過去編

敗者の凱旋

「良し! 今が好機だ! 全員攻め込めぇッ!」

 その声に周りの兵士達が雄叫びを上げ、敵の拠点に攻め込む。それに怖気づいたのか、敵の兵士達が一目散に逃げ出した。それに、周りの兵士が嘲笑を含めた勝鬨を上げる。

「何か……何かがおかしい」

「どうしたんですか? 隊長」

 そう聞かれた男は、ラリー・アウトバーン。第四部隊隊長である。


 現在、シェルティエード王国軍は敵国であるドルトニアが建てた仮設補給基地を攻め込み、敵の退散によって勝利を収めたところであった。それを伝えるため、軽装の伝令兵が走りだす。

 この暑すぎる地域では人が乗って操るような動物はいない。例えいたとしても1つ1つの砂粒が限りなく細かいこの砂漠地帯では、足を取られて上手く進めないだろう。この砂には、股関節の可動区域の広い人間の足が最も適している。


「いや、あまりにも速く敵が引いたんでな。少し、不自然だ。お前もそう思わないか? コナー」

「……心配し過ぎじゃないですか? 縁起でもない」

 ラリーが、先程から会話している男に目を向ける。

 その男は、ラリーが率いる第四部隊の副隊長であるコナー・ブレンダンだった。

 男にしては少し長めの髪、それを全て後ろに流している。そのため、前髪は無い。彼の顔は、そんなキザな髪型が似合う、聡明で優しそうなものだった。眼光の鋭い、少し強面のラリーとは正反対の顔つきである。


 その腰には、他の兵士とは違いレイピアが挿してある。だが、その手には小銃が握られていた。

 兵士達は、小銃の他に剣や槍などの白兵戦の武器を持っている者や、弓などの小銃以外の物を持っている者も少なくはない。銃がまだ発展してなく、まだ弓のほうが命中精度が高いのだ。だが、弓を使いこなす為には銃より多くの時間がかかるため、即戦力として銃も採用されている。


 ラリーは背中に大剣を担いでおり、その腰には小銃が吊られていた。

 立ち話を続けるラリー達をよそに、兵士達が占拠した仮設補給基地の中から食料や武器などを運び出していく。その様子が目に移り、ラリーがハッとした様に顔を上げた。

「俺達もやるぞ」

「ですね」

 そう言って、二人も中へと入っていった。


 小一時間経ち、物資の積み込みが終わった。大きな板により、重さで沈み込むことを無くした台車にいくつもの袋が積まれ、それを二人がかりで兵士が押している。その頃には、日が落ち始めていた。

「よし、行くか! 勝者の凱旋だ!」

 ラリーの前方でそんな声が聞こえた。その声に、兵士達が再び雄叫びを上げる。

 その声を発した男は、マカロフ・バーン。シェルティエード王国軍、軍隊長である。

 ラリーの更に一回りガタイがよく、身長は他の兵士よりも頭一つ分飛び出ている。短くボサボサに伸びた髪の奥の顔つきはむさ苦しく、顎からは無精髭を生やしていた。

 そして、兵士達がゾロゾロと歩き出した。


 そこまで時間がかかることもなく、王都にたどり着く。

 重い、腹に響くような音を立てながら扉が開いていった。同時に、中から溢れる歓声と壮大な音楽が兵士達を包み込む。王城へと続く大通りを、悠々と兵士達が進んでいった。

「この後は、宴ですねぇ。隊長、一緒に飲みませんか?」

「いや、俺は寄りたいところがある。少し遅れるよ。あと、俺はあまり酒が好きじゃないからな。飲まんかもしれん」


 コナーのその誘いを、ラリーは断る。そして、その儀式じみた凱旋が終わると、ラリーはその列を抜け、別の場所へと向かい始める。第四部隊の兵士達が、怪訝そうな顔でラリーを見た。

「副隊長……大丈夫ですか?」

「なにがだ?」

 これまでの言動からは考えられない鋭い口調でコナーが問いを返す。

「隊長が列から抜けていきましたが……これでは……」

「案ずるな。奴1人居たところで、計画は止められないだろう」

 何かを別の意図を含んだその言葉が、ラリーに聞こえることは無かった。


 ラリーは、アメリアの鍛冶屋に向かっていた。軍直属の鍛冶屋である彼女は、大通りに店を構えている。生産性に欠けるが、その丁寧な造りには定評があり、普通の兵士が使う物ではなく、隊長副隊長クラスが使う武器の生産を手がけている。

 その他にも、包丁などの製造もしており、一般市民からも人気が高い。

「アメリア……いるか?」

 ラリーが、店の前に立って言う。アメリアは基本、店の裏の工房にこもっているのだ。


「はーい!」

 奥から元気のいい返事が聞こえ、裏へと続く扉が開かれる。

「……なんだ、ラリーじゃん。勝った?」

 その扉から出てきたアメリアは、その顔を綻ばせて言った。心なしか、嬉しそうに見える。

「当たり前だ。負けるわけねぇだろ」

「そう。良かったね。で、どったん?」

「コイツを研いで欲しくてな。……よっと」


 ラリーが、背中から鞘ごと外して大剣を渡した。それをアメリアが両手で重そうに受け取る。

「相変わらずすごい重さだね。よく片手で持てるよホント」

「持つことぐらいは、な。流石に振り回すことはできない」

「そりゃバケモノだね。ちょっと待ってて。すぐ終わるから」

 アメリアが、奥に入っていった。すぐに、金属が擦れる甲高い音が鳴り始める。扉から漏れるその音を聞きつつ、ラリーが暇そうに待っていた。

 辺りが、次第に赤く染まっていった。城壁に隠れるようにして、日が沈んでいく。


「ではでは……勝利を祝って、乾杯!」

 王城の大食堂では、宴が始まっていた。兵士達が杯を酌み交わし、やんややんやと騒ぎ立てている。だが、その中に第四部隊の姿は無かった。

「軍隊長、1杯どうですか?」

「ああ。いただくよ。ありがとう」

 マカロフは他の兵士のように騒ぐことはないものの、喜びに浸っていた。だが、その顔には油断の表情が浮かんではいなかった。


 そして、ラリーのいない第四部隊は……

「全員、準備はいいか?」

 武器庫に収めていた小銃を取り出していた。コナーの声に、他の兵士が頷く。

「よし、行くぞ」

 そして、宴が行われている大食堂に向かい、音も無く走り始める。


 王都が、闇に染まっていった。城壁から、侵食される様に、次第に。それが、王城を飲み込んでいく。

 その光景は、普段通りのものであった。が、なぜか不安を掻き立てられるような何かが、そこにはあった。

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