第3話 届けられた詫びの饅頭

 くるみはなかなか持ち上がらないシャッターを、汗ばみながら上げようとしていた。急げば急ぐほど、がたついていて開かず、仕方なく叩いて持ち上げようとすれば、途中で引っかかって手間取る始末だ。

 思ったよりも準備に時間がかかってしまった。何とかシャッターを上げ切って、予約の弁当を袋に入れ終える。時計を見上げれば、開店時間の直前ぎりぎりだった。

 足音を聞いたくるみは、酷くなってしまった赤切れを、思わず背中へ隠すように引っ込めてからカウンターを振り返った。

 開店早々、やって来たのは、あの青年ではなかった。

 彼も同じようなスーツ姿ではあるが、ネクタイもコートも鞄も、全てにアイロンを当てたかのように皺一つなくて、それらを身に付けている本人も、背筋をピンと伸ばして、ほぼ直立不動の姿勢で立っている。何と声を掛けようか言葉を探していたくるみに、彼は先に声を掛けた。


「…………どうも。トラが迷惑をかけてすまなかったね。これ、つまらない物だけど」

「い、いいえ! けっこうです! 大丈夫ですから! お久しぶりです、ええと、新しいお仕事を始められたとか……」


 両手を振って遠慮しようとするくるみを押し切って、カウンターの上へ乗せられたのは、田舎側で評判の和菓子屋の饅頭の箱だ。

 やって来たのは、ここへ入り浸ってくるみを困らせていた虎猫の飼主の息子だった。どうやら猫の事を謝りに来たらしい。

 彼も虎猫の飼い主である父親と、狭間の弁当屋に来ていた常連だが、くるみの代になってからは、ぱたりと来なくなった。

 猫だけが来るようになって、店に居座ろうとするのをどうにかしてくれと頼みに行った際に、彼は都会側へ出て一人暮らしを始めたのだと聞いたのだが。


「…………きちんとした職に就きたかったのでね。荷物を取りに戻ったときに、トラのことを聞いて驚いたよ。困ったじじいで申し訳ない。まったく、あんないい加減な奴のやっている農業なんて継いだら破滅してしまう所だった」


 眼鏡の奥の瞳がくるみから逸らされた。


「君は店を継いだんだってね」


 鼻で笑った彼は、田舎側のビニールハウスを見たらしい。くるみの記憶の中で、まだスマートだった虎猫を抱いた彼と、その父親の輪郭が、カウンター越しに見える。猫を連れて弁当屋へ来ていた彼らは、決まってのり弁当二つを注文していた。


「…………あの、のり弁当、久しぶりにいかがですか? 祖母のときと、中身も何も変えていないんです」


 肩を竦めた青年は、通勤用らしい鞄と一緒に、弁当用の保冷バッグを持っている。


「悪いんだが、三食ともきちんと自分で管理した物を食べているから、間に合っているよ…………君もきちんと今後の自分の事を考えたらどうだ?」


 背中を向けた青年は、去り際にそう言った。

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