第2話 魔法武器とハーフの少女

 それを合図に、数人の厳つい男達が武器をトントンと肩で弾ませながら進み出た。

 こういう輩とは今まで散々闘り合ってきたが、彼らの戦術もへったくれもなく、女と云うだけで舐めきった態度には、毎度辟易させられる。

 しかし、だからと言ってこちらも油断して良い理由にはならない。

 ならばどんな相手だろうと全力で相手をするのが礼儀というものだろう。

 姿勢を低くして棍を構え直す。


「悪く思うな、よっ!」


 すぐ目の前まで歩いてきた盗賊が武器を掲げる。完全に勝ちを確信した掛け声と共に、頭上から無骨なサーベルを力任せに振り下ろした。

 直撃していれば即死級の一撃。

 しかし当たらなければどんな攻撃も意味を成さない。

 サーベルを、斜めに構えた棍で受け止める。軌道をずらされた分厚い刃が勢いを保ったまま足元をかち割り、乾いた地表にひびを作る。


「うおっ!?」

 体勢を崩した敵は絶好の的だ。それを見逃してやるほどリーシャも優しくはない。

 持ち手を支点とし、棍の先端を容赦なく跳ね上げた。


 ばふぅッ!


 気勢が削がれるような殴打音。

 だがリーシャを除くその場にいた全員が、次の瞬間の光景に目を見張った。

 攻撃を仕掛けたはずの大男が、まるで小動物であるかのように宙を舞っていたからだ。彼はそのまま後続の二・三人を巻き込んで吹き飛ぶ。どしゃっと砂埃を立てて数メトル先の地面に落下した。


「何、だと……」


 敵の誰かが呟いた。

 ただ少なくとも、その声の主が反撃を食らった本人でない事だけは確かだ。仰向けに倒れている彼の意識は既に無い。

「ちょっと、女だからって舐め過ぎじゃない? どうせなら全員でかかってきても構わないのよ別に」

 ぶんっ! とリーシャが得意げに棍を一振りする。途端、彼女の正面に一陣の旋風が巻き起こった。だがそれは、塵や木の葉を暫く巻き上げた後、何事も無かったかのように消散してしまう。

 その現象が偶然によるものではない事は、誰の目にも明らかだった。


魔法武器ソーサリーウェポンか……っ」

 モヒカン男が憎々しげにその表情を歪める。

「そう、ゲイルロッドっていうの。こーんなか弱い女の子がそのオッサンをぶっ飛ばせたのも、これのお陰ってワケ。どう? 少しはやる気出たんじゃない?」


 依然、リーシャの挑戦的な姿勢は変わらない。だが対する盗賊達は奮い立つどころか、魔法という不思議な力を見せつけられ戦意を喪失しかけていた。

 このまま逃げ出してくれるなら、願ったり叶ったり。リーシャの思惑はそんな所であったのだが、敵の頭目は予想以上に冷静だった。


「お前らァッ! ビビってんじゃねェぞ! 魔法武器がどうしたって? 相手はただの小娘一人だろうが! 大の大人がこれだけ同時に掛かれば勝てねェはずがねェ! それに魔法道具がどんだけ高値で取引されてんのか忘れた訳じゃねェよな!?」


 モヒカン男がそう叱咤したことにより、退き気味だった盗賊達が気概を取り戻し始める。

 その様子を見ていたリーシャは、思わずうぇ……と顔をしかめてしまった。

 まさしくモヒカン男の言った通り、あれだけ大勢を相手にするのは流石に骨が折れるだろう。やはり見栄を張って強がりすぎたか、と後悔し始めた頃――


「掛かれェッ!!」


 モヒカン男の号令と共に、およそ十人が一斉に駆け出した。

 とはいえ、道幅もそれほど広くはなく大柄な男が五人も並べば塞がってしまう程度である。つまりそれだけ敵も密集しているということだ。


「まったくもーっ!」


 ゲイルロッドをくるっと一回転させて、臨戦態勢に入る。武器の中間辺りを脇に挟み、棍ではなく槍として構えるように先端を正面に向けた状態で、腰を落として低く身構えた。

 イメージに呼応するかの如く、武器全体に、唐草模様にも似た不思議な紋様が浮かび上がる。その光が最大になるのと同時に、ゲイルロッドの先端から風の奔流が巻き起こる。

 刹那、辺りの樹木よりも太い竜巻が、地面と水平方向に放たれた。


「――砲旋渦ホウセンカッ!!」


 ゴオオオオオッ! という鼓膜を打ち破らんばかりの轟音。

 延長上にいた盗賊達は呆気なく宙に浮き、肉眼だと視認するのも困難なほど遠くまで吹き飛ばされる。

 暴風が治まった後――辺りの景色はすっかり変貌していた。散乱していた落葉はおろか、周囲に未だ茂っていた青葉ですらも大部分が消え去り、正面に続く林道の表面には風圧によって削られた跡がくっきりと残っている。


 これこそが魔法。圧倒的な破壊力。


 数秒の静寂――それを壊したのは、カァンッ! というリーシャが武器を地面に突き立てた音だった。

「うわー……やっぱりかなり魔力使っちゃうなぁ……」

 力無げに呟いたリーシャの身体は、一時的な脱力感に苛まれていた。全力疾走をした直後のように全身がだるい。息は切れていないのに、体力だけがごっそりと持って行かれたようだ。


 魔法使用の反動による脱力感。


 それは威力や規模に比例して大きくなる。が、それでも彼女がこの魔法を使用したのは、これで決着が付くと踏んだからだった。

 しかし――

 視界の端で何かが動く。と、道脇の茂みから盗賊の一人が姿を現した。続いて反対側の木陰からも一人、二人と這い出てくる。


「うっそ……」


 完全に誤算である。

 敵を十分に引き付けてから放ったので、距離はたぶん十――いや、七メトルも無かったはずだ。それをまさかかわされるなどとは思いもしなかった。

「へぇ……今のを避けるなんて、あんたたち意外にやるじゃない? まぁ、リーダーのモヒカンさんは避けられなかったみたいだけど」

 思わず称賛の言葉が零れてしまった。だが彼らはそれを嫌味と受け取ったのか、険しい顔付きで喚き立てる。


「強がってんじゃねぇぞ……。あんだけでけぇ魔法を撃ったんだ、もう立ってるのも辛いはずだ! お前ら今がチャンスだぜ!」


 盗賊の一人が、泥で汚れた服を叩きながら得意げに指を突き付け、それから自分の得物を抜いた。

 男が言った事は決して間違いなどではない。確かにあれほどの魔法を使用すれば、ほとんど全ての魔力を使い果たして、暫く動けなくなる程の疲労に襲われるだろう。

 だがそれは、リーシャが普通の人間であった場合の話である。


「防いでみやがれ!」


 わざわざ宣言して、盗賊が手にしたトマホークを大きく振り被る。逸らした体を戻す勢いを乗せて力一杯ぶん投げた。投擲された斧が唸りを上げて空気を切り裂く。


 ガィィィンッ!


 刃がリーシャに届く寸前で、壁にぶち当たったように音立てる。斧は激しく回転して弾かれた後、付近の地面に突き刺さった。


「――盾風(タテカゼ)。その程度の攻撃じゃ私には届かないわよ」


 風を纏ったゲイルロッドを高速で回転させることで、自らの正面に風のシールドを生み出したのだ。

 しかし先ほど盗賊達を吹き飛ばしたあの魔法に比べれば、規模も消費魔力量も大したことはない。それでも残った盗賊三人を驚愕させるには十分だった。


「てめぇ……、何でまだ魔法が使えるんだっ!?」

「さーて、どうしてでしょう?」


 ここレイクスティア王国には、“人間”の他に二種類の人類が存在する。

 その一つ、恐ろしく鋭い五感を持ち“人間”よりも遥かに多くの魔力を有する種族――彼らのことを、人々はこう呼んでいる。


「まさか――……森民エルフなのか……」

 その名詞を耳にしたリーシャは、にかっと無邪気な笑みを見せた。

「厳密にはハーフだけどねっ」


 森民エルフは王国東端の大森林で生活し、人の前に姿を現すことは滅多に無い。そんな彼らと“人間”のハーフなど、王国中を捜してももう一人いるかいないかと言ったところだろう。


「んなもん……勝てるわけねぇじゃねぇか……」

 ぽつりと呟かれた言葉には、既に絶望の色が混じっている。完全に戦意を喪失していた。

「もし今、あんたたちが降参するって言うなら、今回は見逃してあげる。とっ捕まえて町の衛兵団に引き渡しても良いんだけど、それも面倒くさいし」


(くぅ~~~っ! 今の私ってひょっとしてかなりカッコ良いんじゃないの!?)


 と、勝利を確信してお気楽なことを考えていたからかもしれない。周囲への注意が疎かになってしまっていた。

 腰に手を当て、どや顔で胸を張るリーシャ。そんな彼女の背後から、きゃっ! という甲高い悲鳴が頭上を飛び越えて行く。


「調子に乗るのもそこまでだぜ、嬢ちゃん」


 その野太い特徴的な声には聞き覚えがある。嫌な予感しかしないが、リーシャは溜め息を吐きつつ徐に振り返った。

 最初に目に飛び込んで来たのは、あの良く目立つモヒカン。

 彼の懐には背後から抱き込まれるような形でミィナが捕えられ、その喉元には鈍色にびいろに光る短剣が突き付けられていた。


「これがどういう状況かは……勿論理解出来るよなァ?」


 おそらく、リーシャが魔法を発動した際の、自身の視界すらも埋め尽くされたあの一瞬の隙に脇の森へ飛び込み、いつの間にか回り込んでいたのだろう。

 エルフの血を受け継ぐリーシャにも悟られず、それをやり遂げた彼の隠密技術の高さには、脱帽せざるを得ない。

「まずはその魔法武器ソーサリーウェポンをこっちによこせ。いいか? 変な動きを見せたり逆らったりしたら、躊躇ちゅうちょ無くコイツを殺す」

 モヒカン男が勝ち誇った笑みを湛えて、ナイフをより一層強くミィナの喉に押し当てる。


「ひっ……」

 涙で顔を濡らすミィナが、掠れるほど微かな悲鳴を零した。

「――助けて…………っ」


 その時リーシャは、その場面においてとんでもなく場違いであることを意識しながら、しかし自分を指し示したであろう“お姉ちゃん”という言葉に、違和感を覚えずにはいられなかった。きっとミィナ自身、無意識のうちに口走ってしまったのだろう。

 それが、ミィナが村を出た理由に深く関わってくるものであると、リーシャは直感した。


 まぁ何にせよ、捕まってしまったミィナを無視するわけにもいくまい。リーシャはもう一度深く息吹くと、無言でゲイルロッドを真ん中から折り畳んだ。コンパクトになった愛用の武器をモヒカン男へ放り投げる。

 カラカランッと金属音を響かせて回転したのち、彼の足もとでピタリと止まった。

「それで? 次はどうすれば良いの?」

「お頭! そいつでその憎たらしいアマをぶっ飛ばしちまいやしょうっ!」

 突然、外野の雑魚一人が声を上げる。


(あいつ……余計な事を……)


 魔法武器はどんな人間でも操ることは可能だ。もちろん完全に使いこなすにはそれなりの訓練を必要とするが、反動を考慮せず力任せに魔力を放出するだけなら子供にも出来る。

 しかし、相手側からすれば最も妥当な行動選択であるはずのその提案を、モヒカン男は一笑に付した。


「ぶぁか野郎! こんだけ俺達に舐めた態度を取った相手をただ痛めつけるだけで終わらせる訳ねェだろうがっ! ムカつくが、こいつァ稀に見る相当な上玉だぜ? 見ろよ、あの金髪をよォ」


 言うと、改めてリーシャを頭の先から爪先まで舐め回すようにじっくりと眺め始める。それからニタァと嫌な微笑を見せた。

「取り敢えず、身に着けてるもんを全部取れ」

 と、これも逆らわずに素直に従う。

 ボディベルト、ブーツの中に仕込んであったナイフ、ベルトとそれに括りつけていた鞭を、それぞれ外して道端へ放った。その間も、相手が隙を見せやしないかと観察していたが、向こうもそう簡単には気を緩めない。


「これで持ってる武器は全部よ」

 嘘ではない。しかしモヒカン男は馬鹿でも見るような目をリーシャに向けていた。

「はぁ? おいおい、俺は身に着けてるもんを全部取れっつったんだぜ? 誰も武器だけ外せなんか言ってねェんだよ」


 嗜虐的な笑みを浮かべて、自身の服の襟元をぱたぱたとあおぐ。

 リーシャは一瞬首を傾げそうになったが、その身振りによってようやく彼の言わんとするところを悟った。


「……うわ、最っ低……」

「何とでも言いやがれ。こっちのガキがどうなっても良いならな!」


 悔しいがミィナを盾に取られている間は、言う事を聞く他に選択肢はない。歯噛みをしつつ上着を脱ぐ。続いてブーツ、ウェア、ショートパンツの順に脱衣していった。衣類を脱ぎ、彼女の絹のように滑らかで白い肌が晒される度に、後ろにいる盗賊の部下達が歓声を上げた。

 そうして、残すは下着のみ。

 だがリーシャも年頃の少女であることに変わりはなく、やはり躊躇を隠せない。


「おらおら、どうした? まだ残ってるぜ?」

「い、言われなくても分かってるわよ!」


 強がるが、恥ずかしいものは恥ずかしい。

 ――ミィナちゃんを助け出したら、あのモヒカン、ただじゃおかないんだから……っ!

 と絶対に借りを返すことを固く心に誓って、一度大きく深呼吸をした。大丈夫、裸を見られるぐらいどうってことない。どうせもう会うことは無いのだ。そう自らに言い聞かせると、下着を外すべく恐る恐る背中に手を伸ばす。


 ホックに、手をかけた。


「――――…………ぉぉぉぉおおおおわああああッ!?」


 その時、悲鳴にも似た雄叫びと共に、右の空から何かが飛来した。

 ズゴォンッ! と砂埃を巻き上げて、リーシャとモヒカン男の間の地表へ派手に落下。数回バウンドした後、木の幹に激突してようやく停止した。

 状況を理解出来ず、リーシャも、そして盗賊たちでさえもポカーン……と口を半開きにしたまま、唖然として硬直してしまう。

 そんな中、はがばっと勢いよく身を起こした。


「いってぇぇぇ! 超痛ぇ! くっそ何だよあんにゃろう、変な尻尾しやがって!」


 リーシャの目の前で、少年が頭を押さえながら転げ回り悪態を吐く。

 ボサボサとした、整える気が全く感じられない黒の短髪と、所々が擦り切れている所為で、地肌が見え隠れするボロボロの衣服。そしてリーシャのリュックの二倍はあるだろう大きな荷物を背負った彼には、嫌というほど見覚えがあった。


 ラトだった。

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