生きろよ
マカロフは、ラリーを背負って駆けていた。かなり体格のいい大男を背負いながらも、彼は息を切らす事無くかなりの速さで走っている。ナイフは、腰の鞘に納められていた。
入り組んだ道を駆け抜け、マカロフは周りと比べて一回り二回り程大きな建物に辿り着いた。空いている右手でその扉を開けた。
そこは、病院だった。
「誰か手の空いている医者はいるか!?」
彼が声を張り上げて叫ぶと、待合室にいた全員が、彼をうざったそうに見る。が、背負っているラリーに目を移すと、それは次第に驚きへと変わっていった。
それもそのはずである。まるで只の布切れのようにダランと垂れ下がっただけのそれからは、全くと言っていい程に生気が感じられなかった。
だが、マカロフを目はそれとは対照的だった。コイツはまだ生きている、コイツはまだ助かると、その瞳が語っている。
そして、看護師に連れられるように、奥から優しそうな細身の医師であろう男が現れた。
「マカロフさん! その方は!?」
マカロフの名を叫びながら、その医師が蒼白な顔をして駆け寄る。この病院は、兵士が担ぎ込まれる事が多々あり、医師と顔見知りの兵士も多い。
「膝から下、左腕が無くなっている。火傷で血は止まっているが……助かりそうか?」
「これは……担架を持ってきて!」
医師が、難しい顔をしながらそう叫ぶ。その言葉を聞いて、マカロフの表情に安堵の色が浮かんだ。
直ぐ様、担架を持った看護師達がやって来る。そこにラリーを乗せると、開いている病室に運び込まれていった。
「……任せたぞ」
「はい」
去り際、マカロフが医師にそう言った。それに、医師は力強く頷きを返す。
「さて……」
何かに、覚悟を決めた顔で、マカロフは病院を去った。そのまま、城壁の扉の元へ走り出す。
が、大通りに出た途端。
「居たぞ!」
マカロフを発見した兵士達が、大声でそう叫んだ。ピタリ、とマカロフの動きが止まる。振り向くように兵士達を見やると、そこには15人ほどの人間がいた。
彼らの距離は、50mほど離れている。小銃の性能から言えば、かなり弾がブレる距離だ。が。
「数撃てば当たる、か」
マカロフが忌々しげに呟いた。そのまま、腰からナイフを抜き去る。それに反応するように、兵士達が銃を構えた。
━━何か盾になるものは……無いか。隠れる場所も無い。分が悪いな。
それでも、マカロフは逃げなかった。
強く地面を蹴り飛ばし、兵士達に肉迫する。が、マカロフが兵士に辿り着くより速く兵士達が発砲した。マカロフは両腕を掲げ、頭と心臓部を防ぐように覆った。
瞬間、マカロフを弾丸が襲った。肉が穿たれ、爆ぜる。両腕に数発、弾丸が叩きこまれ骨にヒビが入る。右の太腿を撃ち抜かれ、速度がガクンと落ちる。
それでも、マカロフは止まらなかった。
痛む脚を踏みしめ、まともに動かない腕に力を込め、駆ける。そこに、再び弾丸が叩きこまれた。
掲げていた腕の骨の隙間を貫通し、左胸の肺に風穴を開ける。まるで、穴の開いた水袋のように、空気が押し出され、肺が縮む。首筋を掠り、血が噴き出る。
だが、マカロフはまさしく、首の皮一枚繋がっていた。
遂に、マカロフが兵士達に自らのナイフが届く距離にまで迫った。右腕を、全身を使って引き絞る。
━━悪魔かよ、コイツ
眼の前にいた兵士が、そう思った瞬間。その悪魔が兵士の命を刈り取った。
兵士達が咄嗟に、マカロフの左右に立つような立ち位置で銃を構えた。
焦っていたにしても、それは愚策中の愚策であった。
直ぐ様マカロフがしゃがむと、その頭上を弾丸がすれ違う。そして、それぞれ向かい合う兵士の首筋と肩を貫く。伏せた状態で状況を把握したマカロフは、肩から血を流しながらバランスを崩している兵士へと跳ぶように迫った。
跳んだ勢いのまま、兵士の腹にナイフを突き立てる。そして、突き飛ばしながら腹を掻っ捌いた。
死体は後ろの兵士を押し倒しながら、腹の中の臓物をぶち撒けた。まるで、腹の中から虫でも這い出てくるかのような惨状に、周りの兵士が竦み上がる。
次の兵士をその手にかけんと、マカロフが振り向いた。
ズドッという、酷く生々しい音が聞こえた。
マカロフが音の元を見やると、そこには深々と刺さり、恐らく背中まで貫かれているであろうサーベルが目に入った。
頭に送られる、ズキズキと焼けつくような刺激。腹部から送られるそれを受け、口から血が吐き出された。
「く……そ、ガッ」
サーベルを突き立てた、零距離にいる兵士の脳天に向かって、最期の力を込めたナイフを振り下ろす。
それはいとも容易く頭蓋を貫き、脳に切れ込みを作った。
そのマカロフの背中に、いくつもの弾丸が降り注いだ。
それは、急所であろうがそうでなかろうが、無差別に破壊を振り撒いた。それを受けて、マカロフの体が倒れゆく。
━━チッ。こんなんで終わりか……俺の分まで生きろよ。ラリー。
それは、もう、二度と動くことは無かった。
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