旅は道連れ世は情け
商業区画。その中、中央部の広場に店を構えている料理店「ラジーズ」、そこに黒マントの男と中性的な顔の少年がいた。
丁度昼時であるため、店内は客と忙しなく動く従業員でごった返しており、100人以上は楽に入る位はある広さにも関わらず、人にぶつからずに歩くことは不可能である程だった。橙色の照明に、漂う食欲をそそる匂い、そして人々の喧噪がその独特な空間を作り上げていた。
「チッ……人が多いな」
「ですね。気分が悪くなりそうです」
男が悪態をつくと、少年が青ざめた顔で返した。
奥の空席を目指し、人混みをかき分けて進んで行くと、少年が椅子の脚に躓いて前につんのめった。男がとっさに少年の右手を掴み、引っ張り上げる。すると、躓いた椅子に座っていたらしき者が男と少年の方に振り向いた。
「おい。どこみて歩いてんだよ」
「こんな状況じゃあ見えないところもあるだろ。お前も椅子を引きすぎじゃないか?」
彼は見上げるように男を睨む。が、男はそれを冷たく見下ろすようにあしらい、そのまま奥に進んでいった。
「あの、ありがとうございます……」
「ああ。あれ位はなんてことはない」
「いや、あの……もう手を離して欲しいんですが」
「ん? あ、ああ。すまない」
「いえ、大丈夫です」
男がパッと手を離してそう言うと、少年がうっすらと頬を染めてそう答えた。
程なくして、中央のバーのようなカウンターの席にたどり着いた。丁度、隣り合う様に席が空いていたため、少年と男はそこに座った。そして、テーブルを区切る様に置いてあるメニューを手に取る。メニューは料理名と値段だけ書いてある素っ気ないものだが、値段は他の店と比べて安かった。
「何がオススメですか?」
「そうだな……このイクテュスのフライは外さないな。これは魚だが、肉の方が好きならシュティーアのステーキとかうまいぞ?」
「じゃあ、このイク、テュス? のフライにしますね。飲み物はこのヘルバータというものでお願いします」
「そうか。俺は今日は肉の気分だな……おい、お前」
そう言って、男は動き回ってる従業員を止めた。
「何でしょう? お客様」
「今、注文は取れるか?」
「ええ。大丈夫ですよ」
そうして、男が少年の分まで注文を済ませた。
「さて。料理が来るのに時間もかかりそうですし、お互いに自己紹介でもしますか?」
「ああ。そういえばまだだったな」
男は、何故か顔を不機嫌そうにしかめながら答えた。
「俺は、あまり自分のことをいうのは好きじゃない」
「そうですか。でも、答えられる範囲なら大丈夫ですよね?」
「まあな。答えられることは少ないが」
少年は、男の顔を真っ直ぐ見据えるように、椅子に座り直した。
「僕の名前はトレイズ。トレイズ・ディランディです。あなたは?」
「……答えたくない質問には答えんよ」
「お待たせしました! こちらがイクテュスのフライ、こちらがシュティーアのステーキでございます」
男がそう言ったと同時に、注文した料理が運ばれて来た。少年の皿には手の平大の魚のフライが5枚程が盛り付けられており、隣には野菜の千切りが乗せられている。フライにはこの店独特のタレがかかっており、クセになる濃い味付けになっている。
そして、主食は芋のような物をすり潰して整形して焼いた物で、この店のみならず砂漠地帯であるこの国では唯一と言っていいほど主食になりえるものである。
男の皿には、皿からはみださんばかりの大きさの肉が2枚。そして、根菜類の野菜がそえられえている。主食はもちろんその芋のようなものである。
「美味しそうですね!」
「だな。昔から、ここの味は変わってないよ」
そう言って、2人は食べ始めた。少年はゆっくりと、まるで教養のある高貴な人間の様に美しく食を進めていった。対して、男の食べ方は行儀のいい食べ方とは言いがたく、右腕だけで強引に食べていった。時折、いや、かなり頻繁に男の手がグラスに入った酒に伸びる。
「……お酒、お強いんですね」
少年が驚いたような顔で言った。
「そうか? いや、そうかもな。昔、かなり酒に溺れていた時期があったからな。酒は好きだ」
「へぇ。……人生色々ありますもんね」
少年が、年に似合わない優しく微笑むようなどこか大人びた表情で答えた。
「剣も、お強いですよね? どうすればそこまで強くなれたんですか?」
その言葉を聞いて、男は諦観した表情になる。
「俺は、全く強くなんて、ない。むしろ弱い。……酷く、弱い」
「でも、1人で5人も倒してくれたじゃないですか。その強さの元はやっぱり、日頃の鍛錬ですか?」
「いや、違う。鍛錬もいるが、それには限界がある。……くぐり抜けた死線の数。それが多ければ多い程に、人は強くなれると俺は思うぞ」
そう言って、男はグラスに残っていた酒を飲み干した。
「よし、行くか」
「わかりました! 代金は僕が払いますね」
「いいのか?」
「旅は道連れ世は情けってやつですよ」
「よく知ってるな。それに甘えることにするよ」
男が、そう言ったところで少年が振り向き、いたずらっぽい笑みを向ける。
「そ・の・か・わ・り」
「……なんだ?」
「この後、剣のご指導をつけていただきたいのですが、いいですか?」
「……わかったよ。ただ、兵士の目につかないところでな」
「はい! ありがとうございます」
少年が会計を済ませ、店を出る。
「こっちだ」
そう言った男の後ろに、少年は一定の距離を保ってついていく。程なくして、この辺りでは珍しく、背が低いものの木が生い茂った場所にたどり着いた。
「ほら。貸してやる」
そう言って、男が腰に吊っていたサーベルを鞘ごと放った。少年が、危なっかしい手つきでそれを受け取る。
「わっ。とと……危ないじゃないですか!」
「まず、防御の仕方から教えてやる。剣を抜け」
男が、少年の言葉を無視してそう言い放つ。すでに、背中から鞘ごと大剣を抜いていた。少年も剣を抜くが、構え方がわからないようだった。
「……利き腕で剣を持って、残った手は下に添えろ。そして、利き腕を前にして半身になれ。剣先は上げろよ」
少年が、言われた通りに構える。剣を持つ右腕が辛そうだった。
「剣先を下ろすなよ。隙だらけになるぞ。まず、防御の仕方には二つある」
──話をするなら構えなくてもいいじゃないか!
そんな少年の心情も知らず、男は話を続ける。
「それは、『弾く』ことと『逸らす』ことだ」
「弾く? 逸らす?」
「1回、俺に斬りかかってみろ」
男は、そう言って鞘に包まれたままの大剣を構えた。右腕だけで、しっかりと構えている。
「……では、行きますよっ!」
少年が、そう言って男に向かって走り出す。そして、その勢いのままに上から叩きつける様に剣を振り下ろす。踏み込みも、捻りも甘かったが、それでも鋭い一撃だった。
が、それは男に届くことは無かった。途中で、男が横から振り抜くように放った斬撃に弾かれたからである。少年の体が、弾かれた剣に振り回される様にバランスを崩す。
「これが、弾く防御だ。欠点としては、近すぎる攻撃ではできないこと、あまり咄嗟にはできないことだな」
男が、少年を見下ろす様に言った。あまりにもあっさりあしらわれ、口を尖らせながら少し、男と距離をとった。
「次に、逸らす防御だ。もう1回来い」
少年が、もう一度男に向かって駆ける。今度は下から斬り上げるような斬撃。それに、男は斜めに大剣を構えて反応した。
少年の剣が大剣に当たり、その表面を滑る様に斬撃の方向が変えられる。そして、男を捉えること無く振り抜かれた。
「これが、逸らす防御だ。欠点としては、弾くのと比べて、攻撃に移りにくいことだな。次は、剣の振り方だ。こっちに来い」
その言葉に従って、少年が男に近づく。
「お前の振り方は、まだ腕の力だけで振っている。いいか、腰を捻る様にして、肩を入れ込む。利き足で地面を蹴って、軸足で踏み込むんだ」
言われたことを忠実に守り、少年が構える。剣が背中につくような程に、その体に力が込められていった。まだ半身に構えており、右足が前である。
そして、少年が斬撃を放った。左足を前に出すと同時に右足で強く地面が蹴られる。さらに、肩、腰の捻りが加えられた斬撃は、先程とは比べものにならない程の速さであった。風切り音が響く。
「筋がいいな。次は斬撃を繋げるんだ。振り抜いた力を利用して、今度は別の方向に体を捻ろ。そして、今度は右足で踏み込め。あまり時間をかけるなよ。逆に隙になるぞ」
その言葉通り、少年が剣を振る。さらにそこから繋げる様に、斬撃を次々と放っていった。
こんな剣術指導が、夕方まで続いた。
「ふう。なかなかよくなったぞ。センスがあるな」
「はぁ……はぁ……疲れましたよ」
少年が頬を上気させて、肩で息をして答える。
「そうだな……お前、泊まるとこがあるのか?」
「いや、無いですが……」
「じゃあ、俺がいつも泊まってる宿屋に泊まるか?」
その言葉に、少年が目を見開く。
「いえ。大丈夫ですよ」
「旅は道連れ世は情けってやつだろ?」
少年の言葉をそのまま返した男の物言いに、少年がクスッと笑う。
「じゃあ、お世話になります」
「ああ。こっちだ」
そう言って歩き出す男に、少年はついていった。
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