 殺しに行くんだよ!! コナーを!!」

「できると思ってるの!? そんな体で!?」

 ラリーの声に比例するように、アメリアが声を荒上げる。それは、ラリーに見せたことのない怒りの表情であった。

「ああ、できないかもしれないさ。けどなここでそうしないと、あいつらに、マカロフ隊長に示しがつかねぇだろうが!!」

「そんなことないでしょ? マカロフ隊長はラリーを生かしたんだよ。自分の命をなげうって! そんなことをさせるために生かした訳じゃないでしょ!? もっと人の気持ち、考えてよ……」


「……わかんねぇよ。そんなもん」

 そう言って立ち去ろうとするラリーを、軽い衝撃が襲った。その背中に感じるのは、人特有のほんのりとした温かさであった。

「ラリー、死なないで。そんな簡単に死のうとしないで。生きる理由が無いなら……私と、マカロフ隊長の為に生きて」

 直ぐ後ろで聞こえるアメリアの声が、ラリーの耳朶を打つ。

 付け加えるように、お願いだから、お願いだからという声が部屋を包んだ。

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