救済

 マカロフは、本来使用人達が使うはずの階段を駆け下りていた。その階段は調理場と大食堂へと続く通路を繋ぐもので、わざわざホールを通らなくても最短経路で料理を運ぶことができる。

 大食堂を出たマカロフは、城門が開けられることを阻止するために城から脱出しようとしたが、敵に見つかり、それを撒くためにこの階段を使ったのである。

「俺もよくよく運の無い男だな……!」

 階段を降りきったそこは、ただただ真っ赤であった。

 奥が見えないほどに炎が燃え上がり、黒煙が視界を黒く染める。マカロフが、そこから溢れる熱を浴び、思わず目を細めた。


 一瞬迷いながらも、マカロフは覚悟を決めた顔で炎の中へと突き進んで行った。

 その体が、腕が、脚が空気を裂いて行く。それにより生まれた流れが轟々とした炎を退けていった。少しでも立ち止まれば、その炎は身を焦がすだろう。

 途中にあった木の板を気付いているのかいないのか、蹴り飛ばしながら進んでいく。そうやって突き進むマカロフの目に、燃えて既にその役割を成していない扉が写った。


━━よし、ここから続く扉を二つ開ければホールに出られる

 マカロフは、決意を固め、扉へ猛然とタックルを放った。扉は、その衝撃を受けて弾け飛ぶ━━はずだった。

 勢い良く開いた扉は、何かにぶつかってその動きを止めた。半開きになってできた隙間に飛び込むように、マカロフが扉を通り抜ける。

 瞬間、凄まじい熱気がマカロフを襲った。思わず右腕を掲げて熱気の元を見やると、そこには燃え上がり、積み重なった木の山、そしてそこからニュッと飛び出ている人間の腕が写った。


 止まることのなかったマカロフの動きが、その瞬間に止まった。その視線が押しつぶされた腕、その腕が掴んでいる見覚えのある大剣に向けられている。

「……ラリーか?」

 マカロフが、その大剣の持ち主の名を呟いた。

 そして、直ぐ様駆け寄り木の山の一番下の木版に手を入れて持ち上げる。恐らくは扉で有っただろうそれは、上の全ての重さが乗り、凄まじい質量となっていた。

 常人には動かす事すらままならないであろうそれは、少しずつだが上に動いていった。

 木板が、マカロフの腰辺りまで持ち上がった。瞬間、マカロフが生まれた隙間に体を滑りこませ、全身のバネを使って一息に持ち上げた。その勢いに押され、木の山が木板ごと反対側に倒れる。


 案の定、そこにはラリーが倒れていた。

 両足の膝から下は、折れ曲がり、捻れ、人間ではありえない形になっていた。左腕が切り離されていて、体から少し離れたところにあった。そして、その傷口は焼かれている。それが原因か、不思議と周りに血の跡は無かった。

 マカロフがラリーの傍に屈み、口の付近に手をかざした。その手に、かすかな息遣いが感じ取れる。それに、マカロフが目を見張った。


━━あの木の板が盾になったのか……。炎が上で燃えてるなら、煙を吸い込むリスクも下がる。それでも、俺が遅かったら死んでいただろうな……。

「奇跡、か」

 思わずマカロフが呟く。

「……担いでいけるか?」

 更に呟いて倒れた木の山の方を見ると、その奥にマカロフに向かって銃を向けている兵士が視界に入った。

「間に合うか……!」

 マカロフは、木の山の一番上にあった木柱を片手で上に放るように持ち上げた。兵士が撃った弾丸は、それにめり込んで動きを止めた。


 が、別の角度から放たれた弾丸が、マカロフを貫いた。他の兵士が一人、マカロフを狙っていたのである。その兵士は、更なる弾丸を送り込もうと再び狙いをつけた。

 が、それをマカロフが木の山に跳び乗るように動いて躱す。そして、不安定な木の山を足場にして左に跳び、兵士達を撹乱させる。

 そして、マカロフがホールの床に足をつけた瞬間、彼の姿が消えた。

 そう見える程、マカロフは速かった。最も近い兵士とマカロフの距離は10m程だった。それを、マカロフは一瞬と言えるような速さで詰める。


 兵士が近づかせまいと発砲する。が、マカロフが首をかしげるように曲げ、それを躱した。

 そして、兵士が再び狙いをつけようと前方に銃を向ける。が、そこにマカロフの姿は無かった。

 マカロフは、兵士の脇を通り抜けていた。その瞬間に、兵士の首を刎ねていたのである。兵士の驚いた表情をした顔が、首ごと落ちる。噴水のように血が噴き出して、辺りを赤い絵の具をぶちまけたように真っ赤に染めた。


 もう一人の兵士が戦慄の表情をしながらも、マカロフに発砲した。それを、マカロフは崩れ落ちる死体を掴んで盾にして防ぐ。

 そして、その盾を前に掲げながら兵士に突進した。抵抗するように兵士が発砲し、数発は骨の無い部分を貫通してマカロフに傷を負わせるが、どれも致命傷にはならなかった。

 そして、マカロフが盾を叩きつけて兵士を突き飛ばす。そのままホールの壁に兵士を押し付けた。


 そして、逆手に持ったナイフを頭部に突き立てた。ナイフは頭蓋骨を突き破り、脳に深々と刺さる。それを引き抜くと、中から湧き水のようにゴポゴポと血が溢れでた。

「……チッ、胸糞悪いな。……急いでラリーを運ぶか」

 マカロフが小走りで駆け寄り、ラリーを左肩にかけるように担いだ。右腕にはナイフを握ったままである。

「生きろよ……! ラリー!」

 そして、そう言ってマカロフは駆け出した。ホールの扉を抜け、王城から出る。……が、その後ろ姿を偶然にも、王城の中を徘徊していた兵士に見られてしまう。

「……あれは、マカロフ隊長か? おい! マカロフ隊長が生きていたぞ! 王城から出やがった! 追うぞ!」

 王城から立ち上る炎が、更に強くなった。栄華を誇るように高く建てられたそれを、飲み込むように、包むように広がっていく。薄暗くなった空を、その赤さに染まっていった。

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