真実
「さぁ、知ってることを全部話してもらおうか……ついて来い」
そう言って、男が女に背中を向ける。その隙に女は拳銃の装填を行おうとする。
「待て。武器は全部捨てろ」
が、再び男に剣を突きつけられ、それはかなわなかった。
━━コイツとやっても勝ち目はないからな……武器を持ち込んだところで、反抗したら殺される事には変わりない、か。
そう考えた女は、右手に持った拳銃を投げ捨て、ズボンからいくつものナイフや暗器を取り出し、捨てた。
更に、ズボンを脱ぎ捨てる。ピチッとした太腿まであるパンツが露わになり、その肉付きのいい太腿を締め付ける様に、バンドが巻き付いていた。
そのバンドに、いくつもの小型のナイフが刺さっている。そのバンドごと、投げ捨てた。
更に、自らの胸の中に手を突っ込み、中から小ぶりな、弾倉のない一発しか装填できないような後詰め式の拳銃が出てくる。それを、足元に落とした。
「はい。これで全部だよ」
「ホントか?」
「調べるかい?」
そう言って、女が妖艶に微笑んだ。挑発するように手招く。
「いや、遠慮する」
男は興味なさそうに一瞥し、扉に向かって歩き出した。女もその後ろについていく。
男は先程ドアノブがあった、今はただの穴になっている部分を掴み、扉を開けた。
その瞬間。
「ウッラアアアアアアアアアアアア!!」
待ち構えるように立っていた人間が、地の底から響くような気合と共に、顎に向かってアッパーカットの様な軌道で巨大なハンマーを男に向かって放ってきた。
凄まじい質量と速さを伴ったそれが、男に迫る。
「なっ……!」
その予期せぬ攻撃を男が上半身を反らし、何とか躱す。が、バランスを崩して後ろに倒れた。目の前で起きる展開が扉に隠れてよく見えず、後ろについてきていた女が眉を潜める。
「……あれ? ラリー?」
先程気合の声が聞こえたところから、今度は少し高めの、女性の声が聞こえてきた。男が顔を上げると、ハンマーを担ぎ、作業服に身を包んだ女性の姿が目に映った。
扉の中から漏れる光を後ろにたたえ、ハンマーを担いだ仁王立ちでの登場は、やたらと仰々しく、その姿に男は思わず苦笑する。
「あんまり大声でその名前を呼ぶな。……アメリア」
アメリアと呼ばれたその女性は、可愛らしくも、親しみやすいオーラを醸し出していた。
髪はくすんだ金髪。それを短く切りそろえており、その前髪の奥にある顔は、小作りに整っている。丸型の大きな瞳は、髪の色と同じ金色で、唇は薄く、桜色に染まっていた。背は低く、少年と大差ない程である。
アメリアと呼ばれたその女性は、ニッコリと可愛らしく微笑みながら、手招く。
「まぁ、取り敢えず入りなよ。狭いけどさ」
「そうしようとしたら殴られかけたけどな」
男が立ち上がりながら毒づく。
「だって、だってさあ! 鍵かけてたらドア壊されて怖かったんだもん! か弱い私が対抗できるわけ無いでしょ?」
「か弱い奴が入ってくる奴をハンマーでぶん殴ろうとするわけねぇだろ」
回り込んでやっと何が起きているのか理解した女が、ため息をついた。
「はぁ……イチャイチャしてないでとっとと入れて欲しいんだけど?」
その言葉を聞いて、アメリアが一瞬、不服そうにそちらを睨むが、すぐ柔和に微笑んで部屋の中へと入っていった。男がそれに続き、追いかけるようにして女も中へと入る。
「さて、そこに座りなよ」
中は凄まじく暑かった。
それもそのはずである。ここは鍛冶屋であるアメリアの工房。王都が落ち、新しい政治体制になってから刀剣類の無断製造は禁止になった。直属の鍛冶屋でしか、やっていけなくなったのである。
元王都の直属鍛冶屋であったアメリアが認められるはずも無く、広場に構えていた店を畳むことになったが、この裏路地の空き部屋を何とか買い取り、今はここが工房になっている。
そんなところに放熱機器も、そして十分な広さを確保することすらできるはずがなく、中には熱気がこもっていた。
その入り口にいくつか椅子が並べられており、そこに少年が座っていた。男がその対面に座り、女も男の隣に座る。
「何もなくて、ごめんねー」
アメリアが気の抜けた声で謝った。そして、男が少年を顎で指しながら隣の女に問いかける。
「なぜ、こいつを狙う?」
「……こいつが、元この国の王子である可能性が高いからだよ」
男が、驚いた顔で少年を見つめる。少年は、深く、顔が見えないほどに深く項垂れていた。
「本当……なん、ですか?」
その問いに、少年が顔を上げた。その顔は、今まで男に見せていた人懐っこい笑みとは違う、何かに諦観したような酷く据わった目つきをしていた。
「そうだ。殺したければ殺せ」
その答えに、男が深く考えこむ様な表情をする。
「もう聞くことは無いかな?」
女が薄く笑みを浮かべながら飄々と聞いた。だが、男はそれに答えない。
酷く空気が重くなったような、息をする音すら響くような静寂が訪れる。
「と、取り敢えず自己紹介でもしようか!? ほら、私ラリー以外知らないし!」
アメリアがとり持つ様に言うが、誰も答えない。
「まずは私からね! 私は、天才鍛冶屋にして、神秘の開発者にして、最高の美少女アメリア・ハートちゃんだよっ!」
虚しく響く自分の声を聞いて、思わずアメリアが涙目になる。
━━いつもならラリーが突っ込んでくれるのに……。
そのアメリアの心の声が聞こえたのか、男がため息をつきながら答える。
「ハァ……自画自賛し過ぎだろ。あと、30過ぎて美少女とちゃんはねぇだろ」
「いや、まだ29だもんねっ!」
罵倒されながらも笑顔のアメリアに男が更にため息をついた。
「俺の名前はラリー。ラリー・アウトバーンだ。元王直属の兵士だった。……だから、安心してください。王子」
ラリーが、少年を真っ直ぐ見つめる。少年は、それを信用したのだろうか。思いつめた顔を解いて、繋げるように自己紹介をする。
「グラシャ。グラシャ・エルトローベンです。苗字からわかるとおり、元王国の王子らしいです。……ラリー、この間は偽名を言ってすいませんでした」
「いえ、今の現状からしたら、やむを得ないことです。こちらも、今までのご無礼をお許しください」
「いや、普通に話してください。敬語はいいです。王子もやめてください」
「し、しかし……」
「命令です」
「……わかりまし、いえ、わかった。ぐ、グラシャ」
「それでいいです」
その、一連の流れを終えて、その場にいる全員の目が女に向いた。
「え? 私?」
その問いに、頷くことも答えることもなく、ただ全員女を見つめる。
「ハァ、面倒くさいね。……私は、テミス・アストライヤーだよ。……私には、あんたらの関係が全くわからないんだが?」
その問いに重ねるように男が少年に問いかけた。
「王子。いえ、グラシャ。侵略の記憶があり……あるか?」
「いえ。全く」
その答えを聞いて、男が独り言の様に言った。
「話す必要が、あるな。15年前の話を」
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