会敵

 夜が明けた。

 高くそびえ立つ城壁から顔を出すようにして日が昇っている。この壁があるため、日がある程度の高さまで昇らなければ光が入ることはない。この国の夜明けは遅く、夜は速いのだ。

 そしてその薄暗い空間。商業区の中一人の人間が佇んでいた。

 黒いマントを付けたその男は、背中にある大剣の柄を右手で掴み、捻る様にして鞘ごと抜く。そして、その鞘の止め具を親指で弾くように外した。重力に引かれ、鞘がゴトリと重質な音を立てて落ちる。


 男が鋭く息を吐き出して抜き身の大剣を振り始めた。

 気合いと共に振り出されるその斬撃は、昨日の少年に比べ、明らかに鋭さが劣っていた。

 剣撃の力を利用して、逆方向に体を捻る。そして、もう一度斬撃を繰り出すが、それも鋭くは無い。そして、その力を受け止めきれず、少したたらを踏んだ。


 男が、自分の体たらくに歯噛みする。

 元より、男の大剣は両手で使うものである。それを片手で使うという時点で無理なものがある。更に義足である。バランスを取る事が難しい。

 男の体で大剣を使いこなせるはずがなかった。だが、男は大剣を振り続ける。思いつめたような表情をして。


 一時間程して、男が剣先で掬いあげるように鞘を持ちあげ、剣を収めた。背中に背負い直し、宿屋に向かって歩き出す。

 宿屋に戻った男は、風呂に入って汗を流した。そして、少年を起こして食事を済ませる。

「世話になったな」

「おう。……どうせまた来るだろ?」

「まあな」


 宿主とそういったやりとりをして、男は宿を出た。

「さて、剣を買いに行くんですよね?」

「ああ。あまり大声で言うな。この国が俺達の物になってから、銃や刃物を持つことは禁止されてる。知ってるだろ?」

「ええ。……あなたは破ってますがね」

「うるせぇ。……こっちだ。付いてこい」

 そう言って男は歩みを速める。それに付いて行くように、少年も歩きを速めた。


 朝市で賑わっている商業区の広場を、掻き分けるようにスルスルと男と少年が進んでいった。その大柄な体をぶつけないように、男が右手で人を捌く。

 そして、広場とその周辺とは裏腹に、人通りの無い通りに出る。そして、周辺を警戒するように男がその通りを歩き始めた。この辺りは酷く治安が悪い。油断していると殺される事すらある。

「ついたぞ。この裏路地の奥だ」

 そう言って、男が狭い裏路地を指した。


 薄暗く、両手を広げた少年が2人分入るか入らないか程の幅しかない。

 男が、その裏路地に入っていった。その後ろに、少年も続く。

 瞬間、男は殺気を感じた。その殺気は、男ではなく少年に向いている。咄嗟に振り向いて、男が少年の腕を引いた。少年がたたらを踏み、男の背に隠れるように立ち位置が入れ替わる。


 自分に向かって飛んで来る何かを、男が右手で掴んだ。それは、大ぶりな矢だった。

 そして、再び飛んで来る矢を、持っている矢で撃ち落とす。

「……そこの曲がり角を進んでいった奥に扉があるはずだ。そこに入っとけ」

「え?」

「いいから速く」

 男が冷静な声音で言い放つ。それに従って、少年は奥へと進んでいった。


「さて……場所がわからない以上、こちらからは仕掛けられないか」

 男がそう呟きながら少し後ずさる。腰に吊っているサーベルを抜いた。片刃直刀の、男にとっては少し短めの剣。狭い空間では、大剣は使い物にならない。緊張した面持ちで、男が剣を構えた。空気がピリピリと張り詰める。

 その静寂は、唐突に破られた。


 風切り音を立てて、男の元に矢が飛んで来る。それを剣で弾くと、片手ずつ持った2丁の拳銃を向けている人間の姿が目に入った。

 褐色の肌に、切れ長な黒い瞳。豊満な、しかし流麗な曲線を描いて括れたその体は、ひと目で女性であるとわかる。背は高く、男より額1つ分低いほどだろうか。髪は長く、高い位置で1つに括ってあるが、腰辺りまで伸びている。余った髪が、垂れ下がるように頬のラインを包み込んでいた。

 その胸辺りを赤い布がぐるりと包んでいて、下半身は砂漠に溶けこむような色素の薄い黄色をした迷彩。表情は勝ち気な笑みをたたえ、整っていた。背中には先ほど男を狙ったであろうクロスボウを背負っている。


「悪いけど、あんたが狙いじゃないんだ。悪いことは言わないから、どいたほうが身のためだよ?」

 彼女が銃を向けたまま口を開いた。厚く妖艶なその唇から生まれた声は、ハスキーだがよく通った。

「なぜ、あの子を狙う? あの子は何者なんだ?」

「ハッ……聞いて言う馬鹿がいると思うかい?」

 男の問いに、女が鼻で笑って答える。


「そうだな。なら……」

「なら?」

「力づくで聞くまでだ」

 男が剣を自分に刃が向くように持ち替えて駆け出した。が、ふくら脛が無い事が災いし、瞬時に距離を詰めれない。

「分らず屋」

 女が口を尖らせながら発砲した。

 2丁拳銃というのは、そもそも撃てたものではない。真正面から、手前の標準と奥の標準を重ねて初めて狙いがつく拳銃は、両手に持ったところでそれぞれの狙いが付けられない。

 が、それは2丁拳銃に慣れていない場合である。


 女の狙いは、粗雑ながらしっかり男の体を捉えていた。首筋と、右肩に向かって弾丸が飛んでいく。

 その着弾点を、男が線で結ぶようにして剣で薙いだ。金属音がして、弾丸が弾かれる。

 男が強く踏み込み、斬撃を放つ。女はそれを上半身を逸らすことで躱した。ピタリと男の額に狙いをつける。

 男は踏み込みの力を使い、大きく後ろに跳んだ。そして、獲物を狙う獣の様に前に体重をかけた低姿勢で着地する。ミシミシと義足の板が歪んだ。


 そして、その力が開放される。男の体が、凄まじいスピードで女に迫った。女が目を見張る。

 ラリアットを放つ様に大振りな斬撃を、女は潜る様に躱した。すれ違いざまに足に狙いをつけるが、その時に彼女も気付いた。

━━なんだこれ……義足か? どうりで以上に速いわけだ。これは少し、厄介かなぁ。

 そう思いながら、女は振り向いて、更に男と距離を取るように後ろに跳ぶ。そして、そこにあった曲がり角を見た。見えづらいが、そこに扉があるのを発見する。

━━あそこにいるのかなぁ。


 女がそう予測し、足に力を込めた瞬間、背筋が凍るような寒気を感じた。

 身を捻る様に着地した男は、女の狙いを一瞬で察知し、跳んだ。そして、叩きつける様に斬撃を放つ。が、女にすんでのところで躱された。

━━突きだったら当てられたが……できれば殺さないようにしたい。相手は銃だ。詰めれば勝てる。

 男はそう思いつつ、刃のない部分で斬撃を連続して放った。

 女はそれを身を踊る様に躱し、カウンターで男の腹に拳銃を突きつける。男はそれを、腰の捻りで躱した。が、もう一方の拳銃が、男の額を正確に狙っている。


 男は攻撃を中断し、その拳銃を弾いた。それを読んでいた女は、弾かれた力を利用して回し蹴りを放つ。

 男は刀で受けるが、勢いを受け止めきれずにバランスを崩す。そこに、女が弾倉に残っていた弾を全弾撃ち込んだ。咄嗟に撃ったため狙いが粗いかったが。その数を男は捌ききれず、弾ききれなかった弾が脇腹を貫いた。


 その痛みに一瞬、男が怯む。そこにすかさず、女の蹴りが飛んできた。右胸にまともに喰らい、男が後ろに倒れこむ。

 その隙を使い、女が装填を始めた。まず、左手の銃を投げ上げ、右手に持った銃の弾倉を指で弾き出す。直ぐ様左手で弾倉を外し、銃弾が込められた物に付け替える。

 装填された右手の銃を上に放ると同時に、上から投げていた銃が落ちてくる。


 それを右手で掴むと同時に撃鉄を引き上げ、弾倉を弾き出す。それを先程と全く同じ動作で弾倉を付け替える。そこに、大きな影が突っ込んできた。

 女は、義足の男がすぐに起き上がることは無いと踏んでいた。が、男は敢えて蹴りの勢いを殺さず、自ら後ろに倒れこんでいた。

 背中を丸め、転がるようにして受け身をとり、そしてそのまま地面を蹴ったのだ。


 男が、まだ1丁しか拳銃を持っていない女に斬撃を放つ。女はそれを屈むようにして躱すが、男は勢いを弱めず右肩でタックルを放った。女が倒れこむが、その瞬間男のマントを掴み、倒れこむ力を利用して後方に投げる。

 女が直ぐ様起き上がる。そして、男の様子を見るが、上手く着地をしていた。が、すぐにこちらには向かえない様だった。

━━これは撃っても弾かれるだけだなぁ


 そう思った女は、男に背中を向けて走りだす。裏路地の曲がり角、扉がある方向に向かって。

「待て! ……チッ!」

 男が焦った声を出し、舌打ちをする。その間に女は扉にたどり着き、そのドアノブを引いた。


 だが、鈍い音がしただけで、扉が開くことは無かった。

「鍵かけてやがる!」

 まるで男の様に毒づきながら、女はそのドアノブに銃撃を放った。連なった金属音がして、ドアノブが破壊される。そのまま引けば、扉は開くだろう。


 が、そこに男が突撃した。察知した女は、直ぐ様そちらに銃口を向け、立て続けに2発の銃弾を放つ。男は即座にそれを弾いた。

 その額に、女が銃口を突きつけた。ほぼ0距離である。女が勝ち誇った笑みを浮かべる。

カチリ

 女は引き金を引いたが、そこから銃弾が出ることは無かった。理由は単純、単なる弾切れである。


「自分の銃の残弾くらい考えろ。2発も撃ってなかったら、俺は攻撃をやめてたぞ?」

 男がそう言いつつ、女の腹に突撃の勢いを乗せた全力の峰打ちを放った。酷く鈍い音がして、女が腹を押さえながら膝をついた。悔しげに、辛そうに顔を歪めながら男を見上げる。そこの額に、剣が突きつけられた。


「さぁ、知ってることを全部話してもらおうか。……ついて来い」

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