裏切り者

 ラリーは、ホールから階段を登っていった。その扉を開ければ通路に繋がっていて、その奥には大食堂がある。

 だが、その扉はラリーが辿り付く前に開かれた。ラリーが驚いた顔でそれを見ていると、中からコナーが出てくる。その姿を捉えて、ラリーが睨むような顔で問い詰める。

「コナー。お前が知ってることを話━━」

 ラリーが、その言葉を言い切ることはできなかった。

 コナーが突然、ラリーに向かって駆け出し最低限の動きで突き飛ばす様な蹴りを放ったからである。不意をつかれて、その蹴りが胸を捉えた。


 その衝撃を受けて、ラリーが後ろにバランスを崩した。

━━これは、落ちる!

 そう察知したラリーは、無理にバランスを取り戻そうとせず、上体を捻って自分から飛び込む様に階段を転がり落ちていった。上手く体制を整える。腕で頭を包むように守り、可能な限り体を球状に近づくようにした。

「やれ」

 かなりのスピードで階段から転げ落ちていくラリーを見下ろし、コナーが部下に指示を出した。兵士達がそれに従い、銃を構える。

 ラリーの体が床についた瞬間、兵士達が構えていた銃が火を吹いた。


 だが、ラリーは床で止まることなく、転がり落ちる勢いそのままに後ろに転がる。弾丸は、ラリーを捉えることは無かった。

 その予想外の動きに兵士達が驚いたが、それも一瞬で再びラリーに狙いをつける。が、ラリーは両手で体を跳ね上げる様に床を押して起き上がった。

 そして、兵士達が向ける射線を塞ぐように大剣を構える。

「……相変わらず、バケモノじみた動きですね」


 呆れたように、だが楽しそうにコナーが言う。そして、その腰から素早くレイピアを抜いた。そのまま、ゆっくりと階段を降り始める。

 十字のような単純な作りの基礎に、貝のような、とぐろを巻いた蛇のような装飾が取り付けられている。刃の部分のほんの最初の部分は切れないようになっており、そこは装飾に隠れていた。

 その、十字の鍔の上に人差し指を引っ掛けるように握る。切れないようになっている部分は、人差し指が切れないようにするために作られたものである。

 この握り方によって、腕とレイピアが真っ直ぐ繋がったような持ち方ができる。


「俺からすればお前の方がバケモノ……いや、人でなしだな」

 ラリーは、そう言いながら構えを下段に戻し、右手の親指で大剣の止め具を外した。重量に引かれ、鞘がゴトリと重質な音を立てて落ちた。現れた刀身は、光を弾いて白く輝き、その切れ味が鋭いものであると連想させた。

「ハハハ……相変わらず素敵なユーモアセンスですね」

 そして、コナーが階段を降りきった。

 コナーが、右手を後ろに引いて半身になる。左手を前に出して、腕と肩が真っ直ぐ繋がるようになり、それと並行になるようにレイピアを持ち、そして後ろ足に力を溜めているような前傾姿勢で構えた。


 王城のホールに、静寂が訪れた。そして、それは破られる。

 階段の上に立っていた兵士達が、ラリーに向けて発砲したのだ。目の前の敵に集中していたラリーは、一瞬反応が遅れたが、大剣を上に掲げるようにしてそれを弾く。

 そこに畳み掛けるように、コナーがラリーに迫った。踏み込んだ勢いと、体全体の捻りを加えた突きが放たれる。

 ラリーは、掲げた大剣をそのまま振り下ろして突きを払う。床に当たる直前に、力を弱めて刃こぼれを避けた。が、レイピアの軽さを生かしたコナーが、大剣に打ち付けるように鎬の部分をぶつけた。


 大剣を持ち上げようとしていた矢先の衝撃に、ラリーに一瞬の隙が生まれる。その隙に、打ち付けた時の反作用の力を使って、振り上げるような斬撃が放たれる。

 ラリーはバックステップでそれを躱すが、それを押すようにコナーが斬撃の力で体を回して突き出すような蹴りを放った。それを受けて、ラリーがバランスを崩す。

 計ったように、そこに銃弾が送り込まれた。ラリーが大剣を振ってそれを弾くが、弾き切れなかった弾が左肩を貫いていった。


 痛みに顔をしかめているラリーに息つく暇も与えないようにコナーが地面を蹴った。リーチギリギリから、突きが放たれる。

 ラリーが大剣を大きく横に振って払おうとするが、それはレイピアには当たらなかった。踏み込んだ足を後ろに伸ばし、上体を反らして腕を無理矢理引き戻すことによって、ラリーの斬撃を空振らせたのである。

 ラリーは、大剣を振った力を利用して体を限界まで捻る。が、その大剣の鍔に狙い澄ました突きが放たれた。

 限界まで捻られたということは、これ以上捻れないということである。突きの力を受けて大剣を振りかぶった体制のまま、ラリーの動きが一瞬止まる。


 その脳天に、レイピアが振り下ろされる。すんでのところでラリーが強引に大剣を振り回しそれを弾くが、弾かれた力を利用してコナーがまた右手を後ろに引いた突きの構えを取る。

 全身の筋肉を使い、ラリーが頭や胸を守るように大剣を構えた。が、突きが放たれる前にその角度が変えられ、隠しきれていなかった右脚の太腿をレイピアが貫いた。そして、それが横に払われて、両太腿の内側が切り裂かれる。

 体に冷たい刃が入って抜ける怖気が走るような不快な感覚。太腿の内側の痛覚が集中した部分を斬られる焼けつくような痛み。それを感じ、ラリーの顔が苦痛に歪んだ。


 レイピアを引き抜く力で体を回転させ、コナーは左腕でラリーを殴った。殆ど感覚の失われた脚ではその力を受け止めきれず、二、三歩後ろに下がる。倒れそうなその体を、大剣でなんとか支えていた。

 兵士達がラリーにとどめの銃弾を放とうとするが、コナーが左手を上げてそれを制する。

「一対一には向かないその大剣で、個人戦向きのレイピアとここまでよく戦いましたね。あなたはやっぱりバケモノですよ」

「……お褒めに預かり光栄だ裏切り者。……殺すなら殺せよ」

「いや、あなたが味方についてくれるなら、生かしてあげてもいいと思いましてね」


 ニヤニヤと、下卑た笑みでラリーに問いかけるコナーと、それを聞いて憎悪を膨らませるラリー。その二人の間に、不意に焦げ臭い臭いが立ち込めた。

 ホールの端にある、料理人や使用人がいる、丁度ラリーの背中の方向にある扉から、チロチロと炎が見え始めていた。それを、コナーが怪訝そうな顔で見る。

 が、それも一瞬ですぐ下卑た笑みに変わる。

「……さぁ、どうです? あなたが居るとこちらも心強いんですが。勿論、元自分の隊長を殺すのも気が咎めますし」


 そんな事をまるで思ってないような顔で、コナーがいい放つ。

「……ふざけてんのかお前ッ!」

「いいえ。これっぽっちも。いつもどおり至って真面目ですよ」

「……ッ! 絶対許さねぇ!」

 自分を支えていた大剣を無理矢理持ち上げ、がくつく脚を制して、ラリーが立ち上がった。

━━何があったかはよく知らねぇが……コイツが裏切った事だけは、そして味方を一人でも殺した事だけは、解る!

 自らの燃え上がる怒りが、ラリーを突き動かしているようだった。大剣に支えられていた先ほどとは違い、今は強く床を踏みしめて立っている。


「交渉決裂ですか。残念です。……なら、死ね」

 コナーが容赦なくラリーに斬撃を放つ。必死に大剣でそれを受けるが、脚が上手く動かせない状態では競り合いも、そしてロクな反撃もすることができなかった。

 コナーが、ラリーをいたぶるようにギリギリで受けられる斬撃しか放たない。それに押されて、ラリーは少しずつ後ろに下がっていった。

 ついに、ラリーが背中に扉から漏れる熱を感じられる程まで押される。それでやっと、ラリーは後ろの扉が燃えている事に気付いた。


 それに、一瞬ラリーが気をとられる。その隙に、コナーが全力の蹴りをラリーに放った。それと同時にコナーが腰に下がっていた最後の破片榴弾を取り出し、すぐさまピンを引き抜き放る。

 ラリーが、背後の扉にぶつかる。そして、ラリーの頭の上で破片榴弾が炸裂した。破片が撒き散らされ、その一つがラリーの左肩を貫く。大半は、扉の上の柱に突き刺さった。

 そして、その衝撃を受けて、扉と共に柱がラリーの上に崩れ落ちていった。燃え盛るそれに潰れるように、ラリーの姿が見えなくなる。


「ふぅ。さて、第五小隊がそこで伸びてるし、俺達が扉を開けに行くか」

 コナーが、鞘にレイピアを戻してそう言った。それに従って、兵士達が階段を降りてくる。

「あ、待て。お前は安全な所にコイツらを連れてけ。そして、他の奴らにも城が燃えてると伝えろ。まぁ、いずれ気づくだろうがな」

「わかりました」

 そして、兵士の内一人を指さしてコナーが言った。それに兵士も従う。それを確認したコナーは、兵士達を連れて王城を出た。


 王城から、次第に火が広がっていく。それは、遅いものだったが、確実に、確実に広がっていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る