運命

 広大な、砂漠。所々に背の低い草が生える、地平線が見えるほどに広い砂漠。その中に、小さな丘程の巨大な壁がそびえ立っている。その壁は緩く弧を描いており、壁の中を丸く取り囲んでいた。


 王都シェルティエード。戦乱と革命を繰り返してきた、繁栄と激動の都市。それがこの壁が取り囲んでいる物の正体である。だが、その名前は今は使われていない。


 なぜなら、この国は今、敵国であるドルトニアの手に落ちているからである。


 城壁の内部は、いくつかの区画に別れている。中央の城から東側に広がる、貴族区画。その名の通り、貴族や神官、王族などの位の高い者達が暮らしている。住んでいる人数は少ないが、必要以上の広さがある。


 そしてこの都市の大部分を占める、商業区画。一般市民はここで暮らし、自由に商売をおこなっている。昼夜を問わず賑わっており、それ故に治安は良くない。ここで大儲けして貴族区画に移る人間もいる。


 その商業区画の東、壁に沿うようにして、特別区画が広がっている。「特別」という聞こえはいいが、実際は元々この国の人間達をここに押しやっている区画であり、常に監視されている。


 それが、この国の現状である。

 その商業区画。賑わっている大通りからそれた、治安が悪い裏通り。


 そこに、いくつかの人影があった。

 一人は、まだ子供の域を出ない身長で、肩幅も狭い。髪は肩辺りまで伸びており、特徴的な藍色をしていた。その髪の奥にある顔立ちは、男とも女ともつかない中性的な顔立ちだが、その髪の長さから、女性のように見える。肌は筋肉の硬さより、本来の柔らかさが目立ち、光を弾くように白い。その体を白いローブの様なマントで包んでいる。


「なあ、ちょっとくらいいいじゃねぇかよ」

 その人間に後ろから抱きついている人間は、もう一人とは裏腹に、見るからに男だった。


 抱きついている人間より1回り程大きい。肩幅もがっちりしていて、肌は浅黒く焼けている。顔は悪人面だったが、不思議とそこまで醜くはなく、顎から無精髭を生やしている。着ている服はボロボロだった。

 その周りにも同じような出で立ちの男達がいて、ニヤニヤした顔で2人を見ている。どうやら、その男の仲間のようだった。


「良くないですよ。あと、僕は男です。離して下さい」

 白いマントの人間が冷静な声音で毅然と言い放つ。

「またまたそんな嘘言ってぇ。つれないねぇ」

「嘘じゃないです」

「じゃあ、確かめてみるか」

 そう言って、男が無理やりマントを奪おうとする。奪われまいとその人間も抵抗するが、次第にマントが脱げていった。


「……ッ! ちょっと! やめてくださいよ!」

「そう言われてやめるようなら最初からやってない、よっ!」

「うう……誰かいませんか!? 助けて下さい!」

「ここは人通りが少ない。誰もこないよ? ……は?」


 そう言った男の目に、自らの身長をゆうに超えていそうな、黒いマントに身を包む、大柄な人間が入ってきた。その体格と、マントの上からでもわかる筋肉質な肌の様子から、男だと推測できる。あまりに良すぎるタイミングに、無精髭の男が目を見張る。

 その隙に白いマントを奪い返し、その人間が黒いマントの男に走り寄る。


「いきなり襲われたんです! 助けて下さい!」

「……そうらしい、が? どうなんだ? お前ら」

 黒いマントの男が、無精髭の男達を一瞥する。その瞳は鋭く、髪は短く切り揃えられており、強面だが整っていた。その瞳から感じる殺気に、男達がたじろぐ。

 だが、無精髭の男はこの程度では動じず、その質問に答えを返した。


「そうだとして? どうする? てめぇには関係無いだろ。怪我したくないなら、どっか行け」

「助けて下さい。と言われたからにはそれは聞けない話だな。お前らも、兵士に言われればまずいだろう?」

「出来た性格ですなぁ。……いつまでもその言葉が言えると思うなよ。最後の警告だ。怪我したくないなら去れ」

 無精髭の男が、最初は皮肉って、最後は殺気を込めて言い放つ。


「嫌だと言ったら?」

「やるぞお前ら。女には手を出すな。できれば殺さないようにしろよ。場合によっては、口止めで殺しても構わん」

 黒マントの男の質問に、無精髭の男が仲間への命令で答える。

 黒マントの男が後ろに跳ぶ。それと同時に背後に右手を回し、何かを掴む。右手を捻りながらそれを引っ張ると、バチンッという音と共に、刃渡りが男の身長の半分以上はあろうかという程の大剣が、鞘に包まれたまま現れる。明らかに右手だけでは持てない質量に見えるが、男はそれを持てていた。


 黒マントの男は、そのまま後ろに跳んだ力を利用して、凄まじい速さで最も近かった男に迫る。男が咄嗟にサーベルを構えて攻撃に備えるが、狙い澄ました様にその手に突きを放った。サーベルが後方に飛ぶ。

「いってぇ! ……あっ」


 そう言った頃には、遅かった。

 下から捻転を加えた、巻きあげるような斬り上げが、もう武器の無い男の顎に放たれる。顎は、打撃に対して弱い。衝撃が骨を伝い、男の脳が揺れた。

「1人……残りは4人か」


 黒いマントの男がそうつぶやいた。相手が2人固まっている所に、再び突撃する。

 手前の男に、上から大剣を叩きつける。それを男はサーベルで防いだが、あまりの衝撃にたたらを踏む。黒いマントの男の勢いが弱まったところを見計らい、もう1人の男が背中から斬りかかる。


 黒マントの男は、その斬撃を大剣で流す様に逸らした。その力を利用して回転し、相手の背後に回る。その無防備な背後から、脳天に大剣を叩きつけた。

 鈍い、地味な音がして男が気絶する。頭から血を流していた。


 そして、その隙にたたらを踏んでいた男が体勢を戻し、右側から男に斬りかかる。

 黒マントの男は、上半身を反らす事でその斬撃を躱し、大剣の柄頭を添える様に構えた。

 斬りかかった男が、自らの力で柄頭に突っ込む。それが、首にめり込んだ。思わず後ろに下がるが、そこに追い打ちをかけるように、黒マントの男が大剣を首に突き立てた。

「あと2人」


 そう言った男が、次の敵を探す。すると、無精髭の男が何かを突き出している姿が目に入った。

 それは、拳銃だった。最初に撃鉄を起こせば最後まで撃ち切ることのできる、回転式の拳銃。

「なっ!?」


 銃、ましてや拳銃は、最新の技術で生み出されたものである。故に、まだ高価で、貴族が護身に持つ以外で一般市民が持っているとは考えにくい。

 だから、彼は「相手は拳銃を持っていないだろう」と高を括っていた。


 引き金が引かれ、男の銃が吠える。黒マントの男が、咄嗟に大剣の向きを変え、刀身で殴るように跳ね上げる。柔らかい鞘に、弾丸がめり込んだ。銃弾から逃れようと足に力を込めてその場から離れようとした瞬間。

「させるかぁっ!」

 残ったいたもう一人の男が、サーベルで突くように突っ込んでくる。だが、黒マントの男が、信じられない行動に出た。


 大剣を、投げたのだ。

「なっ……」

 自分に迫る大剣を、男は勢いのままサーベルで後ろに逸らす。黒マントの男は、相手がサーベルを振りきった一瞬の隙に、その胸ぐらを空いた右手で掴んだ。投げるようにして、男を前に持ってくる。


 胸ぐらを掴まれた男の体から、血が吹き出した。黒マントの男は、相手の体を盾として使ったのだ。胸ぐらから手を離し、倒れこむ男の手から、サーベルをむしり取る。無精髭の男は、全弾撃ち切った銃の装填をしていた。


 回転式弾倉を外し、腰から同じ物を取り出す。しかし、それには弾が込められていた。それを付け替えて、弾倉を元に戻す。そして、親指で撃鉄を起こす。瞬きをする間にそれが終わっている程の、かなりの速さだった。が、それほどの短い時間に黒マントの男は無精髭の男に迫っていた。


 黒マントの男が、サーベルを上から叩きつける様に振る。それを躱して、無精髭の男は、至近距離で銃を構えた。が、その引き金が引かれることはなかった。

 黒マントの男が、サーベルを振った時の踏み込みの勢いのままに、体当たりをしたのだ。体勢を崩した無精髭の男の右腕、正確にはその手に握られている拳銃を、黒マントの男の斬撃が捉えた。


 金属と金属がぶつかる音がして、拳銃が弾かれる。そして、黒いマントの男は、無精髭の男の顔にサーベルを向けた。

「もう、懲りたか?」

「……チッ、殺すなら、殺せよ」

「俺は兵士の厄介になるわけにはいかない」

「……へぇ。そうか。……その女はもういい。俺のことは、好きにしろ」

「わかった。兵士をここに呼ぼう。……そうだな。20分位で来ると思うから、大人しくしてろよ」

 無精髭の男が、驚いた顔で黒いマントの男を見る。すると、その男はニヤリと笑っていた。


「コイツは、返す」

 そう言って、黒マントの男は、無精髭の男にサーベルを投げ渡す。

 ━━後から斬りかかればやれるか? いや、無理だろうな。それより、伸びてるあいつらが心配だ

 無精髭の男は、そう判断して、近くの仲間達の所に向かった。


 黒マントの男が、白いマントの人間に話しかける。

「危なかったな。大丈夫か?」

「はい……ありがとう御座います。あなたは大丈夫ですか? 僕なんかのために……」

「ああ、大丈夫だ。……僕?」

「はい。……僕は男ですよ?」

 驚きの表情で、黒マントの男は少年を見つめた。

「……少し残念でしたか?」

「いや、全く」

 そう言いながら苦笑している男を見て、少年がクスクスと笑った。


「……じゃあな。もう襲われ無いようにしろよ」

「待って下さい!」

 そう言って去ろうとした男を、少年が引きとめる。

「どこに行くんですか?」

「どこって……飯を食いに行くんだが」

「ついていきます!」

「……奢らないぞ?」

「そこまでお世話になる気はありませんよ。大丈夫です」

 そう言って、キラキラとした目を向ける少年の願いを

「はぁ……しょうがない。こっちだついてこい」

「はい!」

 男は断ることができなかった。

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